2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その3
ごく普通の会議室のような部屋、セミナールーム。ここが勉強会の会場らしい。
残念なことに、室内を見回しても少女の姿は見当たらなかった。運命の女神ってヤツはあまり気は利かないようだ。
会議室はスタジオが同じ建物にあるからか、音響設備関係は整っているようだった。司会者の使うマイクの音質も悪くない。プロゲーマーをやっていた頃は会場ごとのマイクの質を密かに比べていたが、ここのは梅と竹の間ぐらいか。
受講生は八割ほどが男性で、残りは女性。セミナーの開始前もほとんど会話がなく室内は葬式でもやるのかってぐらい、静まり返っていた。人数は少なくないと思う。部屋が埋まるぐらいで、ざっと全員で三十人前後のクラス二つ分の人口だ。にもかかわらずの沈黙である。彼等の性格は推して知るべし、俺の同類がほとんどなのだろう。
照明を消した暗い室内の中、二人の司会がスクリーンを使い、無駄にテンション高くセミナーを進めていった。
内容自体はまあ、正直ありきたりだった。ブログを読めば得られる情報を垂れ流しにしているようにすら感じられる。当然だ、金の木が手に入る甘い話がそう簡単に転がっているはずがない。
ただ興味深い話がないわけではない。
「つまりですねぇ、実はゲーム実況者には他の分野と比べてマルチな才能が求められるわけです。企画、取材、脚本執筆、演技、収録、演出、編集、宣伝、接客、そしてもちろんゲームの腕、実況スタイルによってはプラスアルファ。下手したら十を越えるかもしれない作業をこなさなければならない、総合的な才能。これ等があって初めてゲーム実況者になれるのです」
中年男性のゲームライターのセリフを受けて、これまたオヤジのフリーのゲームクリエイターは大げさに反り返り。
「そりゃスゲーですね。ゲームも企画に絵、音、プログラム……って様々な要素が必要なわけですが、ゲーム実況もそんな大変だったんすか。ただしゃべってるのを録画すりゃいいんだと思ってましたよ」
ライターはエンジンがかかってきたのか熱を入れて、早口で力説しだす。
「もちろん、そういう実況者もごまんといます。でもやっぱり面白い実況者はどれも手を抜いていないんですよ。たとえば……」
著名な実況者の名前を挙げ、具体例が語られる。俺でも名前を聞いたことがある人ばかりで、なるほどと思わせられたり、幾度か首を傾げたりした。
満足したのかライターは一息吐いて落ち着き。
「ってなわけなんです。言うなればゲーム実況者っていうのは、総合芸術家なんですよ。ストーリーテリングに映像技術、それに声による演技。中には顔出しでやってる人もいますけど、自分はよほどの美人じゃない限りそういうのは好きじゃないですね」
冗談めかした言葉に男性の受講者はどっと笑い、数少ない女性は曖昧な顔をして目を逸らす。
「でも顔出しでも人気な人っているじゃないですか?」
クリエイターが訊くと、ライターは手を振り。
「ああいうのが許される人は、他の分野でも活躍してる場合が多いんです。つまり例外ですね。あるいはブレイクしてから顔を出すようになった人もいますけど、最初からやるのはちょっと実況者にも、視聴者にもハードルが高いんじゃないですかね?」
「まあ、どこの誰とも知らない中年オヤジの顔なんて見たくないですからね」
今度は女性が笑い、幾人かの男性は渋い顔で眉をしかめた。
セミナーの時間は半分以上が過ぎていた。
スマホのメモ帳アプリにはスクリーンや登壇者の発言内容が、簡潔な文章で箇条書きでまとめられていた。
本当にためになりそうな条項はあまり多くないが、まあそういうものだろう。ゲームの攻略サイトと同じだ。プレイ前なら有用そうな情報ばかりだが、実際に遊んでみるとそのほとんどが不要で、それよりもずっと必要な知識が多いことに驚かされる。
要はやって学んでいくしかないのだ。教わってためになる教師なんていうのは、本業のプロ以外にあり得ない。それもこういった講義形式ではなく、マンツーマン指導でなければほぼ効果がない。俺がプロゲーマー生活の中で身をもって実感したことだ。
ライターとクリエイターは雑談に入っている。
後は消化試合かとスマホをスリープモードにしようと思った時、ふと思い出したようにライターが言った。
「ああ、そうそう。そういえば今日、特別ゲストを招いていたんですよぉ」
「へえ。誰すか、その特別ゲストってぇのは?」
「聞いて驚かないでくださいよぉ。その人は、今人気沸騰中の超有名実況者さんなんすよぉっ!」
受講者達が微かにざわつく。
超有名実況者、そう銘打つからにはよっぽどの人なのだろう。
……ちょっと待て。もしかしてその人って、今日俺が会うって約束してる人なんじゃないか?
