2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その5

 パルスタ本館にはカフェみたいな洒落た内装のフードコートがある。

 ここは収録の出演者や裏方、職員が利用する。基本的にネームカードと呼ばれる、ゲストカードの上位互換みたいなものを持っていないと利用できない。

 そのネームカードをミルクが持っており、俺は彼女のご威光に与る形でここにいた。


「ではまず、自己紹介をさせていただきマス」

 ぱっと笑みの花を咲かせた彼女ははきはきとした声で言った。

「ネームは夢咲和花(ゆめさきのどか)。夢が咲くと書いてゆめさき、和の花と書いてのどか、デス」


「……えっ、日本人?」

 驚いて訊くと、彼女は軽く握った拳を口にやりくすくすと笑った。

「ハーフデスヨ。ダディが日本人で、マムがアメリカ人とイギリス人のハーフデス」

「はぁ……、なんというかグローバルだな」

「おかげで日本語と英語の両方をチャイルドの頃から話せマシタ」

「その割には、話し方がその、独特だな?」

「普通に話すこともできますよ」


 さらっとごく普通のイントネーションの言葉が出てきて、また驚かせられた。

「えっ……、今のって?」

「なんですか、その幽霊でも見たような顔をして」

 ケラケラ笑われているが、こっちの衝撃はまだ醒めやらぬ。


「普通にしゃべれるのに、どうしてそんな訛りじみた話し方してんだよ?」

「実況者にはある種のキャラ性が必要デスからね」

 また元の英語訛りの口調で夢咲は言う。

「それに、この話し方の方が何かと得なんデスヨ」

「……まあ、今の日本人は外国人相手には色々と気を遣う民族だしな」

「デスネ。たまに差別的な輩(やから)もいマスガ、そういう時はネイティブスピークしてやると、度肝抜かれた顔をして面白いデスヨ」

 アメリカ人じみた豪快な笑い方をする夢咲は、容姿のせいもあっていくら眺めても日本人の血が流れているとは思えない。


「あっ、ポテト食べマス? お茶だけじゃハングリーデショ?」

「いや、それは夢咲の金で買ったものだし……」

「遠慮しなくていいデスヨ。美味しいは他の人と共有するとさらに美味しくなりマスから。それにここのは意外と絶品デスヨ」


 差し出された黄金色のスティックを俺は受け取った。ざらっとした表面は温かな熱を持っている。

 一かじりしてみるとザクッとした歯ごたえ、ほくほくしたジャガイモの舌ざわりにジュワッと肉汁にも似たうま味が広がる。噛めば噛むほどに砕けていく皮に甘味を増していく中実(なかみ)、澄ました顔のしつこくない油の匂い。

「確かにそこらのファーストフード店とは一線を画した美味さだな」

「フフン、デショデショ」

「なんでお前が得意気なんだよ?」

「最初にこのポテトを発見したのはミーデスから。それからすぐ口コミで広めていって、今じゃここの利用者の間ではちょっとした目玉商品なんデスヨ」

「地下アイドルを武道館まで成長させて言ったファンみたいな心境なわけか」

「いずれドランゴがファーストフード界に進出していった暁には、ポテトのCMにはミーが最初に出演させてもらうつもりデス」

「……いや、ないだろ。ここっていわゆる社員食堂みたいな場所だろ?」


 突っ込むと夢咲はキザったらしい動作で指を振った。

「大抵の実況者は、最初はほぼ再生数がゼロの状態で活動を始めていくものデス」

「実況とファーストフードを同列に語るなよ……」

「同じようなものデス。どちらも人気か根気がなければ廃れていきマス」


 ひょいとポテトを五本ほどまとめて咥え、サクサクと平らげていく。

「ン~、デリシャス!」

 ……まあ、確かにコイツはレストランっていうよりはファーストフードがお似合いだ。腕に着けた高級時計を外せばという条件付きだが。

「ところで、愛衣サンはどうしたんデスカ?」

「アイツなら外でやってた月野美ノのソロイベ見てるよ」

「そーデシたか。ならあと三十分はエンジョイしてマスネ」

「ずいぶん長時間だな。中の人大丈夫なのか?」

「あの人ガッツとスタミナありマスからね。それに休憩時間もありマスし」


 ずごごっと葡萄ジュースを啜った後、夢咲は「さて」と改まった声で切り出した。

「そろそろ本題に入りマショウカ」

 俺はごくりと固い唾を飲んだ。その様子を見てか夢咲は笑い声を上げて空気を弛緩させる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫デスヨ。取って食おうってわけじゃないんデスから」

「……エレベーターの中のあれはなんだったんだよ?」

「えーっと、それはそのー……」

 夢咲は目を逸らし、店内BGMに合わせて口笛を鳴らした。その音を奏でる唇に目が透寄せられそうになり、俺は慌てて首を振り邪念を追い出す。


「……まあいい。で、本題だが」

「ユーがミーの弟子になりたい、ということでよろしかったデスネ」

「ああ」

「まあ、ミーの考えはさっき言った通りなんデスガ……」

「いやだが――」

 机から身を乗り出そうとした俺を夢咲は手で制してくる。


「落ち着いてクダサイ。結論はまだ出してマセンから」

「……わかった」

 俺が椅子に腰を下ろしてから、話は再開された。

「不躾なクエスチョンかもしれマセンガ、なぜユーはエデンをクビになったんデスカ?」

「それは……」

 少し躊躇ったがここでごまかしても仕方ないと思い、俺は正直に引退の理由を夢咲に話した。




「なるほどデス。スポンサーの意向に背いたから、と」

「そういうことだ」

「ふーむ……」

 口元を押さえしばし唸り黙した後、夢咲はぽつりと言った。

「そういう意味ではユーはもしかしたら、実況者には向いてないかもしれないデスネ」

「なっ、なんでだよ?」

「実況者は視聴者というスポンサーの意向に従わなければ、炎上する危険があるからデス」

 頭の中が一瞬にして冷え込んだ。


 口をつぐんだ俺に冷ややかな視線を向けてきて、夢咲は続ける。

「実況者とプロゲーマーは誰かの支援を基に活動するという部分はまったく同じなんデスヨ。古き時代の芸術家が資産家から援助を受けて創作に打ち込んでいたというのも類似点がありマスネ。今の時代ではその資産家がスポンサーだったりファンだったりするわけデス」

