第18話「超ブラコンお市エリザベスの恋②」
思いっきり俺の胸へ飛び込み、両手をしっかり回し、
鼻を可愛く鳴らして甘えるエリザベス……
うわ!
こんなに可愛い女子と抱き合っちゃった!
生まれて初めてのどきどき体験。
この異世界では実の兄妹だけど……
中身は他人の太郎だから……
禁断の愛にはならない。
だから許されるだろう。
俺は勝手にそう判断して、エリザベスに応えるべく、
据え膳食わぬは男の恥とばかりに、そっと優しく抱き締める。
彼女の髪の毛と身体から、さわやかな石鹸の匂いがする……
うう、たまらないっ!
やがてエリザベスは顔を上げ、俺を見つめて来る。
まるで少女マンガみたいに、たくさんの星が
にっこり笑うエリザベス。
俺との事で? 悩んで表れていたらしい『やつれ』は、すっかり消えている。
俺は思わず聞いてしまう。
先ほど、エリザベスが告げた意味ありげな言葉の意味を……
「エ、エリザベス、私との宿命たる純愛って……何だ?」
「あら、今更!
即座に、『お約束』とも言える答えが返って来た。
やはり、アーサーから聞いている通りなのだ。
この子は兄貴に『ぞっこん』。
完全にブラコン。
それも超が付く。
だからアーサーも、妹が目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。
美しさだけではなく、気持ちまで向けられていたら、当たり前だろう。
「…………」
でも……
超が付く可愛いさといっても、エリザベスは血のつながった実の妹。
いくら中身は赤の他人、雷同太郎でも……
万が一、結ばれでもしたら……
公にはけして出来ない、許されざる『禁断の関係』となってしまう。
思い直した俺が、何とも言えない微妙な表情で見つめると、
「うふふ……」
と、エリザベスは意味ありげに笑う。
この笑顔、凄く艶めかしい。
たった12歳なのに、まるで大人の女性だ。
……まあ、元気が出たのは良い。
俺と話が出来る状態になったのだから。
エリザベスには、伝えるべき大事な件がいくつかある。
でも、このままの状況では話を開始出来ない。
だから俺は、エリザベス付きの侍女頭ブレンダへ声を掛ける。
俺と抱き合うエリザベスを見て、彼女達侍女は全員固まっていた……
「……おい、ブレンダ」
「は、は、はい~っ!」
「お前達なぁ、何か、話がややこしくなりそうだから、一番奥の部屋へ行ってくれ」
侍女のブレンダ他数名に下がるように告げた。
だが、身の回りの世話は勿論、万が一の時は、
『盾』になるべく覚悟を決めているらしい。
エリザベスの
と、ブレンダを筆頭に、俺に対し、切なそうな眼差しを送って来る。
「し、し、しかしっ! アーサー様っ!」
だが、エリザベスも笑顔のまま、俺同様、侍女達へ命ずる。
「ブレンダ、お兄様の仰る通りにして! 私が良いというまで奥の部屋へ控えなさい。もし部屋に足を踏み入れたり、いえ! 私達の会話を盗み聞きしても……許しません!」
「は、はい……」
こうして……
退去を命じられた侍女達は大人しく、
話し声も聞こえない一番奥の部屋へ引き下がったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
侍女達が消え、俺とふたりっきりになったエリザベスは艶然と笑う。
「ではお兄様、じっくりと、お話ししましょう」
「よし! 順を追って話すぞ」
と、俺が真剣な表情になって言ったが……
エリザベスは、相変わらず含み笑いをしている。
「うふふ」
ならば、「少しは驚かせてやれ!」と、俺は単刀直入に。
「エリザベス、驚くなよ? 俺はさっき宰相をぶっとばした。牢屋にもぶち込んだ」
「あら」
エリザベスは目を丸くしたが……全然驚いてはいない。
それどころか、またも笑っている。
とても面白そうに……
意外ではあったが、まあ仕方がない。
俺は話を進めるしかない。
「前々から調べていたが、オライリーにはいろいろ裏がある。マッケンジーに家探しをさせているから、悪事の証拠がたくさん出て来る筈だ」
「ですね、うふふ」
「ほう、驚かないのだな」
あれ?
……変だ!
凄く変だぞ、このリアクションは!!
