第37話「やんちゃな慶次をゲットだぜ!①」

 前方から歩いて来るゴヴァンの顔はけわしかった。

 チラ見した兄のエリックは、渋い顔をした。

 

 そ~っと俺へ、ささやいて来る。


「アーサー様、あいつ今日も機嫌がめちゃくちゃ悪そうです」


「であるか!」


「うわ、静かに……大声出さないでくださいよ……変に絡まれたら面倒なので、見つからないよう、さりげなく横へ避けましょう」


「成る程、了解だ。じゃあ正面から行くぞ」


「え? じゃあ正面って!? な、何を!?」


 エリックが、戸惑い驚くのも無理はない。

 俺はエリックの言葉に反し、「のしのし」歩いて来るゴヴァンに向かって、

 これまた堂々と真っすぐに歩いて行ったから。


 慌てに慌てたエリックだが、「やむを得ない」という感じで、

 俺の後をこそこそついて来た。


 やがて……

 俺とゴヴァンは正面から対峙した。


 うん、顔には見覚えがある。

 生前のアーサーは、こいつとは数回会っているだろう。

 だが、記憶を受け継いだ俺は初対面。

 

 第一印象は……ガタイがでっけぇ!

 いや、もの凄くでかいっ!


 ゴヴァンの実兄エリックは身長185㎝を超えている。

 転生した俺だって180㎝近いっていうのに。

 こいつは2mを楽にオーバー。

 体重は楽に100㎏を超えて……

 いや、140か150㎏近くあるやもしれない。

 下から見上げるという表現がぴったりだ。


 ゴヴァンは立ちふさがった冒険者風の俺を見て、一瞬怪訝な表情となるが……

 すぐに『正体』を見抜いたようである。


「ん? あんた……いえ、貴方は」


 すぐ言い直したが、王族の俺をじっと見つめるだけで挨拶もしない。


 その理由を俺は知っている。

 ゴヴァンは俺が……大が付くほど嫌いなのだ。

 というか、繰り返しになるけれど、生前のアーサーが大嫌いだったのだ。

 主君として絶対に認めてはいない。


 さすがにエリックが、弟の無作法をとがめる。


「おい、ゴヴァン! 失礼だぞ、主君アーサー様にしっかりご挨拶しないか!」


「な? 兄貴?」


 俺の背後に見知った顔があるのを見て、一瞬、ゴヴァンは「ポカン」とする。

 そして、俺と同じく『冒険者ルックの兄』を見て大笑いした。


「あ~~はははははっ!!! 兄貴ぃ、何だよ、そのうす汚い恰好はぁ! だっせぇぇぇ!!!  王国騎士たる者がなんてみっともねぇ!!! あんたの弟としてすげぇ恥ずかしいぜぇぇぇ!!!」


「く!」


 思い切り嘲笑され、唇を噛み締めるエリック……


 こうなる事は充分予想出来ていた。

 エリックに前振りした通り、俺がやる事はひとつだ。

 

 即座に有言実行!!!


 どぐわぁっ!

 

