第9話「いきなり会ったぜ、平手と前田」

「わ、若ぁ! 大丈夫ですかぁ!!! しっかりして下さぁい、若ぁ!」

 

 俺を揺り動かす、誰かの大きな温かい手、必死に呼ぶ老齢の男の声。

 

 外見はアーサー王子の俺。

 しかし中身は『日本人雷同太郎』である全くの別人。

 

 おいおい!

 『若』って、俺の事かあ……

 『爺や』と同じで愛称なのだろう。

 でも、他人の愛称で呼ばれるのは、何か不思議な気分だ……

 

 と、思ったら……違う声も、頭の中へ聞こえて来た。

 あの、思い出したくもない……邪神ロキの声だ。


『ひひひ、タロー、分かっているだろうがよぉ。お前はなぁ、目覚めた瞬間、スイッチが、ビコ~ンと入る』


『…………』


『スイッチオ~ン! と同時に、おめえのくそ臆病な性格が素敵にぱぱっと、変わる。授けた信長スキルもバッチリ、どか~んと発動だぜぃ』


『…………』


『ひゃはははは! この世界によぉ、おめぇの言う、猛き第六天の魔王が降臨するんだ』


 と、ロキが言い切ったその瞬間。

 俺の気持ちが、心構えが「がらり!」と変わった。

 

 何故か、強い気持ちが満ち溢れて来た。

 いつも周囲を気にしておどおどしていたのが……

 他所よその奴なんか、関係ない!

 

 ふざけるな!

 黙ってろ!


 俺は俺!

 寝言は寝てから言え!

 目をそらさず、相手の目を見て、

 はっきりと言い切れる気分になった。 


「う……ん」


 俺が小さく唸ると、

 再び老齢な男の声が、


「おお、気がつかれましたか、幸いお怪我は無いようですので安心致しました。こんな所で何故、お昼寝をされていたのですかな?」


 老齢の男からは、優しい口調ながら、

 『怒り』をこめて説教する意思をひしひしと感じた。

 

 アーサーから貰った知識&経験により、

 老齢の彼とは近しい間柄なので怖くはない。

 

 だが、面倒というか、嫌な予感がする……

 なので、俺は目を閉じたまま、眠った振りをした。


 案の定、問い質す声は、まだ続いている。


「今日という特別な日を、なんとお考えになっておるのですか! ちょっと目を離した隙に、たったおひとりでこんな所までおいでになるとは!」


「…………」


「万が一若に何かあったら、一体どうなさるおつもりだったのです? まあ今はそんな事を言っている場合ではございません。お輿入れされたイシュタル様が、ずうっとお待ちになっております。さあ大至急、城へ戻りましょう」

 

 目を瞑って狸寝入たぬきねいりをしている俺に対して……

 いきなりの説教マシンガントーク全開だ。

 それも量が半端無い。

 全く噛んでいないし、一息で言い切るとは恐るべし。


「若! いい加減目を覚まして下さい、寝たふりをしても無駄ですぞ」

 

 ああ、しっかり見抜かれている。

 確かに、そろそろ目を開けないとまずいだろう。

 

 そっと目を開けると……

 見覚えのある白髪頭の騎士が居る。

 年齢は……もう70歳近いはずだ。

 

 男は、いかにも頑固で厳しそうな面構えをしている。

 アーサー王子から貰った知識によると……

 この老騎士の名はクラーク・マッケンジー公爵という上級貴族である。

 

 彼の立ち位置は……

 俺、すなわちアーサー王子付きの御守り役、すなわち『爺や』だ。

 となれば、ロキの管理するこの西洋風織田信長世界では、『平手政秀爺や』という役回りだろうか?


