序章 プロゲーマーの俺、世界大会の決勝戦で儚く散る

『さあさあッ、決勝戦も大詰めだ! 両チームとも肉食獣のように息をひそめて、相手の出方を窺っているぜッ!!』


 実況の中国人が何やら叫ぶと、会場の観客がそれ以上の声を張り上げる。決勝戦ということもあり、凄まじい盛り上がりだ。その声量は空間を揺るがすかのよう。しかし聞こえてくる言葉は何一つわからない。声が重なり合っているせいで聞き取れないとか、そういう理由じゃない。もっと根本的に、単語の意味がわからないのだ。それは広東語かもしれないし、北京語かもしれない。台湾語だったとしても俺にはわかりっこない。


 歓声に混じる『鳳凰(フォンファン)』――敵のチーム名だ――やそこの所属選手の名前はかろうじて聞き取れた。つまりこの会場にいる観客のほぼ全員が相手の味方で、俺達はアウェイってことだ。事実、日本語の声はまったく聞こえない。何人かはこっちの応援をしてくれているのかもしれないが、『鳳凰』のファン達の熱狂的なエールに掻き消されてしまい、ステージには届いていない。会場を見渡せば日の丸印の旗の一つや二つはあるかもしれないが、試合前は緊張でそんな余裕なかったし、今はパソコンの画面から目を離せる状況じゃないない。


『現在のトップは九十七ポイント獲得の『鳳凰』だッ! だが三位の『エデン』がこの試合でトップになれば同点に追いついて、上位四チームでの優勝決定戦にもつれ込むぞ! まだ『Meteorite』や『アチヘム』にも優勝のチャンスは残されているッ!! この一戦には四チームの命運がかかっているぜぇッ!』


 英語や韓国語らしき叫声が沸き上がる。確か『Meteorite』がアメリカ人中心の、『アチヘム』が韓国人のチームだ。どちらもホームの中国人ほどではないにせよ、大人数で気合の入り方なら負けてないって感じがする。羨ましい限りだ。


 雑念で埋まりかけた頭を軽く振り、どうにか集中力を取り戻す。

 瞬きすら惜しんで見ている画面には、重火器を携えた軍服の男がこちらに背を向けて岩の影に隠れるようにしゃがんで待機していた。周囲には草が生い茂り、リアルな木々が空を覆わんと枝を広げて立っている。


 これはTPS視点のバトルロワイヤルゲーム。『PONN』だ。

 俺達のチーム『エデン』は、『PONN』の世界大会に出場していた。

 現在は決勝戦。四×八チームの計三十二人がこの円形ステージ上にそろっていた。

 ルールはサバイバルモードと呼ばれているもの。指定されたマップ内でプレイヤー同士で戦い、最後に残った一チームが勝利だ。


 六チームはすでに全員全滅しており、残ったのは俺達『エデン』と敵チームの『鳳凰』。真正面からの一騎打ちの形になっている。

『PONN』は遠距離の重火器をメインに戦うゲームだ。キャラの耐久力は低く、頭に当たれば瀕死、二発で脱落ってことも十分にあり得る。だから一騎打ち的な状況でも戦国武将のように堂々と戦うのではなく、物陰に隠れて相手の隙を見て不意打ちするのが定石だ。


 生存者は俺達のチームが三、敵が四。どうしても囮なしには切り抜けられない局面があり、チームメイトの一人を犠牲にしてしまったのだ。


 しかし『鳳凰』は今の膠着状態に陥る前に、別チームと戦っていた。漁夫る――争っている二チームの隙をついてせん滅する暇こそなかったが、相手の居場所はこちらには割れている。一方向こうは、俺達がどこに潜んでいるかわかっていないだろう。


 一人欠けている以上、この僅かなアドバンテージを生かして勝負を仕掛けるしかない。

 だがリーダーのハルネはさっき待機を命じたきり、ずっと黙り込んでいる。


 安全地帯を狭めるパルスが背後から迫ってきて、焦りが募ってくる。あと一分ほどで縮小範囲が決まるから、それを待っているのかもしれない。確かにそれで上手く待ち伏せする形を作れれば有利になるが、逆に現在地点が範囲から外れたら、こっちはイヤでも動かなくてはならない。その状況下では範囲に入ることが義務付けられ、移動経路の選択候補がぐっと絞られてしまう。範囲から敵の移動経路の選択パターンを予測して、そこを襲撃するってのはどこのチームも練習している。ましてや強豪チームの『鳳凰』だ、数的不利だけでもキツイのに有利ポジションまで取られたら勝てっこない。


 だったら今すぐに奇襲を仕掛けた方がいいんじゃないか? 先手必勝って言葉もあるし、今の状況なら撃ち合い前にほぼ確実に相手の頭数を一つ減らせる。そうすれば戦力は互角、それにもし二人を仕留められたら数的に優位になるうえ相手の動揺を最大限に誘うことができる。さすがに高望みすぎだろうが、万が一成功そうなれば勝利も同然だ。


 幸い周囲は視覚を遮るものが多い。匍匐前進とかで隠れながら接近し、相手が隠れている遮蔽物の裏に回り込んでアサルトライフルかショットガンで鉛球を撃ち込んでやるのだ。その光景を俺はリアルに脳裏に映写できる。散々練習したのだ、親の顔よりはっきり思い出せる。