 重く鈍い音がした。


 腹を抱えて笑い続けるゴヴァンの腹へ、怒りをこめた俺の拳が深々食い込むと……

 奴は呆気なく気絶してしまったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 30分後……


 ここは王宮のとある一室である。

 目の前のベッドに、気を失ったゴヴァンが寝かされていた。

 先ほど俺が腹へパンチを食らわせ、あっさり気を失ったゴヴァンを担ぎ、

 ここまで来たのだ。


 エリックは、俺がゴヴァンを一発でノックアウトしたのを目の当たりにして、

 驚愕していた。

 更に痩躯の俺が、軽々と巨漢のゴヴァンをおんぶし運んだ事にも。


 と、同時に……

 やはりたったひとりの肉親、愛する弟の容体が気になるようだ。


「アーサー様……ゴヴァンの奴、大丈夫でしょうか?」


「ノープロブレム! 問題ない! 俺は充分に手加減した。それにこれくらいで壊れるほどやわじゃないだろう」


「ほ、本当ですか?」


「ふん! ドラゴンが思い切り踏んでも壊れないくらい、こいつの頑丈さは、兄であるお前が一番よく知っているだろう?」


「た、確かに……そうですが」


「ほら! ゴヴァン様はもうすぐ目を覚ますぞ」


 俺がゴヴァンを指させば、奴の瞼が「ぴくぴく」動いていた。

 誰もがそうだが、目覚める直前の癖である。


 大きく息を吐き、安堵したエリックが思わず呼びかける。


「ほ、本当だ! おい、ゴヴァン!」


「う、むむむ……」


 寝起き特有の声で唸ったゴヴァンは、やがてゆっくりと目を開けた。

 起きた瞬間、俺はさっきのお返しとばかり、大いに笑ってやった。


「ははははは! やっと目が覚めたか、このたわけめがぁ!」


 「がばっ!」と起き上がったゴヴァンは自分の置かれた状況が分からない。

 周囲を「きょろきょろ」見て、目を丸くしている。


「こ、ここはっ!?」


 うむ!

 質問されたらしっかり答えてやらねばなるまい。

 俺は悪戯っぽく笑ったまま、ゴヴァンへ教えてやる。


「おう! ここは、先ほどまでお前が闊歩かっぽしていた王都の街中ではない!」


「な、何!?」


「たわけめ! ここは我が王宮の中じゃ。気絶したお前を俺が運んだ」


「な!? 気絶した俺を? アーサー……様が!? は、運んだって!?」


「そうだ!」


「あ、兄貴とふたりがかりで……か?」


「違う! お前如きを運ぶなど、この俺ひとりで充分だ」


「へ? 俺ひとり?」


 そんな事は信じられない!

 驚愕の波動がゴヴァンから感じられる。


 ゴヴァンの心の声も聞こえて来た。

 

 俺は……

 体重130㎏超えてるんだぞ!

 ありえねぇ!

 こんななよなよの虚弱野郎が!?


 そう……『なよなよの虚弱野郎』

 この言葉で分かるだろう。

 

 ゴヴァンが俺を嫌いな理由は……はっきりしている。

 それはまず弱いから。

 それと愚図で、覇気にかけ、大人し過ぎるから。

 

 つまり威厳のある王族らしくなく、勇ましい騎士らしくもなく、生理的に大嫌いって事だ。


 だけど、そんな事を言われたら、俺だってこいつが嫌いだ。


 奴の心をサトリで読んだから分かる。

 こいつは人の好き嫌いが激しく、好きな奴はとことん好き、嫌いな奴は大嫌い。

 武骨でデリカシーがない。

 冷静さを失い、すぐ情に流される。

 きまぐれで、飽きっぽい。


 俺が冷ややかな目で見ていたら、ゴヴァンの奴、

 慌てて記憶を手繰たぐり始めた。


「だが……どうして……あ!」


 すぐ小さく叫んだのは、記憶がはっきり甦ったのだろう。

 油断していたとはいえ、俺にあっさりノックアウトされた事を思い出したらしい。


「ば、ば、馬鹿なっ!」


「ははははは! 何が馬鹿なじゃ! この俺はな、くそ弱い隙だらけのお前など軽くひねれるわ」


「くう! この俺がくそ弱いだと! ち、畜生ぉ!」


 自信満々のゴヴァンが憤るのも分かる。

 ここ数年、アルカディア王国主催の武術大会で、

 奴はずっと敵なしで優勝しているからだ。


「ゴヴァンよ、お前はどうして俺に一発くらったのか、分かるか?」


「わ、分からん! 悔しいけど……あんたが言うように俺に隙があるからかよ?」


「たわけが! 違う! 殴った理由の方だ!」


「殴った理由?」


「おうよ! 弟のお前が兄をあざ笑った……エリックをバカにして鼻で笑ったからだ」


「むう! 仕方がねぇじゃねぇか! 兄貴が、き、汚い恰好をしてたからだ! それに、ちょっと笑っただけだろう?」


「この、くそ大たわけがぁぁ!!!」


「わ!」

「うわ!」


 部屋の空気が「びりびり」と振動するくらい大声で叱った俺の一喝に……

 当のゴヴァンどころか、エリックまでが驚いていたのであった。

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