2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その7

 ゲーム機の電源ランプは点灯するも、テレビにゲーム画面が表示されない。

 何度もカチカチと押しても、結果は同じ。

 夢咲は頬を膨らませ眉間にしわを寄せる。


「ヘイ『ランブル』、ウェイクアップ、ウェイクアップ!」

「カートリッジに息吹きかけて見たらどうだ?」

「フーフーって実は意味ないどころか逆効果なんデスヨ?」

「だけどこのままじゃあ始まらないだろ?」

「うーん、コードの接触が悪いんデショウカ」


 端子を抜き差ししたり、ソフトを入れ直したりするも、やっぱり一向にゲームが始まらない。

「どうする、別のをやるか?」

「ノンノン、ここで引き下がっちゃあ武士の名折れデス!」

「誰だよ武士って……。せめてそこは実況者だろ」

「諦めて試合が終了するならともかく、始まりすらしないのはナンセンスデス! こうなったら是が非でも起動させてやりマスヨッ!」


 そう宣言して夢咲はカセットを抑えながら電源を入れたり、あれだけ拒否ってたフーフーをしたりと悪戦苦闘を繰り広げた。いつの間にか顔は真っ赤になり、額には汗が浮かんでいた。

 懸命であるがゆえに、すごい滑稽な姿だ。俺は思わず失笑を漏らして声をかけた。

「おいおい、ゲームなんて他にいくらでもあるだろ? なんでたかがソフト一本でそこまで必至こいてんだよ」


 脇目を逸らさず、指をも止めず。だらだらと顔中から汗を流し、夢咲は返答をよこした。

「このゲームが死ぬほど好きだからデスヨ!」


 ……ああ、そりゃそうだ。

 ゲームってのは、普通は趣味で遊ぶためにやるもんだ。

 なのに仕事の域まで持ち出してプレイしてやろうなんて酔狂なことを考える阿呆共は、こう思ってるに決まってる。『ゲームのためなら死んでも構わない』ってな。だからマジで好きなゲームのためなら、他の何もかもを投げ出して尋常じゃないぐらい夢中になったり無茶ができるんだよ、ゲーマーって生き物(イキモン)は。


「ははっ……ははは」

 一笑し、さらにそれは膨らみ哄笑となる。

 いきなり狂ったように笑い転げる俺に、夢咲はギョッとした顔で飛び退く。


「なっ、なんデスカ突然!?」

「なんでもっ、なんでもないっ、ふはっ、はははははッ!」

「いや、なんでもない人がそんな爆笑するわけないデショ!?」

「いやいやっ、本当に何でもないって、ひゃはっ、はーっはっは、あはははははッ!」

「ワーオ、チョー気味悪いデスネ……」

 脳がむず痒くなるまで諸々笑い飛ばした俺は、ひーひー言って起き上がった。


「仕方ないなぁ。奥の手を試してみるか」

「お、奥の手って……?」

「ちょいと手間はかかるが、まあこれが復活する可能性は十分にあると思う」

「ほっ、本当デスカ!?」

 跳ね飛ぶ勢いで接近してくる夢咲。

 あわや鼻がくっつく距離に思考がオーバーヒート、身体まで熱くなってきやがる。

「ちょっ、ちかっ、近いって!」

「えっ、あ、すみマセン……」


 赤い顔をさらに濃くして夢咲は離れていく。

 っかしいな、さっきキスした相手だってのに、今更こんなことで……。

 同じことを考えているのだろう、夢咲は瑞々しい唇を軽く押さえて、こちらの様子をチラチラと窺ってきている。

 ……いかんいかん。

 俺は悶々とした気持ちをどうにか振り払い、先を続ける。


「……で、だ」

「あっ、は、ハイ」

「奥の手ってのはつまり、掃除するだけだ」

「掃除……、デスカ?」

「ああ。必要な道具もそれほど多くはないし、素人にも簡単にできる。まあ百聞は一見に如かずだ、今から言う道具を持ってきてくれ」




「……そんなんで本当に、プレイできるようになるんデスカ?」

 無水エタノールでちょんちょんと掃除している俺に、夢咲は疑わし気な目を向けて訊いてくる。

「ああ。ある大会で実際にこういう修理をしてるのを見かけたことがある」

「そういえば初代の『ランブル』を種目にした大会って今も開催されてるんデスヨネ」

「二十年以上愛され続けるゲームって、本当にすごいよな」


 手に余りそうなぐらい、デカくてごついカートリッジ。そのフォルムも貼られたシールにプリントされたロゴも古臭さは否めないが、今もそのゲーム性は愛され続け、続編が出ている。

