第1部・女装ゲーム実況者デビュー編
新・序章 かつての俺は何者でもなかった
俺がプロゲーマーになろうと思ったのは、あらゆるゲーム会社の書類審査・面接でことごとく落とされて途方に暮れていた、19歳になったばかりの夏だった。
高校を卒業したばかりの18歳の春。俺は途方に暮れて自室にこもっていた。
その時はまだ実家に住んでいた。
実家の自室は牢獄(ろうごく)よりも狭く細長い、圧迫されたような息苦しい空間だった。室内に|タンスが二つ(・・・・・・)存在していることが問題だった。俺は一つのタンスの半分しか使っていなかった。
おまけに自分のものではない埃をかぶった本棚が存在していた。それを目にする度(たび)にまるで自分の脳内に異なる人物の記憶が内在しているかのような、落ち着かない気分にさせられた。
子供の頃から自由というものをことごとく制限された生活を送っていた。
小遣いはほぼないに等しく、ゲーム機は親に管理されているような状態で――もちろん隠れながらこっそりプレイしてはいたが、なぜかよくバレた――父の気に入らないことをしてしまうと厳しい罰(・)が科(か)せられた。
早く一人暮らしをするためにアルバイトを始めようとしたが、どこを受けても箸にも棒にも引っかからなかった。高2になる頃には早くも自分が社会不適合者であることを自覚させられたものだ。
お情けで買ってもらったデスクトップパソコン――親戚のおばさんが父を説得してくれたようだ――だけが唯一の心のよりどころだった。
残りの高校生活の放課後と休日の時間のほとんどをスクリーンを見ることに費(つい)やしていた。
最初はネットサーフィンをしていた。元々読書が好きだったこともあり、無限に文字が存在する世界というのはそれだけで魅力的だった。
各サイト、ブログ、SNS。それ等を巡るのは楽しかった。
それからパソコンでゲームをした。
ネットサーフィンをしている途中で、パソコンでプレイできる無料のゲームの存在を知ったのだ。
特にハマったのがFPSやTPS――バトロワ系のシューティングゲームだった。
俺はのめり込むようにハマり、いつしか無双(むそう)できるぐらいに実力をつけていた。
もしかしたら天性の才能みたいなものがあったのかもしれない。ソロの百人バトロワでの平均順位は一桁(ひとけた)台だった。
特に『PONN』というゲームでは、ちょっと名の知れた存在になっていたと思う。フレンド申請が朝から晩までひっきりなしに来ることも、珍しくはなかった。
しかしやがて、一つの結論が俺に虚無感をもたらした。
このままではどこにも行けない、という事実だ。
現代社会では、必ず|何者かに(・・・・)なることを求められる。
何も肩書きを得られたなかったものは、無職だのニートだの蔑(さげす)まれ、最後に行きつく先はホームレスだ。
生活保護を受ける日々もそれなりに辛いだろう。なぜか教室でみんなが楽しく昼飯を食っている中、教師と二人で隅(すみ)っこに座り弁当をつついた時のことを思い出す。
進路も決まらずに高校を卒業した18の春。
俺はベッドの上で自分が何者にもなれなかったことを、ようやく悟(さと)った。
どうにかその状況から脱却(だっきゃく)すべく、俺はゲーム会社に入ろうと遅れながら就職活動を始めた。
しかし今まで読書とゲームしかしてこなかった俺は――といっても、本当にやり込み始めたのはパソコンを買ってもらってからだが――特技といったものを持っていなかった。
絵を描けなければ、プログラムも組めない。3D制作ソフトも使えない。DTMの言葉の意味も知らなかった。
ならばシナリオライターになろうかと思ったが、甘かった。『経験者のみ』や『出版経験をお持ちの方』といった条件がほぼ必ずといっていいほどついていた。何社か受けてはみたが、どこもかしこもダメだった。
夏にはもう気力が尽きかけていた。
何度か本気で死のうと思ったが、踏ん切りがつかなかった。そんな時、あるサイトでこんな一文を見つけた。
『プロゲーマー募集』
プロゲーマー、もちろんその存在は知っていた。
ゲームの大会に出て、賞金を稼(かせ)ぐ人達のことだ。
特に大きな大会に出て活躍するようなプレイヤーは、動画配信サイトに数百万の登録者がいるそうだ。とんでもない数のファン。もはやプロスポーツ選手に勝るとも劣らない人気っぷりである。
それを募集?