 ようやく目を開けた俺は、何事もなかったかのように平静に振舞う。


「おお、爺か、悪いな。天気が良いからな。つい気持ち良く眠ってしまったようだ」

 

 俺のセリフは普通に考えれば、とてもふざけたものだ。

 何故なら、嫁の来る日に抜け出した事など、完全にすっとぼけているから。


 しかしいつもの事なのか、身分の差もあり、マッケンジー公爵は怒らない。

 呆れたように、大きくため息をついただけである。


「はぁぁ……天気が良いからとは……相変わらず、若はのんびりされていますな。まあそれが良い所ではありますが」


 マッケンジー公爵はそう言うと、俺へ急いで馬に乗るように促した。

 急ぐように促された俺は「すっく」と立ち上がる。

 

 木に繋いであった、自分の愛馬の所へ向かう。

 

 転生した今の俺はアーサー王子だが……

 前世の雷同太郎であった時の記憶もしっかりと残っている。

 

 加えてさっき見せられたアーサー王子の記憶も知識は勿論、

 感情さえもしっかり混在しているのだ。

 うん、転生って初体験だけど、本当に不思議な感じだ。


 少し感動していたら、マッケンジー公爵が、


「おお、そうだ。若が馬に乗るのを手伝わなくてはいかん、エリックよ、お手伝いしろ」

 

 エリックと呼ばれた、若く逞しい騎士が、俺の下に駆け寄って来た。

 

 俺が見やれば……

 真面目で実直そうではあるけれど、怒ると怖い武骨な奴って感じだ。

 もしや、彼が前田利家?


 まあ良い。

 とりあえず馬に乗らなきゃ。

 多分、初心者や不得手な者にとって、馬はひとりでは乗れないものだろう。


 エリックが、おずおずと俺の足へ手を伸ばして来た。

 

「アーサー様、おみ足を失礼します」

 

 俺はそれを手で制止すると、

 軽い身のこなしで「ひらり」と馬に跨り、軽く走って見せた。

 

「おおっ」

「な、何と!」

 

 マッケンジー公爵とエリックは驚いた。

 

 実は、アーサー王子の乗馬の腕って壊滅的だと。

 全く乗馬の才能がない。

 

 説教されて、猛訓練の末、習得したのは馬をゆっくりと歩かせるくらい。

 まともに走らせる事など出来なかったみたい。

 

 だが俺には、ロキから貰った便利な信長スキルがある。

 そう、信長は乗馬の達人なのだ。

 それ故、普通に乗るくらいなら、大楽勝。 


 でも、うかつだったか?

 つい軽い気持ちでやってしまったが、

 良く良く考えたらこれは「やばい」んじゃないだろうか? 

 

 今迄馬に乗れなかった初心者同然のアーサーが、

 いきなり上級者並の腕を見せたのだから。

 絶対に、疑われること間違い無しだ。


 と、俺が少し心配していたら……


「お、おお! わ、若ぁ! 見事です! やっとこの爺の言う事をお聞き入れ頂き、秘密に乗馬練習をしていたのですなっ。じ、爺は! 爺は信じていましたぞっ!」


「公爵ぅ! あのアーサー様がぁ! 乗馬音痴のアーサー様が見事な手綱捌き! こ、こ、これは奇跡ですっ!」

 

 マッケンジー公爵とエリック、ふたりは踊り上がって喜んでいる。

 喜び方が大袈裟で凄すぎるけど。

 

 何だよ……焦って損した。

  

 俺は、とりあえずホッとした。

 

 そもそも死んだアーサー王子は俺みたいなパンピーとは違って、

 一応は騎士のはしくれでもある。

 常識的に考えても、馬に乗れない騎士など論外。


 それゆえマッケンジー公爵は、口を酸っぱくして、

 アーサーへ乗馬の練習をするように勧めていたらしい。

 

 乗馬が苦手なアーサー王子は、「必死に逃げていた」ようなのだ。 

 普段がそんな態度だったので、彼の臣下達は馬に乗るのをほぼ諦めていたのに違いなかった。


 これで確定!

 俺同様に、大人しいアーサーは劇的に変わったという事にする。

 新たな信長バージョンの、超チート魔王アーサー王子に大変身したと。

 

 万が一突っ込まれたら……

 ある日突然、『神の加護』を受け、覚醒したって、言えば良い。

 すっごい邪神だけど……ね。


 まあ……今のところは、結果良しだ。


 華麗に馬を操る俺は、マッケンジーとエリックへ、不敵に笑ったのであった。

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