 それをリーダーのハルネに伝えてみたが。

『HARUNE >>SEIRYU ダーメ。まだじぃっとしててね、生流(せいりゅう)おにぃたま』


 チャットの文字を見て、俺はがくっと肩を落とした。

「……俺はお前の兄貴じゃない」


 気を取り直して理由を訊こうと思ったが、その前に別のメンバーが反論した。

『KAYO >>HARUNE あーしも今の内に攻撃しかけちゃった方がいいと思うけど。ボムあるんだし、揺さぶりもかけられるっしょ?』

『HARUNE >>KAYO もうちょっとだけ我慢して。ね?』

『OTSUMI >>SEIRYU >>KAYO ……二人共、ハルネの指示に従って。リーダーが待機って言ったんだから……そうすべき……だよ……ZZZ』

『HARUNE >>OTSUMI おつおねぇたま、寝ちゃダメー!』


 リーダーと他メンバー一人が一致した場合、『エデン』ではその意見が採用される取り決めになっている。

 だがどうしても納得できない。

 心臓が高鳴り、頭の中を言葉が飛び交う。

 今攻めるべきだろ? 絶好のチャンスじゃないか?


 バトロワゲームでは特に最終局面、突発的な行動が引き金になって電撃的な展開へと転じて、そのまま勝負が決することがある。

 突発的な行動、それを求められているのが今っ、今なんじゃないか!?


 血が熱く滾り、全身を駆け巡る。

 脳内で分泌されたドーパミンが溢れかえって、体中に浴びたようにゾクゾクする。

 イケるイケるイケる、今なら絶対にイケるッ。

 このまま忍び寄っていきなり一つ頭をぶち抜く。ビビった相手の残り三つの頭も弾丸で叩き割ってやる。それで優勝、簡単なことじゃないか。


 俺は横目でチームメイトの顔を見やった。

 チャットの雰囲気とは違って、真顔で食い入るように画面を見やっている。全員がマジで命がけで勝利を望んでいるのだということが伝わってくる。

 ここで俺が勝負を決めれば、きっとみんなスゲエ喜んでくれるだろう。


 俺は固い唾を飲み下してキーボードを打鍵し、最後にエンターキーを叩いた。

『SEIRYU 俺一人がこっそり近づいて、相手全員まとめてやっつけてきてやるよ』

 すぐさまいくつものリプライが返ってくる。

『HARUNE >>SEIRYU ちょっ、ダメだよ!』

『OTSUMI >>SEIRYU リーダーの指示に、従う……べき』

『NATSUMI >>SEIRYU おおっ、生流ちゃんおっとこ前ー!』


 何を言われようと、もう止まることはできなかった。


 俺は匍匐前進の体勢になり、岩の後ろから草むらに入っていく。僅かに揺れるが、遠目から見て気付くかどうかというレベルだ。もっとも熟練者ならその僅かな変化も見逃さないだろうが、気付いたところで発砲するには最低でも遮蔽物から大きく上半身を出すほどのリーンをしなければならない。そうなれば格好の的だ。まず一人はスナイパーライフルで仕留められる。続けて落ち着きを失った相手の頭を撃ち抜いていく。最後の一人に返り討ちにされるかもしれないが、ソイツはハルネ達に任せよう。


 我ながら完璧な計画だ。

 すでに俺の目には、勝利の光景が実感を伴って映っていた。


 だがその妄想は一発の発砲音によって打ち切られた。

 ヒット音が響き同時にライフゲージの四分の一がごっそりと持っていかれる。

 ……一体、何が起こったんだ?

 相手がいるはずの場所は、誰も頭を出していない。

 じゃあ、どこから……?


 考えている間にもライフが減っていき、気付いたら遅々とした移動以外は行動不能の、蘇生待ち状態になっていた。

 ヤバい、死ぬ、マジで死ぬ……!

 物陰に隠れようとしたが、間に合わずに画面が灰色になる。


『眼镜蛇(イェンジンショー)の一撃であなたは息絶えた』

 目の前が真っ暗になりそうだった。

 敵の動向にはずっと注意していた。頭が出ていれば気付いたはずだ。

 一体何が原因でやられたのか、さっぱり見当がつかない。


 いつの間にか画面は観戦モードになっていて、マップ上の安全範囲から敵の所在地が外れたことが表示された。つまり敵は時間内に範囲に入らなければペナルティでダメージを受けることになる。


 さっきまでだったら状況は有利になったはずだ。しかし今や戦況は四対二。多少のアドバンテージでひっくり返せるような差じゃない、特に実力が同程度のプロ同士では。


 ハルネのプレイ画面に切り替わり、俺は思わず「あっ」と声に出した。

 木の上から、俺を倒した眼镜蛇のヤツが飛び降りてきたのだ。

 あんな場所に潜んでいやがったのか……。

 自分の迂闊さに気付いてももう遅く、そのままハルネ達は倒され、俺達の世界大会は幕を閉じた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告!】


ハルネ「次回予告の時間だよ!」

生流「エ、ナニソレ?」

ハルネ「……棒読みだねー」

生流「そりゃそうだろ。この次回予告を始めたのって、確か5章EXの終盤ぐらいからだろ?」

ハルネ「……まあ、そうなんだけどね」

生流「それで次回は?」

ハルネ「生流おにぃたまが……」

生流「俺が?」

ハルネ「…………」

ハルネ「……………………」


ハルネ「次回、『1章 元プロゲーマーの俺、ゲーム実況者を始める その1』!」


生流「ちょっ、俺がどうなるんだよ!? おーいっ!!」

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