2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その6

 パルスタには基本的にあらゆるものに使用制限があるらしい。

 しかし夢咲は――

「あっ、ちょっとゲームルーム使わせてもらいマスネ。あと倉庫のゲームも借りマスノデ」

「はい、かしこまりました」

 という調子だった。ほぼ顔パス、ネームプレートすらロクに見せていない。


「……お前、何者だ?」

 収録用道具の倉庫で何やら漁っている夢咲に訊いてみるが。

「ミーは一介の実況者デスヨ。それ以上でも以下でもありマセン」

 とのことだった。


「ああ、ありマシタ、ありマシタ」

 そう言って取り出したのは一台のゲーム機だった。

「94か。ずいぶん古いもんを所持してるな、ここ」

「大抵のメジャーどころはあるみたいデスヨ。ゲーム実況の収録とかで使うんじゃないデショウカ」

「そりゃすごいな。で、何をやるんだ?」


「フッフッフ。このソフトです」

 夢咲は「ジャーン!」と効果音付きでソフトを突きつけてきた。

「『ランブルスターズ』の初代! すっげー、懐かしい!!」

「おや、プレイしたことあるんデスカ?」

「友達の家でちょっとだけな。最新作の『ULTIMATE』と二作目の『EX』は少しやりこんだけど、初代は数回しかやれてなくってな。またプレイできるとは思わなかったなあ!」

「ミーはコントローラーと接続ゲーブルを探しマスので、ひとまずこれを向こうのゲームルームまで運んでおいてクダサイ」

「ああ、わかった」


 俺は受け取ったソフトと本体を軽い足取りでゲームルームまで運んだ。

 もう一度倉庫まで行こうかと思ったが、探すのを邪魔してしまうかもしれないと考え直し、俺は机の前のソファに腰かけた。

 接続ケーブルがないので準備のしようもなく、ただぼんやりと本体とソフトを眺めていた。

 ふと俺はこれからゲームをするのだと思い至る。


 ゲーム……。

 愛衣には嘘をついたが、俺はプロゲーマーをやめてからまともにゲームをしていなかった。

 そりゃソーシャルゲームはしていたが、あれはまるでプレイスキルを要しないただの作業だ。金さえあれば誰でも同じ結果を出せる。練習の必要性は乏しく、競技性はまるでない。

