第23話「攻防戦決着②」

 しばし、時が経ち……ため息をついた後、

 落ち着いたのか、イシュタルは俺をじっと見つめて来る。 

 

 そう、攻めるだけじゃダメって事。

 俺は、イシュタルの立場も考えていた。

 さっき俺の誘いをきっぱり断った、イシュタルの発言と行動に、

 正統性を持たせる事も必要なのである。


「…………」


「まあ、よくよく考えてみたら俺が分からなくて、当然だ。生まれてこの方俺とお前は1回も会った事がない」


「…………」


「互いの顔をずっと知らず、結婚した今日が全くの初対面だ」


「…………」


 イシュタルは無言であったが……表情を見れば分かる。

 安堵し、ホッとしている事が。

 

 自分をアヴァロンへ強引に帰し、オーギュスタと結婚するという、

 俺の無茶な提言を聞いていたから。

 

 イシュタルは背水の陣で、俺の下へ

 いくら俺との仲が壊れても、イシュタルは簡単に故国へ帰れない。

 その理由も俺は見抜いていたが、それは彼女とふたりきりの時に話した方が良い。

 部下オーギュスタの目の前で、これ以上恥をかかせない為だ。


 俺は再び断言する。

 イシュタルの立ち位置を。


「もう一度言うぞ、イシュタル。お前はこのアーサー・バンドラゴンの嫁だ」


「は、はい!」


 再び言質げんちを取ったところで、とりあえず対イシュタル戦は終了。

 次は、オーギュスタと戦う。

 だが、イシュタルと同じ戦法ではいかないのがミソ。


「オーギュスタ!」


「は、はい!」


「世間で言う、常識とはあてにならぬ言葉よのう」


 いきなり、俺のくだけた曖昧な言葉を聞いて、

 オーギュスタはとても怪訝な顔付きをする。


「は、はい……」


「オーギュスタよ、聞け。常識とは、隠された真実を知り、驚く為にある言葉なのだ」


「常識が? 隠された真実を知り……驚く為に?」


「そうさ! 分かるか? 人生とは信じていた常識が簡単に覆される驚きの連続だ。しかしだ! そんな人生の方が楽しいものさ」


 続く言葉は俺の謎掛けだ。

 俺はオーギュスタが『切れ者』か、試したのである。


 俺の言った意味は、こうだ。

 お前達アヴァロン魔法王国は、俺アーサーの身辺を洗い、全てを掴んでいた筈。

 

 調査で得た知識において、アーサーはひ弱な草食系だと判明。

 力技なら、オーギュスタは負けっこないと判断。

 

 よって、美味しい条件を付けられたアームレスリングの勝負をすれば、

 イシュタルとオーギュスタが一方的に主導権を握れるという常識だ。


 しかし最早、状況はガラリと変わっていた。

 真実は違う。

 邪神ロキの存在など、けして明かす事など絶対に出来ない。

 今のアーサーの中身は俺、ブタロー。

 つまり信長化したチート魔人なのだから。


「は、はい! 分かります……王子に対する私の常識は誤っていました」


 おお、俺の意図はしっかり伝わっていた。

 オーギュスタ、お前も『使える女』だな。


 さあてさて、こうなれば最終のクロージングだ。


「……勝負の結果は、はっきりした……悪いが、勝者の特権で要求を変えさせて貰おう」


「…………」

「…………」


 イシュタルとオーギュスタは無言だ。

 普通の男なら、勝った勢いで、無理難題を言って来る。

 そう危惧しているに違いない。

 

 しかし俺は、まともな男ではない。

 魔王『信長』は常に逆手を行くのだ。


「イシュタルよ、改めて頼む、俺の嫁になってくれるな?」


 丁寧に頭を下げた俺。

 予想外の展開に、イシュタルは返事がすぐ出来ない。


「は?」


 驚くイシュタルへ、俺は優しく微笑む。


「イシュタル、どうした? 耳の穴をかっぽじってしっかり返事をせい! お前以外、俺の嫁はおらぬわ」


 お前以外に俺の嫁は居ない……

 すなわち、オーギュスタは嫁にしない。

 そういう認識が頭に浮かんだのだろう。


 イシュタルは大きく噛みながらも、頑張って返事をする。


「は、は、はいっ! イシュタルは! アーサー様の妻になりますっ!」


 よっし、OK!

 俺の結婚、今度こそ確定!!!

 

 さあ、次はオーギュスタだ。


「そして、オーギュスタ!」


「は、はいっ!」


「お前ほどの女なら、故国に大切な想い人が居るのだろう? ならば俺は無理にお前をめとらぬ」


「…………」


「お前はアヴァロンより、遠きこのアルカディアまで来た。なれば、愛する者と離れ離れは辛いものよ。もし出来るのなら、かの者をアルカディアへ呼び寄せよう」


「…………」


 俺が打診しても、オーギュスタは無言だ。

 

 サトリにより心を読んで分かったが……

 実はオーギュスタには特別な『想い人』が居る。

 しかしその相手に、このアルカディアへ来て貰うのは絶対に無理、

 不可能なのだ。


 なので、俺は妥協案を出す。


「もし居ないと申すのであれば、これから新たな想い人を作るも良し、俺の側室になるのも良しだ」


「アーサー様……」


 オーギュスタはかすれた声で、俺の名を呼んだ。

 感情が高ぶったのか、目が潤んでいる。


 よっし、オーギュスタの気持ちをがっちり掴もう。


「但し、俺の勝ちで、オーギュスタ、お前にこれだけは守って貰うぞ」


「…………」


「約束だ。己の命を大切にし、俺とイシュタルへ真摯に忠実に仕えよ」


「え?」


「いいか、絶対に無駄死にはするな。俺はな、お前のような優秀な者を失いたくない」


 俺が何故こんな言い方をしたのか?

 それはオーギュスタの『想い人』に関係がある。

 

 彼女が優秀なのは勿論だが、

 もしも『想い人』が原因で『行き場』がなくなった場合……

 心の拠り所を失い、やけを起こして自死でもされたら困るのだ。


 オーギュスタは……

 俺がサトリの能力を使い、彼女の秘密をズバリ見抜いたとは、

 露ほども知らない。


 でも、単純に「優秀だ」と言われて悪い気はしていないらしい。

 元気に返事を戻す。


「は、はいっ!」


「ちなみにオーギュスタ……悪いが、お前が側室になる件は、イシュタルが『うん』と言ったら改めて検討だな」


「は? イシュタル様がうんと仰れば……でございますか?」


「おお、そうだ。どうせ俺はイシュタルの尻に敷かれる。ほぼ言いなりになるだろう。可愛い嫁がもしノーと言えば、この話は白紙に戻す」


 いきなり話を振られ、イシュタルは戸惑う。


「そ、そんな!」


「ははははは、イシュタルよ、お前の形の良い尻になら、いくら敷かれても構わんぞ」


「も、もう! 知りませぬ」


 俺を尻に敷くと言われ、イシュタルは頬を赤くし、

 口をとがらせてむくれていたが……

 目元は、ちゃんと笑っていた。

 

 あはは、可愛いな。

 俺へ、しっかり甘えているのが分かる。

 これがデレというものなのか……

 

 良いじゃないか、良いじゃないか。

 男子の皆が、あんなに喜ぶのが初めて分かった。

 

 そして……

 場を仕切る俺が思いっきり笑ったので、

 緊張していたオーギュスタも初めて笑顔を見せたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る