いや、きっとそうだろう、状況的に考えて。
周囲の人々のように俺も俄然興味が掻き立てられてきた。
一体その実況者はどんな人で、どれだけ有名なのか。
俺自身はあまり詳しくないから、他の受講生の反応を見て判断させてもらうとしよう。
果たして白けた空気が流れるか、それとも驚きの声が上がるのか。
義務教育時代に、転校生や教育実習生を待っていた時のような空気感が会場に広がりつつあった。誰もがその有名実況者の登場を心待ちにしているのだろう。
右肩上がりのボルテージに、ライターがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「おぉう、今日一番の熱い眼差しを感じますね」
「本当っすね。まあ、確かにゲーム実況者からしたら、我々のようなどこの馬とも知れないヤツより、同業の有名人の方が気になるっすよね」
「いやいや、あんたはそのゲームを作っている人でしょうが」
周囲の空気がピリピリし始める。代弁するなら、『いやあんた等の一文にもならない芝居はいいから、とっととその有名実況者を出せや!』という感じだろう。
ようやくライターがドアの方を見やり、大声で言った。
「それではお出ましいただきましょう。この方ですっ、どうぞッ!」
ステージ上なら白いスモークでも出すのだろうが、ここはただの会議室だ。ただスタッフが開いた扉から、誰かが入ってくるだけだった。にもかかわらず俺達の眼差しは熱を持ちそろって入口の方に向けられていた。
最初は室内が暗いせいで、その人物の姿がよく見えなかった。細いシルエットからおそらく女性か女の子だろうなと推測するしかなかった。
その人物がスクリーンの前に立ち、顔が見えた瞬間、俺は思わず「えっ!?」と声を上げていた。それは他のヤツ等も多少ニュアンスが違う気がしたが、同じだった。
誰もが驚いたその人物は、紛うことなき、俺がエレベーターで出会った少女だった。
しかし俺はともかく、他のヤツはなぜ?
周囲の人々の呟きに耳をそばだててみる。
「……有名実況者って、もしかして……」
「あの、『メロンミルクチャンネル』の……?」
どうやら彼女の名前は広く知れ渡っているらしい。受講生が人見知りなせいでそれ以上の声が上がらず情報としては少し物足りない。
だが俺にはそれで十分だった。自分に手を出してきた女が、有名実況者だった。その事実さえあれば。
壇上に立った少女はぐるっと受講席を見回したが俺には気付いていないようで、澄ました顔で自己紹介を始めた。
「ハロー! ミーは『メロンミルクチャンネル』で動画投稿をしてマス、ミルクデス! ナイストゥミートゥー!!」
それから今までの実績やら何やら話し始めたが、聞いちゃいなかった。
俺はほくそ笑んでいる顔を隠し、スタッフにお手洗いに行くと告げて部屋を出た。
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【次回予告!】
ハルネ「和花おねぇたま、こんにちはー」
夢咲「こんにちはデス。|(ハルネのバッグのバッジを見やって)あっ、それポシェットフェアリーのピカティアデスネ!」
ハルネ「えへへー。ガチャポンでね、一回で当てたんだよ。可愛いでしょ?」
夢咲「ベリーベリーキュートデェスッ!」
ハルネ「わあ、和花おねぇたまもピンカーティア好きなんだ!」
夢咲「もちろんデス! 最初は開発陣の方々は別のキャラを押していくつもりだったんデスケド、ゲームの発売と同時に一躍その可愛さで人気になり、ユーザーアンケートでは堂々と覇者となってマスコットキャラクターの座をつかみ取り、その功績が認められてアニメでは主人公の相棒に……」
ハルネ「え、えーっと。次回、『2章 ゲーム一本槍だった俺、キスの味を知る その4』」
夢咲「ピンカーティアの魅力は媒体ごとに違いがあって、アニメではオリジナルのキャラづけがされているんデスケド……」
ハルネ「じゃあみんな、バイバイーイ」
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