 スマホを取り出し、自身のチャンネルを開いてみる。

 コミュニティを表示し、送られてきた数十件のメッセージを眺めやった。


『れーな 2週間前 なんでソシャゲ?』

『スケGさん 2週間前 (元)プロゲーマーがソシャゲ実況ってw』

『ナツポケオタク 1週間前 この人本当に天空か? ソシャゲの動画しか上げてないじゃん』

『焼き肉大好きPC 1週間前 頼むから『PONN』の動画を上げてくれー、また天空のプレイが見たいんじゃー』

『フラグ建築士五段 6日前 どうして? どうしてソシャゲしかしないの? それで楽しそうならいいんだけど、すっごいつまんなそうだし。もうゲーム実況やめたら?』


 語り掛けてくる文字の羅列。

 眺めている内に俺はぽつりと漏らしていた。

「……俺だって、やりたくてやってるわけじゃないんだよ」

 ちょうどその時ドアの開く音がして、俺は慌ててスマホをスリープさせてポケットに突っ込んだ。


「お待たせしマシタ。ちょっと探すのに手間取ってしまいマシテ……」

「い、いや、全然待ってないぞ。大丈夫大丈夫だ」

「そうデスカ……?」

 訝しそうにしながらも、それ以上深くは訊いてこなかった。

「すぐに準備しマスから、もうしばしウェイトお願いしマス」

「いや、俺がやるよ」

「いえ、ユーはお使いお願いしマス」


 二枚のコインがくるくると宙を舞って跳んでくる。慌ててキャッチし見やると百円硬貨が二枚手の中に収まっていた。

「ミーは葡萄(ぶどう)ジュースがいいデース!」

「あ、ああ」

 確かここからすぐ近くに紙コップ式自販機があったはずだ。

 俺は夢咲に見送られてまた部屋から出て、自販機に向かった。

 辿り着きまずは頼まれた葡萄ジュースを購入。

 もう一枚渡されたということは、自分の分も買えと言うことだろう。


 何にするかと眺めやると……。

「……ジャボチカバジュース?」

 なんだ、ジャボチカバって。見た感じブルーベリーっぽい感じだが……。

 興味がそそられ、即購入を決意。

 ワクワクしながらボタンを押したが、カップに注がれたのは半透明な白い液体だった。


 がっかりしながらも一口飲んでみる。ライチみたいに爽やかな甘酸っぱさ、仄かで芳醇なフルーティな香りが鼻を抜けていく感覚……。おお、意外と美味だ。

 僅かに浮き足立ちながらも部屋に戻ると、ドア近くのガラス越しに夢咲が誰かと通話しているのが見えた。

 防音だから声は聞こえない。

 しかしあの真剣な横顔からすると、かなり重要な話をしているように思える。


 俺が室内を覗いてからすぐに彼女は電話を切った。このガラスはマジックミラーで、向こうから廊下は見えないようになっている。だから夢咲が通話をやめたのは俺に気付いて、ではなく単純に相手との会話を終えたからだろう。

 何を話していたのかは当然、さっぱりだ。しかしスマホをポケットにしまった夢咲は微かに笑みを浮かべていた。どうやら思惑通りにことが運んだらしい。

 そのまま肩を震わせ、大口を開けて笑い出す。アニメかなんかの悪役みたいに。笑い声が聞こえない分、余計に間抜けに見えてしまう。

 彼女が落ち着くまで辛抱強く待ってから、俺は部屋に入った。


「オゥ、ずいぶん遅かったデスネ」

 何事もなかったように夢咲は話しかけてくる。

 俺は努めて平常心を保ち答える。

「どれにするか自販機の前で迷っちゃってな」

「へえ。それで何にしたんデスカ?」


 夢咲に葡萄ジュースの入ったカップを渡しつつ言った。

「ジャボチカバだよ」

「ああ、やっぱりですか。あの自販機を見るなり、最初はみんなそれを選ぶんデスヨ」

「だろうな。独特な名前で、すごい興味を引かれたし」

「そういうのを普段から意識しておくと、実況動画を作る際にいいアイディアが浮かんできたりしマスヨ」

「なるほど、勉強になるな」

「だったらスマホのテキストアプリを開いてメモするぐらいはしてほしいデスネ」


 言われるままに俺はスマホを取り出し、メモ帳アプリを起動して『ネーミングセンスは大事』『普段からメモる癖をつける』と書いておいた。

「中にはそういうのがまったく役に立たない、直感を頼りに動画を作るタイプもいるんデスケドネ」

「なあ、直近の行動が瞬く間に無駄に思えるような発言はやめてくれないか……?」

「いやでも自分がどういうタイプかわかるまでは、色んな手法を試しておくべきデスヨ。多分」

「多分って、お前……」


「あっ、愛衣サンには遅れるからフードコートで待っててくれってお願いしておきマシタヨ」

「そうか。でも別にここに来させてもよかったんじゃないか?」

「真なる決闘に、立会人は不要デスヨ」

 顎にピストルフォームの手をやる夢咲。容姿のおかげもあってか、まあまあ様になっていた。

「さあ、準備も終わりました早速やりマショウ」

 リモコンでテレビ受像機を作動させ、ゲーム機の電源ボタンをワンプッシュ。

 しかし画面は暗いままだ。

「……あれ? つきマセンネ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


生流「『今更だけど基本的にこの次回予告空間はサブタイ以外は|ほとんど(・・・・)信用しないでほしい(by作者)』だとさ」

夢咲「んん? どういうことデショウ」

生流「次回の内容はしゃべってても変更はあり得るし、ほぼ恒例(こうれい)になってショートコント的なヤツはキャラ崩壊も起きる、ってことだ」

夢咲「……じゃあ、なんであるんデスカ?」

生流「いくつか理由はあるらしいが、まあ『最初はまともにやるつもりだった』っていうのが一番アイツらしいな」

夢咲「ああ……。定番の計画性のなさ、デスネ」

生流「あと次回予告したくても、まだ内容も決まってないってこともあるらしい」

夢咲「ワォ……」


生流「というわけで、次回『2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その7』」


夢咲「ところでそのサブタイ、読んでて恥ずかしくならないんデスカ?」

生流「言うなよそれを……ッ!」

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