第25話「デレ嫁、デレ夫②」

 ……王族の男は自国の繁栄存続を第一に考える。

 その為にはなりふり構わない。

 先程エリザベスにも突っ込まれたが、姉妹や娘を『駒』に使うのはその為だ。


 だが、イシュタルは……

 俺の言葉が本当に嬉しかったようである。

 

 無理もない。

 彼女へ告げた通り、いくら『黒き魔女』と称えられても、

 まだ16歳の多感な女子なのだから。


 チートな身体のお陰で夜目が利く俺には、

 暗闇の中、イシュタルの流す涙が、はっきり見えた。


 嗚咽し、漆黒の瞳から涙があふれ出るイシュタル……

 よほど辛かったのだろう。

 俺はそっと彼女を抱きしめる。

 

 ああ、俺は……

 とてもこの子が愛しいと思う。

 守らねばと、強い決意が湧いて来る。


「イシュタル、お前はアヴァロンのオヤジ殿から重大な使命を受け、努めて平静を装いながら不安を隠しアルカディアへ来た」


「…………」


「俺のような軟弱且つ大うつけ者に嫁ぐ為にな」


「え? おお、う、うつけ者ですか?」


 イシュタルは『うつけ』という言葉を知らないらしい。


「ふん、ちまたで俺はそう呼ばれておる。だから、よ~く覚えておけ」


「は、はいっ!」


「ちなみに、おおうつけ者とはな、からっぽで大が付く馬鹿者って事だ」


「…………」


「まあ、暫くは出来る限りそう思わせておけ。それで世の中が平和ならな」


「…………」


「だがいつか、お前のオヤジ殿が俺を一人前の男として認め、両国が真の同盟国として並び立った時」


「…………」


「イシュタル、お前はこの俺に嫁いで良かったと心の底から思うはずさ」


 俺がそう言うと、イシュタルは同意したのか大きく頷く。

 もう彼女の涙は……止まっている。


「はい、その通りです。アーサー様。私、今はっきりと分かりましたから」


「ん? 何をだ?」


「似ておられます」


「ふん! 誰にだ」


「アーサー様は……私の父にとても良く似ておられます……いえ、父以上にずっとずっと大きい人です」


「ほう、俺が大きいか」


「はい、器が! ……いつか貴方を父に会わせとうございます」


「俺をそなたのオヤジ殿に会わせてどうする?」


「はい! 思い切り自慢致します」


「何? 思い切り自慢だと?」


「はい! おおうつけなどとんでもない! 私の……イシュタルの旦那様はこんなにも大きな器の人だと自慢致します」


 イシュタルめ……

 「うつけ者だ」と噂される亭主を器量人だと父へ自慢する?

 

 ……可愛い奴だ。

 それに、刺客として送ったはずのイシュタルが豹変。

 俺の事を自慢したら父王は大いに驚くだろう。

 そんなシーンを想像したら凄く面白い。


「ふむ……いつになるか確約は出来ないが、俺はいずれお前の父に会おう。その時大いに自慢するが良い」


「は、はいっ! アーサー様! ありがとうございますっ!」


 イシュタルはそう言うと、「ひし!」と俺に抱きついて来た。


 それから……

 俺はいつの間にか、イシュタルを抱きながら眠ってしまったらしい。

 

 真っ暗闇の中……

 俺は、目が覚めた。


 見れば、窓の外もまだ真っ暗闇。

 そうか、夜が明けていないんだ。

 

 一瞬、ここはどこ?

 俺は誰?

 ……って思った。

 

 でも、記憶を手繰り、思い起こして認識した。

 俺はチンピラに殺され、転生したんだと。

 

 わけの分からないまま、これまた怪しい、

 悪魔というか邪神ロキのサポートを受け……

 平凡以下のさえない少年、ブタローこと雷同太郎から……

 この中世西洋風異世界へ飛ばされ、

 アルカディア王国王子アーサー・バンドラゴンになった。

 

 凄い事にロキから授けられた、チートな俺の身体は素晴らしく夜目が利く。

 真っ暗闇の部屋だが、先ほどイシュタルの涙が識別出来たように、

 はっきり周囲が見渡せる。


 改めて見やれば……

 傍らには俺に寄り添うひとりの女子が居る。

 満足そうな顔をして、眠っている。

 そう、俺の嫁イシュタルだ。

 

 時計があったので、分かった。

 まだ夜中の午前3時過ぎ……

 成る程、道理で外が真っ暗なわけだ。


 そう、この俺、アーサーの部屋には前世とは全く違う、

 魔力で動く不可思議な時計がある。

 

 うん、本物のアーサーから貰った記憶で知っている。

 これは、俺の傍らに寄り添い眠るイシュタルとの婚約が決まった時、

 アヴァロン魔法王国から記念として贈られたものだ。


 うん! 