 じわりと胸の奥から、色々な思いを伴って熱がこみあげてくる。


 一人感慨に浸っていると、夢咲が遠慮がちな調子で訊いてきた。

「……やっぱり、心残りデスカ?」

「いいや」

 俺は軽く首を左右に振ってから答えた。

「残すほどの心なんてあの時は持ってなかった。無一文には遺産とかいう概念がないんだよ」

「それは余裕と言い換えるべきものデスカ?」

「あるいはそうかもしれない」


 掃除を終え、カートリッジを本体に差し込む。

 消していたテレビジョンをリモコンでつけて、ゲーム機の電源ボタンに触れる。

 無音の室内に微かに緊迫した空気が流れだす。


「押すぞ」

 わざわざ口にした宣言に、律儀に夢咲は頷く。

 カチリと音がして電源ランプが薄赤く点灯する。

 直後、テレビ画面に『Shintendo』と『NATSU』のロゴマークが映った。無論のことこれ等は新天道(しんてんどう)とNATSU研究所のことを指している。

 それから流れるOP映像に俺達は釘付けになる。


 確かに角ばったポリゴンやもったりしたBGMにSEは古臭さを感じるが、それでも今なお圧倒されるセンスと原点回帰的な感動がそこにはあった。

 最後に外国人声優が正式タイトルである『新天道ティンクルワールド 超激闘☆ランブルスターズ』と舌を巻きながら熱のこもった口調で言い放った時には二人して同時に「おおぉっ!」と感嘆の声を漏らした。


「動いた……、動きマシタネ!」

「……そうだな」

 そのまましばらく俺はPLEASE STARTが点滅するタイトル画面をじっと眺めていた。

 ああ……、覚えてる。ずっと昔、まだ物心ついたばかりの子供だった頃、俺は確かにこのゲームを遊んだのだ。

 タイトルBGMと共に、子供の時に一緒に遊んだ友達の声も聞こえてくるような気がした。


「あの、始めてもいいデスカ?」

 1Pコントローラーを持った夢咲がうずうずした様子で訊いてきた。

「あ、ああ」

 伸ばした人差し指を高らかに掲げ、コントローラー中央にはめ込まれたスタートボタン目掛けて振り下ろした。

「レッツ、プレイデース!」

 歓声を模した賑々しいSEがテレビのスピーカーから沸き上がる。それは会場で起こり響き渡る生のものの迫力には到底及ばないが同じぐらいにテンションを掻き立ててくれる。


「ルールは3ストアイテム少なめでいいデスヨネ?」

「別に構わないが、師匠になってくれる条件ってのは『ランブル』をやるだけでいいのか?」

「んー、そうデスネ。じゃあ、三本先取でどうデスカ?」

「三回先に勝った方が勝ちってことだな。わかった、その勝負乗ろう」


 承諾するなり、夢咲は「フッフッフ……」と不気味な笑いを零し始めた。

「これぞまさしく、愚人は夏の虫デス」

「……まさか、このゲーム得意なのか?」

「イグザクトリー! 人生で一番やりこんだゲームデース!!」

「マジか……」

 安請け合いしたことを後悔し、胸の裏側が極寒地の空気を吸い込んでしまったかのように冷え込み始める。


「さあて、専門外とはいえ、プロゲーマーを完膚なきまでに叩きのめすチャンスデース。生放送じゃないから公開処刑ってわけにはいきマセンケド、一生忘れられない人生最大級の屈辱を思い知らせてやりマスヨ!」

 饒舌になり始めた夢咲の言葉は、さながら断頭台前で聞く死刑宣告のようだった……。


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【次回予告!】


愛衣「次回は下の名前で呼ぶのが恥ずかしいっていう、なんか『ラブコメ?』っぽい展開らしいぞ!」

生流「一応、この作品ってラブコメだもんな」


愛衣「果たして兄ちゃんは和花ちゃんの名前を呼べるのか? 『2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その8』 お楽しみになのだ!」


生流「……このサブタイの時はもう二度と呼ばないでほしい」

愛衣「恥ずかしがってる兄ちゃん、なんだか可愛いのだ!」

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