第34話「口入れ屋藤吉郎トーマス③」

 ほぉ!

 確信した。


 トーマスは、やはりこの異世界の木下藤吉郎こと羽柴秀吉、つまり豊臣秀吉だ。

 

 『人間観察』と『弁舌』いう才能は、やはり抜きん出ている。

 他にも『人たらし』とか、多才な能力を兼ね備えているのだろう。

 

 まあ今コイツが吐いたぞ毒舌は、エリックだけではなく

 前世では女に全く無縁だった俺の心も、ふか~くふかく、えぐったのだが……


 うん!

 でも割り切る!


 トーマス・ビーン。

 こいつ、家臣として凄く使えるかもしれない。

 

「ははははは! おい、リック、会ったばかりの割にはこの猿、お前の事がとても良く分かっているじゃあないか」


「くううううう」


 俺が面白そうに笑えば、よほど悔しかったとみえて、

 エリックは身悶えして唸っている。

 ろくに、言葉も出て来ないようだ。


 ここで、エリックにとっては更に致命的な攻撃が加えられた。

 トーマス嫁である、ネネちゃんのコメントだ。


「リックさん! 夫の言う通りね。悪いけど、貴方って……女性の扱いに慣れていないでしょ?」


「は!?」


 いきなりの、突っ込み&指摘に対して、エリックは目を白黒させている。

 顔も、トマトのように真っ赤になってしまう。


 ネネちゃんは、悪戯っぽく笑って言う。


「女性の扱いに慣れていないっていうのはね。うふふ、エッチとかだけじゃないのよ」


「あうう……」


「女性への言葉遣いや接し方、女性の気持ちの読み取り方、そして一番大事な気配り、思い遣り……空気を読んでをタイミング良くそれが出来なくちゃ、どんなイケメンだってゴミクズよ」


「ゴ、ゴミクズゥ!?」


 あまりにもきついネネちゃんの『口撃』

 エリックはあまりのショックに目を丸くした。


 ネネちゃんの『口撃』でとどめを刺されたエリック。

 目を丸くした上、ショックで思わずひっくり返りそうになった。

 しばらくは、立ち直れそうにないかも。

 

 さすがにエリックが可哀そうになって来た。

 

 うん! うん!

 俺にも『もてない男の気持ち』は良く分かる。

 

 でもエリックの長所は『誠実さ』

 最後はやっぱり人柄なんだ。

 そう信じたい。

 じゃないと……誰も救われない。

 

 前田利家は結局お松と結ばれる。

 エリック、お前にも、可愛い利発な嫁との出会いが待っているはずだ。

 そう、ロキはセッティングしているはず……多分……

 

 と、まあ、ここはご愛敬。

 敢えて俺は、信長張りに愛の鞭をビシバシと打つ。

 

「ははははは! リック! もしもここが敵と戦う戦場なら、矢で射抜かれて落馬。首を斬られ、即座に討ち死に確定だな」


「ううううう……く、悔しい!」


 唸るエリックに向かって笑い飛ばすと、俺は再び、トーマスへ尋ねてみる。


「ふうむ! お前みたいな猿が最高と言うだけあって、確かにネネは大したものだ。成る程な、人間観察と口の巧さが、お前の最大の武器というわけか?」


「へへへ、そんなもんじゃあありませんぜ! アーロン様。貴方の次に賢い知恵、この青い大空のように広い人脈、そして戦場いくさばでの度胸も結構ありますよ」


 口が巧いトーマスが調子に乗って売り込むのを、ネネちゃんもフォローする。


「あら! もしかして貴方を雇ってくれるの? この冒険者さん達・・・・・・


「おう! この様子なら俺の腕を高く買ってくれそうだ」 


 もう俺が、自分を雇うと決め付けるトーマス。

 しかし、俺は少し考えてから駄目を出す。


「待て! 確かに嫁は可愛くて出来る女だが、お前は違う。俺へのおべんちゃらとエリックの人柄を見抜くくらいじゃ、まだまだ物足らん!」


「ええっ!」


 俺がきっぱり言えば、トーマスの奴、ずっこけたのか、のけぞってる。

 それも思い切りオーバーアクションで。

 しかし、そろそろ俺が主導権を取る時だ。

 いつまでも猿に良い顔をさせてはいられない。

 