そもそも、アーサーから俺への『変貌』について、
エリザベスは突っ込み、質問をするどころか、驚いてさえいない。
『大人しくて優しい草食系の兄』に、ぞっこんラブのはずなのに。
何故、なんだろう?
気が付いていないわけどない。
つらつら考える俺へ、エリザベスはきっぱりと言い放つ。
「はい! 確たる証拠さえ掴めれば、オライリーのような薄汚い毒虫は我が国には全く不要! 手段さえあれば、私がとっくに粛正していましたわ」
「ほう……奴は薄汚い毒虫か。ちなみに宰相の後任はマッケンジーだ」
「はい! 賢明なご判断ですわ、お兄様。クラーク爺やなら適任でしょう」
「だな! その足ですぐ俺はオヤジ殿へ会いに行った」
「成る程、父上のご様子は?」
「まあいつもと変わらない。それで俺はズバリ、オヤジ殿へ王位を譲れと迫った」
「へぇ! それで王位は譲って頂けましたか?」
大きな声をあげたエリザベス。
驚くというよりは、嬉しそうな表情で。
じゃあ、愛する妹の期待に応えて、朗報を伝えてやる。
「ああ、内々でな。正式な発表はこれからだが、この国は今後俺が仕切る」
「それはよろしゅうございました」
俺が王になると聞いて、満面の笑みを浮かべたエリザベスであったが……
急に、真顔へと戻る。
「ですが……」
「ですが?」
「はい! もしお兄様が新たな王になられるのなら、私との駆け落ちは……なしになりそうですね?」
私との駆け落ち?
とんでもない事を「しれっ」と言う子だ。
そう思いながら、俺も「しれっ」と受け流す。
「ああ、オヤジ殿の前で、偉そうに
俺が王になる……という事実。
そこから、エリザベスはある推測をしたようだ。
「では……私もお兄様の便利な『駒』として、どこかの国へお嫁に出しますか?」
おお、エリザベスの奴、相変わらず「しれっ」と凄い事を聞いて来る。
確かに日本でも西洋でも、男性優位の中世社会では、
女性は政略結婚の道具として使われていた。
そして、この中世西洋風異世界も例外ではない。
今頃、夫である俺の帰りをひたすら待っているだろう、俺の嫁。
隣国アヴァロン魔法王国王女イシュタルも、ズバリそうだ。
しかし、俺は首を横に振った。
「いや、俺はそこいらの王とは違う。妹のお前が望まない結婚はさせないさ」
「それは本当でございますか?」
エリザベスを、道具として使わない事を告げると、彼女はとても嬉しそうになった。
今迄の大人っぽい笑みではなく、無邪気な12歳相応の笑顔だ。
「ああ、本当だ。約束する! 創世神様に誓おう! 俺と同様、お前は若輩。更に女だが、充分政務を行える。一緒に我がアルカディアを盛り立てて行こう」
「ありがとうございます! このエリザベス、お兄様のご期待に応えるよう、粉骨砕身致します。でも……」
「でも?」
「はい! お兄様、ひとつ
「懸念だと?」
「はい、大いなる懸念です! やはり今日来たあの女は、お兄様と私にとっては獅子身中の虫……結婚をとりやめにし、アヴァロンへ帰さないのですか?」
唇を「きゅ」と噛み締め、エリザベスが憎しみを籠めて言う『今日来たあの女』とは……
輿入れして来たアヴァロン王女イシュタルである。
エリザベスから見ると、『憎き恋敵』のようだ。
「ああ、悔しいが、帰すわけにはいかない。何故なら我がアルカディアは小国だ」
「…………」
「先日締結したアヴァロンとの軍事同盟は貴重なもの。宿敵ガルドルド帝国へ対抗する為にパワーバランスを考えなくてはならないからな」
「仰った事には充分納得し、同意致しますが、誠に残念です……お兄様。私は……絶対に諦めません! いずれあの女をいずれ絶対に追い出しますわ!」
諦めないと言い切るエリザベスの目は真剣だ。
単にブラコンの域を超えていて、俺は圧倒されてしまう。
「お、おお……」
「何故なら! 誰が何と言おうと! 私とお兄様は愛し愛され、結ばれる運命なのです! いいえ! 絶対に変える事など出来ない創世神様が定めた宿命なのですわ!」
エリザベスは自信たっぷりにそう言うと、またも嫣然と笑い、
再び俺に抱きついて来たのであった。
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