 いろいろ考えていたら、もう完全に目が覚めた。

 ちなみに前世の太郎はこんな時間には起きない。

 「ぐうぐう」寝ていて、まだまだ夢の世界に居る。

 

 そういえば……

 信長は、極端に睡眠時間が短かったと伝えられていたっけ。

 

 俺は、思わず苦笑してしまった。

 ロキの奴、こんな事にまで信長の性癖を完全にコピーしてくれたんだって。


 再び直近の記憶を手繰り、さっくり計算する。

 数回に渡るイシュタルとの愛の交歓が終わり……

 寝ついてから、まだ3時間くらいしか経っていない。


「う~ん……」


 かたわらで寝ているイシュタルが、

 まるで寂しがるように手を伸ばし、俺へしがみつく。

 

 多分……

 俺とイシュタルが「同衾した」事は、

 既に妹のエリザベスへは伝わっているだろう。

 

 父クライヴ同様、エリザベスは俺の暗殺計画を知っていた節がある。

 となれば、エリザベスは城内に結構な情報網を持っていると見て間違いない。

 絶対、情報提供者の誰かがエリザベスへ注進しているはずだ。


 今、俺が置かれた立場を想えば「ふっ」と苦笑する。

  

 俺は王子、否、もうすぐこの国の王になるんだ。

 級友からチキン野郎と呼ばれた俺が一国の王になるなんて、

 今でも信じられないけれど。


 そうとなれば俺には、いろいろやる事がある。

 ロキが仕組んだ、信長と同じ厳しい環境だから、愚図愚図してはいられない。

 折角転生したのに簡単に死ぬのは嫌。

 愛する嫁、可愛い妹がいる理想的なリア充となったからには、

 絶対に生き残りたい。


 その為には、まず情報収集。

 アーサーから貰った知識はあるけど、実際に見てみないと、

 役に立たない部分もある。

 

 まず俺は今日、我が王都ブリタニアを視察するつもりだ。

 

 う~ん、視察といえば……そうだ!

 もし俺が出かけると言えば、嫁イシュタルも妹エリザベスも、

 同行したいと申し出るだろう。


 だが……

 俺は、ふたりとも連れて行かないつもりだ。


 理由は簡単。

 イシュタルとエリザベスの不仲は勿論、

 超美少女をふたりも連れて、街中の視察は目立ち過ぎる。

 それこそ、万が一何かあった場合、どちらかを守り切れない場合がある。


 但し、不仲をそのまま放置してはおけない。

 今日すぐに改善されるとは思えないが、手を打つ事にしたのである。


 ず~っと考えていたら、イシュタルが……動いた。

 彼女の可愛い手は、俺の二の腕をしっかり掴んでいた。

 それだけでも愛しさがこみ上げて来る。


 俺はつい全てを忘れ、見入ってしまう。


 さすが魔法使い俺の視線に気付いているのだろうか?

 夢の世界から、こちらへ帰還する気配がする。


「うう~ん……あ……」


「…………」


 うん!

 改めて思う。

 美少女は起きている時は勿論だが、寝ぼけた顔も超可愛いって。

 

 また眠るかもしれない。

 だから、俺はそのまま放置。

 

 しかし、イシュタルは俺の予想に反し、

 目をぱっちり開けた。


「アーサー様……」


「おう、起きたか。まだ眠いだろう? 身体の方は大丈夫か?」


 そう……

 経験不足の俺は、上手く出来たか、心配だ。

 改めて、愛する嫁をいたわってやらないと……


 俺から尋ねられ、イシュタルは顔を伏せ、恥ずかしそうに……


「身体は……ええっと……ちょっと痛いですけど……大丈夫です」


「そうか、ありがとうな」


 俺はつい礼を言ってしまった。

 あまり具体的に言うのは、とてもはばかられる。

 だけど……

 イシュタルは、凄く素敵な愛の思い出をくれたから。


「いいえ……私こそ、優しく抱いて頂き、ありがとうございます」


 イシュタルはそう言うと、再び「きゅっ」と抱きついて来た。

 ああ、こいつ、本当に可愛いっ!


 身体をすり寄せ、甘えるイシュタルを……

 俺はまたも慎重に「そっ」と抱きしめたのである。

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