第38話「やんちゃな慶次をゲットだぜ!②」

 一説によれば、信長は部屋中にとどろくほど大声だったという。

 同じく大声で有名な秀吉との掛け合いは、さぞかしうるさかったに違いない。

 

 信長&秀吉と比べ、けして劣らない俺の一喝に驚くマイルズ兄弟。


「ゴヴァン! 遊び人でプーのお前には、額に汗して一生懸命働くエリックを笑う資格などないわ!」


「な! 何ぃっ! 遊び人でプーだとぉ!」


 俺が改めて叱り飛ばすと、ゴヴァンは「キッ」と睨み付けて来る。

 だが、その眼差しに会った時ほどの力はなかった。


 ここはビシッと容赦なくが、俺のモットー。

 鉄は熱いうちに打て……だ!

 

「たわけっ! ずばりそのものじゃ! この愚か者め! まだ分らぬのか?」


「な、な、何がだよ?」


「日々遊び暮らすお前を食わせる為に、エリックは俺の命令、すなわち公務で仕方なく、このような格好をしていたのだ」


「むう……」


 自分の為に兄が恥を忍んで騎士らしからぬ恰好をしていた。

 真実を知ったゴヴァンは言葉を発する事が出来ず、口ごもる。


「不出来な弟の将来を心配する、優しい兄の気持ちを理解しようともしない」


「…………」


「何も考えず、大笑いするとは、救いようのない大馬鹿な愚か者よ、お前はな!」


「ぐ…………」


「とはいえ!」


「…………」


「傲岸不遜な俺への態度は、ろくに挨拶もしないお前の言動で即座に分かるわい」


「…………」


「お前はこの俺が、歯がゆかったのだろう? 大嫌いなのだろう?」


「……そ、そうだっ! 大嫌いだぁっ!」


 やはり、アーサー、つまり俺が嫌い、なのだ。

 

「覇気が全く感じられず、なよなよした、王国騎士らしくない俺みたいな者でも……第一王子に生まれたから世襲が許されてしまう」


「…………」


「そんな理不尽さと不満を感じていた。 ゴヴァンよ、違うか?」


「そ、そ、そうだっ! その通りだっ!! 俺は情けないあんたなどに仕えたくないわっ!」


「ほう、俺が情けないか?」


「ああ、そうだ! マイルズ兄弟はふたり居る。軟弱な主君にお似合いの草食兄貴だけ仕えれば充分、俺はあんたが主君など真っ平ごめんなんだっ!」


「ほう! そこまで言うか? ならば決着をつけよう……これでな」


 俺はこぶしを突き出した。

 決着は「力づくで!」という意味である。


「ア、アーサー様!」


 双方の安否を心配したエリックが叫ぶが、血気にはやるヴァンは完全に『やる気』となっていた。

 「戦うのはOK!だ」と大声で叫ぶ。


「おう! 望むところだ、やってやるぜ! 良い機会だ、あんたみたいな反吐が出る草食野郎は、俺がぶち殺してくれる!」


「ふ! また言うたな! 但し、単に戦うのでは面白くない。ゴヴァンよ、お前とは何かを賭けよう」


「あんたが戦いに何かを賭けるぅ? は! 名だたる大会で連戦連勝の俺ゴヴァンとか? 構わないぞ! 楽しみだ!」


「ははは、やる気満々だな」

 

 そう言った俺は何故か胸が躍る。

 ドキドキする。

 身体が熱くなる。

 この時、人間って、生来の博打好きなんだと心底思った。

 

 しかし!

 俺が賭けているのは金品ではない。

 

 ふと信長が好んだ幸若舞の一節を思い出す。

 超が付く有名な言葉だから、誰もが知っているだろう。

 

 人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。

 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ。

 

 そう、俺が賭けているのは己の人生だ。

 たったひとつの命なんだ。

 

 また信長はこの小唄も好んだ。

 死のうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの。

 

 至極名言だ。

 何度聞いても感動する。

 

 このふたつは奥深い言葉で、いろいろな意味があるだろう。

 だが、敢えて簡単にまとめて言おう。

 この俺の解釈で。

 

 人間なんて、たった50年の短くはかない命なんだと。

 だから死ぬまでにやりたい事を思い切りやる。

 完全燃焼しなければ生まれて来た意味などないと。

 

 うん!

 信長様、あんたやっぱり最高だ。

 よ~し、俺は燃えて来た。

 パワー全開、フルパワー120%だ。


「よし! こうしよう! 俺が負けたらゴヴァン、お前に金貨一万枚を払う!」


「おおおおっ、何ぃ!! き、金貨一万枚だとぉ! うし、この勝負乗った! 楽勝で大儲けだ! 」


「ゴ、ゴヴァン」


「心配するな、兄貴。あんたにも少し分けてやるぜっ!!」


 俺が叱った影響ががまだ心に残っている。

 ゴヴァンの奴、こんな偉そうなセリフを吐きやがった。


 受けるぜ、受ける。

 この俺に勝つつもりか?


 つい俺は喉の奥が見えるほど口を開け、大笑い。


「ははははははは! たわけが! まだ戦ってもいないのに、もう金を貰うつもりか? だがゴヴァン、もしもお前が負けたなら、俺に絶対服従する忠実な家来になる。どうだ、この条件で?」


「わ、分かった! もしもあんたに負けたら、土下座して謝った上、いさぎよく家来になってやろうじゃねぇか!」


「よし! 男の約束だぞ、二言はないぞ」


「分かった! 俺は騎士だ! 騎士は約束を守る。二言はない!」 


「ふん! 絶対にたがえるなよ?」


「違えない!!」


「相変わらず、すぐ熱くなる単純な奴だ。念の為……先に言っておくが勝負は殴り合いではないぞ」


「な? な、何ぃ!? ち、ち、違うのか! 殴り合いのケンかじゃないのかぁ?」


「たわけが! 違う! 腕相撲だ、シンプルで良いだろう、すぐに、ここで行えるぞ」


「お、おお……腕相撲で……勝負か!」


「うむ! そうだ! もう一度聞こう、やるか?」


「ようし! 逆に手間が省ける! 腕相撲なら殺す心配などなしで、心置きなく戦える! 望むところだぁ!」


 俺が改めて勝負の方法を告げると、一瞬戸惑ったゴヴァンであったが……

 「ギラギラ」させた目で、食いつくように俺を見据えた。


「ははははは、もう勝つ気か?」


「当たり前だ! 天と地がひっくり返っても、王子、あんたには負けん! 絶対に負けんわ!」


「天と地がひっくり返っても? 果たして……そうかな?」


「100%ぜって~、俺が勝つ! 行くぜっ! 勝負だ!!」


 ゴヴァンの兄エリックは心配そうに見つめているが……

 緊張しているのか、ずっと無言。

 言葉を発さない。


 やがて……

 俺とゴヴァンが「がっし」と腕を組めば……

 エリックは「ごくり」と唾を呑み込んだのである。

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