第19話「嫁の侍女は女戦士」

 『禁断の妖精』というふたつ名がぴったり。

 アーサーの妹エリザベスは……

 俺が新妻イシュタルの下へ行くと知り、少しねながら送ってくれた。

 聞けば、嫁としてイシュタルがアルカディア王宮へ来た時……

 この『義姉』を完全に無視、結果お互いに全く口を利かなかったらしい。

 

 アヴァロン魔法王国王女イシュタルを『あの女』呼ばわりするくらい。

 だから初対面とかは関係なく、『愛する兄』の嫁として、恋敵として、

 大が付くくらい嫌いなのだろう。


 まあ、『小姑と嫁の間柄』は、少しずつ修復させるしかない。

 何故なら、先ほどエリザベスに話した事は、けして出まかせではないのだから。


 エリザベスはまだ12歳と幼く、更に『女』だ。

 だからなのか、周囲の『大人達』は見る目がなかった。

 男尊女卑らしいこの中世西洋風異世界では、

 周囲の評価が著しく低かったようである……

 

 アーサーの記憶を受け継いだ俺は……

 エリザベスが可愛いだけではなく、素晴らしい才能を持つ逸材、

 という亡き兄の見立ては当たっていた事を、自ら話して確かめた。


 うん、すぐに分かった。

 エリザベスは滅多な事では動じず、沈着冷静。

 国内外の情勢にも詳しく、果断に富んだ性格。

 打てば響く、とんでもない切れ者である。

 

 俺の同志として、素晴らしい政治的手腕を発揮するに違いない。

 どこぞの国の、『お馬鹿な王子』にくれてやるなどとんでもないのだ。


 そんな事を「つらつら」と考えながら、俺は王宮のとある部屋の前に来た。


 ここにもひとり、騎士が警護に立っていた。

 部屋の造りは、エリザベスと一緒で、5間続き。

 そう、我が嫁であるイシュタルの部屋である。


「おい! 俺の嫁は、居るか?」


 騎士に尋ねると、即座に返事が戻って来る。


「はい、イシュタル様は、ご在室でございます」


「よし」


 俺は頷くと、扉を叩いた。

 少し強めだが、いわゆるノックだ。


 どんどんどん!


 し~ん……


 どんどんどん!


 し~ん……


 何だ?

 魔力を感じるから、間違いなく部屋に居るだろうが……

 全くリアクションがない。


「おいおい、本当に居るのか?」


 俺が聞けば、騎士は苦笑して両手の人差し指を立てて、頭の上に添えた。


 何だ?

 これって、イシュタルが「怒ってる」ってサイン?

 鬼マーク?

 

 何故に日本と、この異世界で同じ?

 怒ってるって、俺がさっさと新妻である自分の所へ来ないからなのか?

 

 仕方がない。

 苦笑した俺は再び扉をノックした。

 しかし、相変わらず反応はない。


 こうなったら、エリザベスの時と『同じ方法』を取ろう。

 俺は息を吸い込み、声を張り上げる。

 

「おい、イシュタル! 聞こえているのだろう? 俺はお前の夫アーサーだ、さっさと開けないとぶち破るぞ」


「え? アーサー様」


 扉をぶち破ると聞き、さすがに焦る警護の騎士へ、

 俺はしかめっ面で首を横に振った。

 黙認しろという合図である。


 一応、これが最後通告。

 だが……


 し~ん……

 としてやはり返る言葉はなし。


 これでは仕方がない。

 軽く、蹴りを一発入れよう。


 どごん!!!


 さすがにロキから貰った、常人の10倍を誇る膂力抜群な肉体だ。

 ちょっと本気を出すと、特製の頑丈な扉が呆気なく粉々に破壊された。


「おい! 亭主の帰還だ、入るぞ」


 部屋へ、入ろうとした俺は少し驚いた。

 

 扉の向こうに、何と!

 長身で逞しい女戦士が、腕組みをして立ちはだかっていたからである。


 ふうん……

 気配を消していたのか。

 戦いのプロだな、この女。

 

 女戦士の年齢は25歳くらい。

 身長は180㎝を楽に超えている。

 女性にしては大柄だ。


 ブラウンのショートカットに大きな鳶色の瞳、

 僅かに笑みを浮かべた口元に意思の強さが表れていた。

 

 鎧の上からも、鍛え抜かれ盛り上がった筋肉が分かる、

 まるで肉食獣のような肉体だ。


 しかし、この逞しい女戦士に、俺は全く見覚えがない。

 アルカディア王国の人間ではないのだ。


 イシュタルの部屋に居るとなれば、アヴァロン王国の人間なのは間違いない。

 まあ警護の騎士は知っているだろう。

 イシュタル一行を部屋へ案内した筈だから。


 なので、騎士へ聞く。


「おい! こいつは、誰だ?」


「は! イシュタル様付き、侍女のオーギュスタ殿です」


「ほう! 侍女? 名はオーギュスタか? ……全然、そうは見えねぇなぁ……」


 俺が皮肉をこめて言えば、


「オ、オーギュスタ殿はご自身で申されました。自分は単なる侍女ではないと。イシュタル様の護衛も兼ねておりますと」


 少々噛みながら、騎士は答えた。

 俺が扉を蹴破るなんて、いつものアーサーとは、

 まるで違うと驚いているのだろう。


「成る程、オーギュスタ、お前さ」


「…………」


 しかし俺が呼び掛けても、オーギュスタは相変わらず返事をしない。

 無言で、じっと見つめて来る。

 完全に無表情だ。


「おいおい、返事くらいしないと、いい加減怒るぞ」


「…………」


 俺がここまで言っても、オーギュスタは完全にスルー。

 これって舐められてる?

 ならば、逆手で行ってやろう。


「ふふ、あくまで抵抗するのか?」


「…………」


「よし、俺と勝負をしようか? オーギュスタ」


「勝負!?」


 勝負を持ちかけたら、やっと反応があった。

 多分、オーギュスタは戦士として自分の力に絶対の自信を持ち、

 且つ競い合う事が大好きなんだろう。


「アーサー様?」


「ははは、ノープロブレム。命を懸けたやりとりとかじゃない、これさ」


 俺は自分の腕を掴み、オーギュスタへ示したのである。

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