第21話「帰蝶主従攻防戦②」
「ああ、イシュタル。可愛いお前を口説きに来た通りすがりの男だ」
と俺は言った。
予想外の答えと受け止め、イシュタルは首を傾げる。
「可愛い私を口説く? 通りすがりの方?」
「おお、そうさ。よければ
「え?」
俺のストレートな物言いに、
イシュタルは驚き、大きく目を見開いた。
だが、イシュタルはただ者ではない。
俺をアーサーだと認識している癖に、
「いえ、お断り致します! 早々にお引き取りを……」
「ほう、何故断る?」
「私はもう夫が居る身。人妻なれば見ず知らずな他人と不貞行為を働くなどとんでもございません。逢引きなど絶対に出来ませぬ」
と、言い放った。
ほう、そう来たか。
やるじゃないか!
わざわざ嫁に来てやった私を後回しにして、お前はとんでもない男って事か。
俺がナンパしに来たという攻撃に対し、
機転を利かせ、人妻だから出直して来いって言っているんだ。
俺は少し嬉しくなる。
噂通りこの子は、ただ者ではない。
やはりアヴァロン漆黒の魔女は凡庸ではなく、結構な『切れ者』なのだ。
そしてオーギュスタもただの戦士ではない。
状況が変わったと見て、俺へ切り出して来た。
「アーサー様らしき……貴方……イシュタル様にお会い出来て……これで出された条件のひとつがクリアされましたね」
「ああ、そうだな」
「で、では! こうなったからには、私との勝負自体がもう無意味なのでは?」
出された条件のひとつとは、イシュタルへの取り次ぎだ。
確かに、オーギュスタの言う通り、願いはひとつ叶った事になった。
しかし俺の『口説き』が、まるで子供の使いのようにあしらわれてしまったから、これでは意味がない。
まあ、これまでの俺、ブタローなら「しゅん」として引き下がっただろう。
だが今のブタロー、すなわち信長仕様にバージョンアップした俺は違う。
どんな窮地に追い込まれても、どんどん切り返せる自信がある。
「いやいや、オーギュスタ、おまえとの勝負は無意味ではない」
「え?」
「但し! このままでは少し面白みに欠けるかもな」
「お、面白み?」
「ああ、だから条件を少し変えよう」
「条件を変える?」
オーギュスタが分からないという風情で、首を傾げるのを確認し、
俺は「ちらっ」とイシュタルを見る。
「うん、どうやら俺は今、イシュタルという可愛い女子に手酷くふられてしまったようだ」
「…………」
イシュタルは無言で俺を見ていた。
何を言ってるの?
という呆れた表情だ。
俺は「にやっ」と笑い、言葉を続ける。
「なので非常に寂しい。寂しいから、新たな嫁を迎えねばならぬ。丁度良い、オーギュスタ、側室ではなくお前が正妻、つまり嫁となれ!」
「どかん!」とさく裂した、俺の爆弾。
イシュタルに媚びず、退かず、省みず。
「バン!」と切り返してしまった。
いきなり嫁になれと言われ、驚愕したのは、オーギュスタである。
「は? はい~っ!」
「は?」
そして、イシュタルも絶句してしまった。
大きく目を見開くふたりの女子の前で、俺の『信長節』がさえわたる。
「うんうん、我ながら良いアイディアだ。俺が勝てばオーギュスタ、お前を正式な嫁とする。そしてもう夫が居るというこの人妻を、さっさとアヴァロンへ送り返そう、どうだ?」
「そ、それは……」
俺の言葉を聞き、今度はオーギュスタが絶句。
そりゃ、そうだ。
さすがに、答えには
イシュタルの家臣である彼女が、
「はい! そうですね、ぜひ私を嫁にして下さい」なんて、言えるわけがない。
だがここで、容赦する俺ではない。
「どうした? 勝負を
俺の言葉を聞き、悩んでいたオーギュスタの顔に喜色が浮かぶ。
「先ほどの条件? 私が勝てば? ほ、本当でございますか? アルカディアは、アヴァロンに全面的に従うと!」
多分アヴァロンは、俺が入れ替わる前の、アーサー王子の身辺調査をばっちりやっている。
アーサーは超が付く草食系、気弱で大人しく運動音痴、当然膂力も並みの男性より大幅に弱い。
そんな調査結果が出ている筈だ。
オーギュスタは戸惑いながら、速攻で計算したんだろう。
目の前のアーサー……
つまり俺が何故か、急に口は達者になって、押しが強い性格になったようだと。
しかし身体や力は所詮変わらないと考えている筈だ。
ははは、でもさ……肝心な事を忘れている。
俺が頑丈なこの部屋の扉を、派手に蹴り壊した事をね、
すっかり忘れているみたいなんだ。
人間って、何か美味しい餌が目に入り過ぎた時、
無理やり都合の悪い事を忘れようとするって本当だ。
「ああ、改めて約束しよう」
俺が約束履行を確約すると、イシュタルが叫ぶ。
「オーギュスタ!」
「はい! イシュタル様!」
「よ、宜しい! 勝負を受けなさい!」
「は、はいっ!」
「その方にアームレスリングで挑み、勝ちなさいっ! 以前から聞き及んだ通り、体格も変わっておらず、身体強化魔法の気配もありません! お前なら完全に勝てます!」
「は、はい!」
イシュタルの飛ばす檄を聞き、オーギュスタは噛みながらも、
大きく大きく頷いたのであった。
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