「……猿よ。いい加減にしろ。お前、俺が本当は誰だか分かっていて、わざと嫁に声をかけさせたな」


 見抜いた俺が指摘すると、トーマスは悪戯っぽく笑って頭を掻く。


「あはは、アーサー王子、さすがにお見通しでしたかい」


「あらあら、ばれちゃいましたね」


 夫の照れ笑いに、嫁も合わせる。

 お~お、さすがに夫婦、息がぴたりと合っているぞ。


「ははははは、夫婦揃ってこの食わせ者めが! 猿! お前は紹介業を生業なりわいとする口入れ屋のオヤジなのに、自分自身を売り込むのか?」

 

 俺が笑いながら一喝すると、トーマスとネネちゃんは揃って頭をぺこりと下げた。


「はい、アーサー様! 申しわけありませんでしたっ! だけどネネと話しているのを物陰から見ていて、すぐに分かりましたよ」


「ふん、本当か?」


「やだなぁ、本当ですよ。俺はこのアルカディア領内を良く見回る貴方のお顔は覚えていましたからね。でも所詮、人の噂なんて、あてになりませんねぇ」


「ははっ、俺が超天然の草食系暗愚王子ってか? その通りの男だろう?」


「いいや、違います。貴方はとても器の大きい方だ。ぜひ俺を貴方の家来にしてくださいよ」


「ふん、今度は褒め殺しか?」


「いいえ、本音です! 貴方は間違いなく、何か凄い事をしでかすひとなんだ。ほら天下一の俺の勘がぴ~んと来たんでさ」 


 さすが、あの藤吉郎の物言いだ。

 

 気難しい信長が、常にご機嫌だったのも頷ける。

 俺も、使える人材を見つけたと確信して、もう既に天国状態だから。

 しかしここでトーマスを簡単に雇ったら、逆に見透かされてしまうだろう。


「ふふふ、さっきも言ったが、これ以上おだてても無駄だ。本当に仕えたいなら出直して来い。俺の目にかなったら、お前を正式に取り立ててやろう」


 ここで慌てたのは、やはりエリックである。

 ず~っと固まっていたが、トーマスを臣下に取り立てると聞いて復活。

 大いに焦ったのであろう。


「お、王子! 幾ら何でも乱暴過ぎます。伝統ある貴族の子弟ではなく、出自も不明な卑しい平民を直参の家臣にされるなんて……マッケンジー公爵も絶対に反対されます」


 エリックは、一般的な常識論を持ち出して反対した。

 しかし俺の中では、このままあたりまえに常識的なやり方では、アルカディアは立ち行かないと判断していた。

 

 だって!

 人は石垣、人は城。

 実はこれ、信長ではなく武田信玄の言葉である。

 

 だが有能で、志と野心があれば……

 身分にこだわらず乱暴なまでの人材抜擢を行った信長。

 彼のとった伝統無視の人事方針が、

 金を掛けずに国力を高める方法のひとつなのだ。


「黙れ、エリック。爺は俺が説得する。まあ、現時点では言う事が大きいだけの、はったり猿が合格するかどうかも、分からんじゃあないか」

 

 そう言ってわざと挑発した俺に対し、

 トーマスはぎらぎらと燃える目で食いついて来た。

 

 俺の意図をしっかり見抜き、演技半分、本気半分で挑発に乗ったに違いない。


「へへへ、王子! はったり猿とは言ってくれますねぇ! こうなったら命を懸けて男の意地を貫きまずぜ」


「命を懸けて男の意地を貫くだと? ほう! 大きく出たな」


「俺がはったり野郎か、どうか……貴方に絶対気に入られるみやげを持って再度、参上しましょう」


「面白い! だがな、俺はずっとは待たん。せいぜい1週間だ。1週間待ってお前が現れなければ、存在すら、すっかり忘れるだろうよ」


「御意! それだけあれば充分でさぁ! 絶対に貴方を感心させ唸らせてみせますよ!」


「ほう! じゃあ、出来なかったらどうする?」


「何でも! 貴方様の言う事を聞きますよ、俺は!」


 トーマスはそう言うと、俺は見て不敵に笑ったのである。

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