第26話「茶の湯の心①」

 ず~っと考えていたら、イシュタルが……動いた。

 彼女の可愛い手は、俺の二の腕をしっかり掴んでいた。

 それだけでも愛しさがこみ上げて来る。


 俺はつい全てを忘れ、見入ってしまう。


 さすが魔法使い俺の視線に気付いているのだろうか?

 夢の世界から、こちらへ帰還する気配がする。


「うう~ん……あ……」


「…………」


 うん!

 改めて思う。

 美少女は起きている時は勿論だが、寝ぼけた顔も超可愛いって。

 

 また眠るかもしれない。

 だから、俺はそのまま放置。

 

 しかし、イシュタルは俺の予想に反し、

 目をぱっちり開けた。


「アーサー様……」


「おう、起きたか。まだ眠いだろう? 身体の方は大丈夫か?」


 そう……

 経験不足の俺は、アレが上手く出来たか、心配だ。

 改めて、愛する嫁をいたわってやらないと……


 俺から尋ねられ、イシュタルは顔を伏せ、恥ずかしそうに……


「身体は……ええっと……ちょっと痛いですけど……大丈夫です」


「そうか、ありがとうな」


 俺はつい礼を言ってしまった。

 あまり具体的に言うのは、とてもはばかられる。

 だけど……

 イシュタルは、凄く素敵な愛の思い出をくれたから。


「いいえ……私こそ、優しく抱いて頂き、ありがとうございます」


 イシュタルはそう言うと、再び「きゅっ」と抱きついて来た。

 ああ、こいつ、本当に可愛いっ!


 身体をすり寄せ、甘えるイシュタルを……

 俺はまたも慎重に「そっ」と抱きしめた。


 実感する。

 イシュタルは温かい。

 そして凄く華奢だ。

 

 俺がこの子を守ってやらなければ!

 と、強く強く思う。


「イシュタル、お前ははるばる長旅をして来た身だ……とても疲れているだろう」


「…………」


 俺がいたわると、イシュタルは無言でじっと見つめて来る。

 

 「うつけ男に嫁ぎ、いざとなれば故国の為、ためらわず命を投げ出せ」

 父から命じられ、異国へ来た少女は、どんなに心細かったであろうか。

 そう思うと……

 俺はイシュタルがいじらしく、一層愛おしく思えて来る。


「まだゆっくり寝ていれば良い、夜は明けていないぞ」

 

 俺が言ったら、イシュタルは抱きついたまま、首を振る。


「いえ、もう寝ません」


 もう寝ない……か。

 じゃあ、俺が、これからやろうとしている事を話そう。

 

 焦らずひとつひとつ……

 亡きアーサーが残していった様々な問題や課題を精査し、

 クリアしていかなければならない。


「そうか、じゃあ、お前に話したい事がある」


「はい……」


「ズバリ言おう。お前と俺の妹エリザベスの関係だ」


 俺は単刀直入に告げた。

 

「…………」


 ストレートに告げたせいか、さすがにイシュタルも無言。

 すぐに言葉を戻さなかった。

 

 しかし、俺の話はこれからだ。


「俺は先ほどエリザベスと話した」


「…………」


「お前達ふたりの間には微妙な壁がある」


「…………」


「だが俺は、お前とエリザベスが姉妹として上手く折り合って欲しいと願っておる」


「はい、……私も……あの方とは折り合いたいです」


 ようやくイシュタルが言葉を発した。

 素直に返事をしながらも、仲良くしたいと言いながらも、

 少しためらい、くちごもった。

 

 でも……

 『あの方』……呼ばわりかぁ。

 

 エリザベスは実妹ながら、俺に対して強烈な恋愛感情がある。

 そんな気持ちを、イシュタルも女子特有の鋭さで、

 敏感に感じ取ったに違いない。


 更にイシュタルから聞いたところでは……

 エリザベスは『体調不良』と称し、

 輿入れの際、出迎えには行かなかったらしい。 


 俺は言い方に注意しながら、『姉』としてイシュタルの自覚を促す。


「イシュタル、幸いお前はエリザベスより4つ年上。今後はあくまでも彼女の姉としてふるまって欲しい」


「姉として……ですか?」


「ああ、エリザベスは根っからの悪い子ではない」


「それは……分かります」


「ならば、姉として大きな寛容さを持ってくれ」


「姉として……大きな寛容さ……ですか」


「おう! もしも相手が生意気な事を言っても穏やかに堂々と、どん!と受け止めて欲しいのだ」


「はい、穏やかに堂々と、そして、どん!と受け止めるのですね! かしこまりました」


 おお、素直だ。

 というよりも、「俺を信じて従う」と覚悟を決めたのだろう。

 

 ならば、しっかりと告げないといけない。

 義務を課したなら、その分見返りを。

 覚悟を決めたイシュタルを、夫の俺がどうフォローするのかを。


「ありがとう、イシュタル。お前は他家から嫁に来た身だ。新たな家臣との関係、しきたりの違い等、いろいろ不慣れで大変だとは思う」


「…………」


「しかし自信を持て! 聡明なお前なら大丈夫だ。そして俺とお前は、心も身体も結ばれ、完全に寄り添う夫婦となった」


「はい!」


「もしも困った事があればすぐに言え。俺は誰の前でも堂々と、お前を嫁として扱い、しっかり守る!」


「はいっ!」


 俺の言葉を聞き、安堵と勇気が生まれたのだろう。

 再び、より大きな声で返事が戻された。


 イシュタルの気持ちはとても晴れやかになったようだ。

 漆黒の瞳が、しっとりと濡れたように光っている。


「よし! では、とりあえず着替えよう。夜が明けたら朝飯を食べる。俺とお前、そしてエリザベスと3人で一緒にな」


「え? 3人で一緒に?」


 先ほど微妙な壁があると言ったのに?

 どうして?

 

 驚いて目を丸くするイシュタル。

 そんなイシュタルへ、俺は黙って頷いていたのである。

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