第15話「信秀オヤジから、家督を継げ!②」
……父クライヴが寝ているのは王宮一番奥の寝室だ。
俺が部屋に近付くと警備担当の王宮騎士が一礼し、扉から離れた。
扉を軽くノックした俺は父へ来訪を告げる。
「父上、アーサー、只今参りました」
「入れ」
俺の声に答えるかのように重々しい声が響いた。
ひと呼吸置いて、扉を開けると……
俺は部屋の中央に置かれたベッドに寝かされた『父』へ近づいた。
「良い、アーサーとふたりきりにさせてくれ」
息子である俺の姿を認めた父王クライヴが、
病状を診ていたらしい医者と世話をしていた侍女に告げると、
ふたりは部屋の外へ下がって行く。
「これで人目を気にせず話せる。……アーサーよ、まずは祝いの言葉を送ろう!」
祝い?
ああ、そうか!
クライヴが祝いと言うのは、俺が嫁イシュタルを迎え結婚した事だろう。
「ありがとうございます!」
俺が一礼するとクライヴは嬉しそうに微笑む。
かつてクライヴは逞しく荒々しい戦士だったらしい。
だが、今の彼は不健康そうに痩せ細り、頬骨が尖ってしまっている。
長きに亘り患った病から来る、不自由さともどかしさが、
彼から覇気と闘気を奪っていた。
「アーサー、お前の嫁となる『漆黒の魔女』イシュタルは、アヴァロンに鳴り響いた才女。お前にとって良い伴侶となるだろう……」
「はい! 尻に敷かれないように頑張ります」
「は、ははは……と、ところで、急にどうした? 何か俺に用がありそうだが?」
「父上、いやオヤジには言っておこう」
「オヤジ?」
「ああ、オヤジだ。父上などと呼べば、ケツがこそばゆくなる」
俺がそう言うと、クライヴは無言で苦笑する。
「…………」
「オヤジ! まずは俺を殺す算段をしていたオライリーぶっ飛ばして汚い
ガラリと口調が変わった俺。
クライヴは怪訝そうに、眉間へしわを寄せる。
「むう……オライリーを? ぶっ飛ばしただと?」
「ああ、ぶっ飛ばした。あいつが弟コンラッドを担いだ反逆罪の企て……オヤジは、薄々感づいていたはずだ」
「…………」
「オライリーは仲間を募り、悪計をたくらみ、俺を追い落とした上、殺して亡き者にしようとしていた。今日も王宮への帰還途中、あいつの手の者に襲われた」
「…………」
「首領を捕まえ、こっちもぶっ飛ばしてやったがな……後で、しっかりと黒幕を白状させる」
「…………」
「俺は先ほど爺へ命じ、オライリーの屋敷を捜索させている。多くの証拠が見つかるはずだ。当然全て確保し、徹底的に追及する!」
「…………」
クライヴは、俺の話に対し、無言だった。
でも沈黙は……
今のやりとりで確信した。
『この人』は超が付く厳しい父親だと。
前世ではありえない凄い父親なのだ。
何故なら、自分の息子を殺そうとする部下を放置していた。
信長の父、織田信秀以上の
それ故、俺が逆にオライリーを粛正すると言っても責めないのだ。
「男なら卑怯で姑息な罠など、逆に噛み破るのだ! 良くやった!」
クライヴの強い眼差しがそう告げていた。
ならば、俺も淡々と語るのみ。
「文句を言って来たシードルフも叱責し、蟄居させた」
「ううむ……シードルフも、か?」
「おう! 奴は反省しているようだから、一度だけチャンスを与えた!」
「…………」
「今後も
「ふむ……」
クライヴは軽く息を吐くと、俺をじっと見つめた。
そして、
「……驚いたぞ。先ほどからの物言い、そして行い……一体、どうしたのだ? その変わりようは?」
変わった、俺が……
そりゃそうだ。
外見は同じアーサーだけど、中身は全くの別人だもの。
でも俺自身、信長と化し、元の太郎から大いに変わったとも思っている。
「ふむ、オヤジ。俺は……変わったか?」
「ああ! 俺の知るアーサーとは全く違う」
俺の覇気のある物言い、そして大胆な行動に、
クライヴは驚いたらしい。
目を大きく見開き、訝し気に俺を見つめた。
そりゃ、そうだろう。
俺と入れ替わる前のアーサーは完全な超草食系ボーイ、
単に優しいだけの少年だったから。
俺が入れ替わった今のアーサーは信長スキルの補正もあり、180度転換した。
荒くれ、否、傾奇者といえる変わりようだ。
愛する妹と、故郷を託してくれたアーサーの名誉も含めて、
俺は平然と言い放つ。
「いや、以前の俺と、
「ふむ……志か」
「ああ、変わらねばならないのは、俺以外の『戦う者』達だろう」
「お前以外?」
「ああ、奴らには国と民を守るどころか、その自覚さえない! 物欲と己の保身しか考えておらぬわ!」
そう、アーサーの知識と経験を受け継いだ俺には分かる。
彼は、故国を思う気持ちだけは強かった。
誰にも負けなかった。
しかし……
王としての資質、適性を……
豪胆さと決断力に欠ける自分の性格も良く分かっていた。
だから、やれる事をやっていた。
少しでも自分の国の現状を知ろうと……救う手立てを研究しようと……
僅かな供を連れ、国内の隅々を丹念に歩き回っていたのだ。
アーサーの心から直接、俺の心へ聞いた話だから、絶対に間違いはない。
なので、堂々と言える。
俺と入れ替わる時は、爽やかな笑顔で「からっ」としていたけど……
今なら分かるんだ。
アーサー王子の哀しい心が……
木から転落するという、少々お間抜けだが不慮の事故により死んで……
どんなに、無念だった事か……
いくら神の啓示だからといって、見ず知らずの男に、
大切な家族と故郷の国を託すのだから。
それ故、俺はアーサーの遺志をしっかりと継ぐ。
この転生は、俺が単独で生き残るだけじゃない。
俺と新たな家族は勿論、俺を頼りとしてくれる家臣達、
そしてこのアルカディア王国の民、全員が絶対に生き残らなきゃいけないんだ。
湧き上がる激情に心身を任せ……
俺は改めて、強く強く決意していたのである。
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