第35話「慣習を打ち破れ!」

 アルカディア王国アーサー王子の身代わりとして……

 俺がこれから生きて行くこの異世界は、地球の中世西洋に似た異世界である。


 俺の風貌は、アーサーの容姿をそのまま受け継いでいる。

 中肉中背、茶髪、細面、鼻は低く、唇はやや大きくて薄い。

 ダークブラウンの目が細く、少し垂れていて愛嬌がある。


 侍女達からは「頼もしくなった」「凛々りりしくなった」などと言われたが……

 改めて自分の顔をよくよく見ても、元のアーサーとはあまり変わってはおらず、

 所詮はお世辞100%の『社交辞令』だと思っている。


 先ほど出会ったトーマス・ビーンも一見西洋人風なのだが……

 顔かたち、性格、かもし出す雰囲気……

 どこをどう見ても『猿』の風貌通り日本人の羽柴秀吉にしかみえない

 

 その上、奴の恋女房の名前がネネと来やがった。

 

 こちらのネネも日本人女性の北政所きたのまんどころとは、

 似ても似つかぬ西洋顔、栗毛でブラウンの瞳を持つ、

 小栗鼠の如き可憐な美少女なのである。

 

 どうせ、こういった設定は邪神ロキによる『補正』に違いない。

 

 だが……

 この異世界で、俺が『織田信長』として生き残る為には、

 トーマスこと秀吉が重要なキーマンになるのは間違いない。

 信長マニアたる俺の勘が、はっきりそう言っていた。


 そんなトーマスへ、彼が仕える為の『宿題』を出した俺は、

 エリックこと、俺に忠実な前田利家を連れ、再び王都視察に戻った。

 

 そもそも……

 アーサーは王宮内で人望が無かった。

 

 王族のそれも嫡男ならば、怖れ知らずの勇猛果敢でなくてはならない。

 もしくは頭脳明晰さが求められるこの異世界……

 

 アーサーは、信じられないくらいとても大人しく、

 ぼんやりしている草食系の『ダメ少年』と見なされていたからだ。


 それ故に、『アーサー』から引き継いだ俺の家臣団は、

 僅かな人数しかおらず、まだまだぜい弱なのである。

 

 しかし……

 意外にも大きな収穫はあった。

 うら若き女子とはいえ、ふたりの忠実且つ超切れ者が加わったのだ。


 ひとりは隣国アヴァロンから来た我が嫁イシュタル、すなわち帰蝶。

 もうひとりは我が妹エリザベス、つまりはお市。

 話し、やりとりもして判明したが、

 可憐なふたりは、バリバリのお仕事系女子といえよう。

 

 そして意外な『掘り出し物』が、トーマスの嫁ネネ。

 あの子も相当な切れ者。

 上手く行けば、トーマスと夫婦セットで召し抱えればよい。

 

 元々、この異世界は男尊女卑の傾向がある。

 一般的に女子は重要な役職に登用されないようだ。

 

 でも俺は慣例を完全に無視して、ふたり……

 いや、ネネを加えた3人の女子を重要な役職につけるつもりだ。

 それくらいこの3人は「使える」のである。


 そうだ!

 俺はくだらない慣習や迷信を打ち破る!

 身分や性別、名跡、年功序列などカンケーない。

 有能な人材を、バリバリ登用してやるぜ!


 少しでも前向きに行こうと考え、

 俺は大きな手応えを感じ、颯爽さっそうと歩いてゆく。


 一方、エリックこと前田利家は俺の後ろを、

 対照的に「とぼとぼ」歩きついて来る。

 

 先ほどネネから、いろいろと「ガンガン」突っ込まれたショックが、

 まだ尾を引いているようだ。

 

 そのエリックが元気なく、且つ不満そうに聞いて来る。


「アーサー様……あんな得体の知れない猿みたいな奴を、本当に召し抱えるおつもりなのですか?」


 ん?

 得体の知れない猿みたいな奴?

 おいおい、まだトーマスのことをぐちぐち言ってるのか?

 

 確かに由緒正しい騎士爵家出身のエリックから見れば、

 身元不明な平民のトーマスは怪しさ満点。

 

 実際の秀吉だって、柴田勝家辺りの生え抜きエリート達から見れば、

 永遠に身分の低い『ごくつぶし』の新参者にしか見えなかっただろう。


 しかし信長同様、俺の考えは全く違う。


「奴を召し抱えるか……だと?」


「は、はい! よりによって夫婦そろって、騎士たる私をあんなに侮辱して、許せません。特にトーマスは……あんな中身がない口だけの奴は、最低な外道です」


「ふむ……トーマスの奴、見た目は確かに野卑かもしれんな」


「でしょう? あいつは品がありません。バンドラゴン王家に取り立てるなど冗談ですよね?」


「何を言うか。俺は大いに本気だ」


「ええっ!? 大いに本気……なのですか? ま、まさか!」


「まさかじゃない、多分奴は使える!」


「はあ? 使える? 王子、だ、大丈夫ですか? お身体の具合がめちゃくちゃ悪いとか?」


「たわけ! 俺は到って健康だ! ピンピンしておる!」


 俺がそう言うと、エリックはジト目で呆れたように見て来る。

 

「は、はあ……」

 

 やめろ!

 そういう目で主君の俺を見るな!

 ため息つくな!

 こっちまで気が重くなる。


 という事で、俺はきっぱりと言い放つ。

 

「見ていろ、エリック。俺が出した宿題に対し、あの猿がどこまでの結果を出すか、楽しみだ」


 しかし……エリックの反応は鈍い。


「結果……ですか? どうせあんな奴、はったりだけのバカ野郎ですよ」


 こいつ……

 完全にネガティブ思考に陥ってる。

 

 いずれは一軍の将になるのなら、相手の一面だけじゃなく、

 もっといろいろな角度から見極めないといかん!


「ははははははは! はったり結構! 猿結構!」


 俺は大きな声で笑い飛ばし、エリックへきっぱりと言い放ったのである。

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