第16話「信秀オヤジから、家督を継げ!③」
愛する妹と、故郷を託してくれたアーサーの名誉も含めて、
俺は平然と言い放つ。
「いや、以前の俺と、
「ふむ……志か」
「ああ、変わらねばならないのは、俺以外の『戦う者』達だろう」
「お前以外?」
「ああ、奴らには国と民を守るどころか、その自覚さえない! 物欲と己の保身しか考えておらぬわ!」
そう、アーサーの知識と経験を受け継いだ俺には分かる。
彼は、故国を思う気持ちだけは強かった。
誰にも負けなかった。
しかし……
王としての資質、適性を……
豪胆さと決断力に欠ける自分の性格も良く分かっていた。
だから、やれる事をやっていた。
少しでも自分の国の現状を知ろうと……救う手立てを研究しようと……
僅かな供を連れ、国内の隅々を丹念に歩き回っていたのだ。
アーサーの心から直接、俺の心へ聞いた話だから、絶対に間違いはない。
なので、堂々と言える。
俺と入れ替わる時は、爽やかな笑顔で「からっ」としていたけど……
今なら分かるんだ。
アーサー王子の哀しい心が……
木から転落するという、少々お間抜けだが不慮の事故により死んで……
どんなに、無念だった事か……
いくら神の啓示だからといって、見ず知らずの男に、
大切な家族と故郷の国を託すのだから。
それ故、俺はアーサーの遺志をしっかりと継ぐ。
この転生は、俺が単独で生き残るだけじゃない。
俺と新たな家族は勿論、俺を頼りとしてくれる家臣達、
そしてこのアルカディア王国の民、全員が絶対に生き残らなきゃいけないんだ。
湧き上がる激情に心身を任せ……
俺は改めて、強く強く決意している。
今更ながら自分でも凄いと思う。
どんどんセリフが湧き出て来る。
改めて実感する!
信長というのは、皆の想像通り、
こうも覇気に溢れ、雄弁且つ演説上手であったのだと。
それにしても民の悲惨な暮らしぶりとは……
とてもストレートな言い方である。
「責任はオヤジ、まずは王たるあんたにありますよ」と、
草食系だった息子が、はっきりと父親の至らなさを責めているのだ。
クライヴは、黙って目をつむった。
よりによって、身内の息子に言われるなど屈辱でしかないだろう。
アーサーいわく、昔の父は激しい気性で、自分の子供にさえ容赦なく鉄拳を振るっていたという。
ここまで言われたら、激高して、俺を斬り捨てているかもしれない。
だが病弱でろくに政務を行えない現在は、自らの王としての不甲斐なさに心を痛めているようだ。
辛そうな父親へ、俺は淡々とした調子で話を続けた。
「オヤジが国政より離れてから……我が王国は更に荒れた」
「むう……」
「……これもオヤジは知っているだろうが、俺は領内をくまなく見て回った」
「…………」
「領民達の暮らしはけして楽ではない。否、楽どころか、悲惨だとはっきり言えるだろう」
「…………」
「収入は少ないのに税金はがっぽり取られる。痩せた土地へろくに育たない作物を植え、収穫は極端に少ない。日々魔物や山賊に脅かされる恐怖の生活が続いている」
「…………」
「民あっての王国という事を忘れて手を打つどころか、何も考えずに日々を過ごす我々戦う者、そして祈る者達の愚かさ。このままの状態ではアルカディアは滅びの道をたどるしかない」
これ「親父さん、貴方が王のままでは滅ぶ」って言っているんだよな。
息子は「父親が無能」って言い切っているんだよな。
自分でも凄いと感じる。
前世で親に対し、口答えさえした事のない俺が、ここまで言っちゃうのかと。
クライブは苦笑すると、大きな溜息を吐く。
「ふう……で、お前の言う愚かな『戦う者』の中には、我々王家も入っているというわけか……」
父の問い掛けに、俺はきっぱりと言う。
まるで、とどめをさすように。
「当然! 一番の象徴的存在だ」
「ふふ、はっきり言うな。で、お前ならば……この国を創り変える自信があるのか?」
真剣な目で問うクライヴ。
しかし俺はあっさりと首を振る。
クライヴは俺の意外な反応を見て呆気に取られていた。
散々父親をこけにした生意気な息子は「自信がある!」って言い切ると踏んでいたのだろう。
俺は大袈裟に肩を竦める。
「ははははは! 散々偉そうな事をオヤジへは言ったが、若輩者の俺に自信なんてあるわけがない」
「な、何!?」
「だが……座して無様な死を待つより、アルカディアのうつけ者として、もがき、前のめりで死にたい」
「ぬう! アルカディアの……うつけ者か。前のめりで死ぬ……そうか!」
「ああ、王子で嫡男の俺がやるしかない。
座して死を待つより、うつけ者としてもがき、前のめりで死ぬ。
すなわち北欧神話で言われる例え、戦士として不名誉な死を引き合いに出した。 クライヴの魂に、俺の言葉は響いたようだ。
「ははは、お、お前は何という事を言うのだ、まるで血気盛んだった昔の俺のようだ」
クライヴは、遠い目をする。
そして懐かしそうに笑った。
アーサーによれば、クライヴは若い頃、がむしゃらに戦っていたという。
小国アルカディアの王として……
ガルドルド帝国の大軍にも臆せず、
民の暮らしを守る為に蛮勇を振るって戦ったのだ。
覚悟を決めた息子に、クライヴはかっての自分を重ねたらしい。
俺は真っすぐに、クライヴを見つめる。
「オヤジ殿はアルカディアをここまでの国に造り上げた。素晴らしい!」
「…………」
「だが! まだまだ不十分だ」
「そうか、不十分か。そうかもしれぬ」
「俺は貴方を超える。今のアルカディアを大きく変え、よりよい国にする。この国の民を幸せにする為に……そして自分の誓いを成し遂げる為に」
「……ふ、ふふ。よくぞ言った! ではアーサー、早速王位を譲る手続きを……」
「おっと! 正式な発表と儀式はおいおいと。とりあえず王として、全ての権限を貰えればOKだ、但し書面にはして欲しいぞ」
「な、成る程、いいのか、それで?」
「構わぬ! 面倒な儀式など後回しで良いのだ!」
「ふむ、名より実か?」
「その通り! 形式に拘るうるさい奴らがわんさか居る! それゆえこんな簡単に王位をやるぞ、はい、OKってわけにもいかんでしょう? 正式な発表にはいろいろ根回しも必要だ。とりあえずオフクロだけには伝えてくれ」
「お、おお、……そうだな。よし! 念の為、譲位の誓書を二通記しておこう。一通は後でお前に届け、一通は俺が持つ。たった今から有効という但し書きをつけてな」
「ありがたい! とても助かる! そもそも公的なお披露目って奴なら、爺やも一緒でないと……絶対に
俺がマッケンジー公爵の事を言うと、クライヴは微笑む。
今迄彼が、ひたすら自分の息子に尽くして来たか、良く知っているからだ。
「ははははは、確かにその通りだな」
俺が見守る中……
大笑いしながらも、クライヴの眼光には鋭い光が戻っていたのである。
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