聞いたことのない話だ。少なくとも俺は。
興味を引かれて概要を読んでみた。
どうもあるゲームのチームを発足(ほっそく)するため、そのメンバーを募集しているらしい。
そのゲームのタイトルを目にした瞬間、俺は応募フォームに必要事項の記入を始めていた。
かつて夢中になってプレイしていた『PONN』――その名が記載されていたのだ。
○
「――はん、――いにはん?」
誰かが俺の名前を呼んでいる。
それと、体を揺さぶられている感覚。
薄っすら目を開くと、着物を着た女性が俺の顔を覗き込んでいた。
「やっと起きよった」
「……あれ、ここは?」
「何を寝ぼけとるん。もうすぐ、決勝戦が始まるで」
「……ああ、そうか」
そうだった。俺は世界大会に参加してて――
「もう、生流おにぃたまったら」
隣で小柄な少女――小学生か中学生ぐらいに見える――が、頬を膨らませている。
「こんな大事な時の前におねんねするなんて。おつおねぇたまだって起きてるのに!」
「……ZZZ」
「寝てるが?」
「ちょっ、おつおねぇたま!? 寝ちゃダメだよー!」
小柄な少女が、巻き髪の少女をがくがくと揺すっている。
「アハハ、決勝戦の前に寝るとか! 二人してチョー余裕じゃん、マジでウケるー!!」
オレンジ髪の少女が腹を抱えて笑っていた。
着物の女性が苦笑を浮かべてため息を吐く。
「まったく……、こんなんでよくここまでこれたもんや」
「本当にな」
俺はさっき夢見た過去を思い返して言った。本当に、よくここまで来れたものだ。
「……なあ、真古都――いや、コーチ」
「なんや?」
首を傾げる女性の顔を真っ直ぐに見やり、俺は自身の思いを伝えた。
「ありがとうな」
彼女はちょっと目を見開いていたが、すぐにゆるりとした微笑を浮かべて、俺の肩に手を置いて言った。
「決勝、気張っていきや」
「ああ」
俺は大きくうなずいたその時、控え室のドアが軽くノックされた。
係員が顔を覗かせ、決勝が始まると告げてくる。
彼に続いてステージの舞台袖まで行き、そこで待機を命じられる。
周りには決勝まで勝ち残ってきたチームの者がおり、各々(おのおの)緊張なり高揚感なりを顔に浮かべている。
ただその全員が強そうに見えて、少し気後れしそうになる。
ふいにリーダーの小柄な少女が、手の平を突き出して言った。
「みんな、絶対に勝とうね!」
「そりゃ、ここまできたら優勝するしかないっしょ!」
「……うん」
みんなが次々と手の平を重ねていく。
……そうだ、俺は一人じゃない。みんなでここまで勝ち残ってきたんだ。
このメンバーなら、みんなとならきっと――勝てる。
俺も一番上に、男にしてはやや細く白い手を重ねた。
少女が今にも輝かんばかりの笑顔で、ぐるっと俺達を見回して言った。
「『エデン』、ファイッ――」
「「「オーッッッ!!」」」
俺達の声が重なり合い、響き渡った。
天高く突き上げられた、四本の腕。その先にある手はきっと頂点に届く――俺は一片の疑念もなく、そう確信していた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【次回予告】
生流「……この作品では、話の最後に誰かしらが次回予告をさせられるんだ。まあ、大抵が無駄な茶番になってるんだけどな」
生流「で、次回なんだが……、タイトルを読んでくれれば大体察しがつくだろう」
生流「次回、『序章 プロゲーマーの俺、世界大会の決勝戦で儚く散る』だ」
生流「サブタイがややこしいが、もうしばらくはこうしておくつもりらしい。10月になったら変えるそうだが……まあ、そのままになってる可能性も大いにあるな」
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