 葡萄ジュースで喉を潤し、夢咲は組んだ手に顎を乗せこちらを見やってくる。

「常に支援者の顔色を窺い、得た情報から最善の行動を予測し実行する。これが実況者の基本的な定石デス。端から見れば好き勝手にゲームをやっているように思うかもしれマセンガ、ミー達はいつだって多くの視聴者が楽しめるように、不快にならないように考えながら活動しているんデスヨ。ユーにはそれができマスカ?」

「それ、は……」


 どうしても頷くことができなかった。

 俺はいつだって感情的に行動してきたように思う。あの決勝戦だってもう少し理性的な判断ができていたら、もしかしたら勝てていたかもしれない。そうすればスポンサーの不興を買わずに済んだかもしれない。

 俺はあの時あの瞬間、仲間やファンの期待を裏切ってしまったのだ。

 胃が締め上げられるように苦しくなり、喉の奥から何かが込み上げてくるような気がした。


「……流星サン」

「いや、俺は生流だから」

「ああ、失礼しマシタ。生流サン。一つお尋ねしたいのデスガ」

 そう前置きし、一拍置いて夢咲は訊いてきた。

「ユーは最初からゲームが上手かったんデスカ?」

「……いや。上達するためにめっちゃ練習したけど……」

「だったら、別に答えに迷う必要はないんじゃないデスカ? イエスorノー、お好きな方で答えてくださって結構デスヨ」

「……だけど」


 できないなんて、言っていいわけがない。どの世界だって今は実力主義、即戦力を求められる。聞こえのいい言葉で誤魔化してる場所だってあるが、その腹の内では『すぐに使えるヤツが欲しい』と思っているのだ。

 だからっ……。

「生流サン。実はユーのことを、少し愛衣サンから訊き出させていただいたんデスガ」

 机の上に置いていたスマホを起動させ、夢咲は画面を見やって言った。

「ユーは過去に、多数のバイトと会社からお祈りされてマスネ」

「なっ……!?」


 ショックで呆然とする俺の耳に、夢咲の淡々とした調子の声が響く。

「多数のコンビニやドラッグストアにディスカウントストア、企業はほとんどがゲーム制作している場所デスネ。有限会社インセキに株式会社アグリー、合同会社QB(きゅーびー)……。しばらく無職として過ごした後、プロゲーマーとしてデビューしたんデスヨネ」

「……そうだよ」

 自嘲的な笑いを零し、情けなさに項垂れて俺は言った。

「俺はゲームが上手かったから、プロゲーマーになったんじゃない。ゲームしかできないから、その道を選んだだけなんだ」


 口にしてしまうとすっきりした。同時に諦めのような感情が胸の内を占めていく。

「笑えるだろ? そんなゲームしか能のないヤツが、ゲーマーをクビになってんだから」

「それは違いマスヨ、生流サン」

 夢咲はゆっくり首を横に振って言った。

「ユーはゲーマーを辞めさせられたわけじゃありマセン。ただプロじゃなくなっただけデス」

「同じことだろ? プロじゃなかったら、食っていけないんだから……」

「いいえ。他の職業ならいざ知らず、ゲーマーはプロじゃなくても食べていくことができマス」

「……何言ってんだ、お前」

「その言葉、一言一句違わずお返ししマスヨ。ユーはなんのためにミーとコンタクトを取ったんデスカ?」


 自身の目がゆっくりと見開いていくのがわかった。

「……じゃあ、引き受けてくれるのか?」

 希望に輝いているだろう俺の目の前に、夢咲は指を一本突き立ててきた。

「一つ、条件がありマス」

「条件って……?」

「ゲーマー同士、会ったらやるべきことがありマス」


 言葉を切り無言で問いかけてくる夢咲。

 しばし黙考した後、俺はもしやと思いつつ問いかけた。

「ゲーム、か?」

 夢咲は顔いっぱいに笑みを広げて頷いた。

「イエス。レッツプレイ、といきましょう」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


ハルネ「ねえねえ、真古都おねぇたま。好きなジュースってある?」

真古都「せやねえ。オーソドックスにオレンジジュースもええけど、葡萄(ぶどう)ジュースも捨てがたいし……。いちごオレも美味しいしなあ」

ハルネ「ハルネはね、ショートケーキジュースが好きー!」

真古都「……なんやそのけったいな飲み物は」

ハルネ「えっとねー、あまーい生クリームがドローって入っててね。苺の甘酸っぱい味もしてカステラ風味のゼリーが入ってるんだよ」

真古都「……それ、ほんまに美味いんか?」

ハルネ「うん! あ、次回予告の時間だね」


ハルネ「次回、『2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その6』!」


ハルネ「今度一緒に飲もうね、ショートケーキジュース!」

真古都「……ちょっーと、考えさせてくへん?」

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