第22話「攻防戦決着①」

 多分……

 事前にいろいろ、俺の調査をしていたのだろう。

 まあ、結婚前に相手の性癖、事情等を調べるのは、

 いつの時代でも、どこの世界でも良くある事だ。

 特に政略結婚たる王族の結婚なら尚更だろう。

 

 でも、さすがにイシュタルは高名な魔法使いである。


 俺のあまりにも著しい変貌に気付き、

 原因が、魔法から来ていると疑い、

 冷静に何らかの方法で探っていたらしい。

 

 しかし、俺の膂力りょりょくは魔法によるものではない。

 邪神ロキの偉大なる?『神力』により、アーサーの肉体へ備わったものである。

 俺を念入りに調べても、結局は魔法の『ま』の字も感じないらしかった。

 

 それ故、イシュタルは強気に勝負のゴーサインを出したというわけ。

 しかし、この『漆黒の魔女』も、

 オーギュスタ同様、俺がこの部屋の扉を、容易に破壊した事を忘れている……


 でも、ラッキーだ。

 宝くじを当てた気分だ。


 妹エリザベスは勿論、嫁イシュタル、その配下オーギュスタふたりのアヴァロン組も、充分俺の部下として使えそうだから。

 

 今のアルカディア王国には人材が絶対的に不足している。

 だからこのふたりを、必ず『俺の陣営』へ加えてやる。


 俺は思わず「にやっ」と笑い、拳を握り締めた。

 

 さあ勝負だ!


 俺とオーギュスタは腕をがっしり組んだ。

 瞬間!

 勝負は、呆気なくついた。


 どむっ!


 木製のテーブルが肉の当たる鈍い音を立てる。

 その後は……部屋中を重い沈黙が支配して行く……

 まあ、勝った俺は全く重いと感じてはいないが。


 ちらと見やれば……

 俺と右手を組み、向かい合ったオーギュスタは……

 驚愕のあまり固まってしまっていたのだ。

 同じく、イシュタルもショックで完全に固まっていた。

 

 理由は簡単だ。

 俺が、アームレスリングでオーギュスタに勝ったから。

 それもあっさり、一方的に楽勝したからだ。


「ま、まさか! マスタークラスと言われた戦士の私が……ま、負けた? この、わ、私が? 戦士ではないアーサー様に?」


 信じられない!

 オーマイガー!

 という波動を発するオーギュスタへ、俺は余裕を見せる。


「ははははは! オーギュスタ、良ければもう一回やるか?」


「え?」


「よしやろう! さっきは右手で勝負したから、今度は左手で勝負だ」


「は、はい……」


 しかし!

 またも同じ事が繰り返され、テーブルは再び鈍い音を立てた。

 

 まさにとどめ!

 

 アーサーに対しイシュタル達が持っていた常識が、完全に覆された、否!

 粉々に破壊された信じられない状況である。

 

 イシュタルとオーギュスタ、ふたりの時間は、完全に止まった……


「よし、勝負はついたな? 納得いかないなら、何回やっても構わないぞ」


 うん!

 嫌らしく聞こえるかもしれないが、

 今のイシュタル達を『現実』へ引き戻す事が必要だ。


「…………」

「…………」


 問いかけたが、ふたりから返事はない。

 草食系と侮っていた俺に負けたショックで、完全に戦意を喪失したようだ。

 

 しかし、このままではどうしようもない。

 俺がしっかりクロージングしなければならない。


「おい、イシュタル!」


 俺の「びしっ」とした張りのある声に、

 びくっと身体を震わせ、イシュタルは何とか返事をする。


「は、はい!」


「改めて、名乗ろう。俺がアーサー・バンドラゴンだ」


「…………」


「もし疑うのなら、そこに居る警護の騎士へ聞くが良い」


 ここは相手が絶対に逃げられないよう、

 一気に畳みかけるのが、勝利への近道だ。


「そ、そんな! う、疑うなんて」


「ならば、改めて認識してくれ、イシュタル。俺はアーサー、お前の夫だ」


「…………は、い……」


 よし!

 これで、俺ブタローの結婚確定。

 

 利害関係ガチガチの政略結婚だって、何だって、結婚は結婚。

 それも相手は超が付くウルトラ美少女。

 凄く、嬉しい!

 

 作戦も成功。

 扉を閉ざして「怒っていた」イシュタルの機嫌の悪さなど、

 彼女の驚愕の感情が、どこかへ吹き飛ばしてしまった。

 

 この様子なら、俺が主導権を握る事が出来る。

 

 ここは『緩急』を上手く使ってやる。

 今迄の攻めが『急』だとしたら、次は『緩』

 上手く、タイミングを外し、虚を衝こう。


「聞け、イシュタル! 俺はな、凄く嬉しいぞ」


「え?」


 嬉しい?

 今迄の経緯を考えたら、俺の言葉は意外な筈。

 

 普段のイシュタルなら、すぐ気付いて、

 「打てば響け!」と返すかもしれない。

 だが、この状況では難しいだろう。


 俺はイシュタルへ、果断のない攻撃を続けて行く。


「先ほどの話で分かった。イシュタル、お前は貞淑な嫁だと確信した」


「は、はい……」


「見ず知らずの怪しい男の誘いなどきっぱり拒絶する、不貞行為など一切受け付けない、お前は素晴らしい女じゃないか」


「…………」


 俺は、イシュタルに『逃げ道』を作ってやる。

 これは戦いにも通じる。

 単に攻めっ放しでも駄目なのだ。

 

 「窮鼠猫を嚙む」ということわざがある。

 つまり、弱い相手へ対し逃げ道を全てふさぎ、あまり一方的にやり過ぎると……

 相手は追い詰められて、開き直り、思わぬ反撃に走る。


 案の定……

 俺の言葉を聞いたイシュタルは安心して力が抜けたらしく、

 「ほう」と大きく息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る