第8話「詰んだ人生、俺に任せろ!③」

 そんなこんなで……

 アルカディア王国第一王子アーサーが持つ、

 『記憶と経験の受け渡し』が無事、終了した。


 好奇心旺盛な俺は、最も気になる『結婚』に関して、

 アーサーへ直撃してみた。

 

 まあ、少し微妙だ。

 何故なら、彼の嫁さんが、そのまま俺の嫁さんになるのだから……

 『人となり』とか知りたいもの。


 すると、アーサー曰はく、自分の結婚は完全に『政略結婚』との事。

 嫁になるイシュタルとはこれまで、一度も会った事がないらしい。

 

 出自を聞けば、イシュタルは……隣国アヴァロンの王女だという。

 それも今日、アルカディア王国へ来たばっかりだとか。

 

 もしやイシュタルが斉藤道三の娘で、信長の妻・帰蝶という設定!?

 ねえ? そういう事なの、ロキ先生?

 

 って、それよりアーサー大先生。

 今日、嫁が来てるって!?

 あのさあ、……自分の嫁が来るっていう、凄く大事な日に、

 普通こんな森の中に居る?


 そして挙句の果てに、木から落ちてあっさり死ぬなんて……

 俺に負けず劣らずのダメっぷりじゃないか?


 何か、悲しくなって来た。

 『人生詰んでる同士』として。


 そんな事を「つらつら」考えていたら……

 いきなり!

 俺の心の中に、ひとりの美しい金髪碧眼少女が映った。

 先ほど譲り受けた、アーサーの記憶の断片らしい。


 おいおいおいっ!


 その少女を見て、俺は仰天してしまった。

 すげ~可愛い!

 超が付くほど可愛い!


 何?

 こ、この超絶美少女はぁ!

 まるで、どこかの西洋人形?

 

 い、否!

 超レア物の萌えフィギュアみたいに可愛いっ!

 こんな可愛い子……見た事がないっ!

 二次元じゃなくて、本当に実在するんだ?


 もしかして、この子がイシュタル!?


 と、思っていたら、違うらしい。

 

 映っている少女の映像を心で共有しているらしく、

 アーサーが淡々と語って行く……


『タロー殿、この子が、我が愛する自慢の妹、エリザベスだ』

 

 え?

 この子が、アーサーの実妹!?

 ……エリザベスちゃんだって?

 

 オーマイガー!

 極めて普通の男子アーサーに、全然似ていない。

 でもアーサー曰はく、彼にすっごく懐いてる? 

 超ブラコンだって?

 うっそだ~~!

 

 俺が、吃驚して口をあんぐり開けていると……

 少女――エリザベスの映像は終わった。


『太郎殿、本当にすまん、申し訳ない……』

 

 どうやらアーサー王子が先ほどからずっと謝っているのは、

 男同士で手を握る事ではなかった。 

 

 自分が置かれた苦しい立場を一方的に俺へ押し付け、

 自分は別の世界へ転生してしまう事らしかった。

 おお、俺と同じで人生詰ん出る者なのに、結構責任感は強いみたい。


 俺は、アーサーの必死な顔を見て考えた。

 結局、俺がアーサーの『尻拭しりぬぐい』をする形となる。

 

 性格は、結構良い奴だと思うけど……

 俺以上に、詰んでる人生。

 

 でも……人の事は言えない。

 ブタローの俺だって、前世では最早、詰んでいた人生だったもの。

 

 もし俺が、信長みたいな冷静沈着且つ豪胆不敵な男だったら……

 陽気に笑い飛ばして、あっさり切り抜けられるかもしれないけど。

 

 超小心者のチキンな俺じゃあ、不安だ、凄く……

  

 俺は再び、懇願するアーサー王子を見た。

 相変わらず、すがるような目で俺を見つめている。


 もし俺が、ここで「やっぱり嫌だ」って言っても、選択肢は他に無いだろう。

 だから、もう覚悟を決めるしかない。


 唯一救いなのは……

 アーサー王子が、宮中のどの人間よりも、領内の事情に明るい事。

 彼は宮中に居ていろいろな人間に陰口を叩かれるよりはと、思い切って外へ出たようだ。

 

 つまり領内の庶民達、いわゆる働く人に直接触れていたいと、僅かな供を連れてまめに領内を回っていた。

 

 これって、信長がやっていた事と同じかも。


『うつけ』とか、『あくたれ』で嫌われていたらしい信長と違うのは、アーサー王子の方は領民達の話をよく聞き、出来る限り彼等の不満に対応したって事。

 

 それ故、宮中で人気のある第二王子コンラッドより、

 領内の農民の間ではアーサー王子の方が断然人気があるらしい。

 

 けして逞しく強い男ではない。

 逆に、ズバリ草食系。

 だが、アーサー王子の穏やかな人柄を領民は皆、慕っていたらしい。


 この王子が急に居なくなったら、きっと悲しむ人だって居る。

 多分、あのエリザベスちゃんも含めてさ。

 

 むむむ……仕方ない!

 これも俺の運命か。

 どうせ俺は刺されて、一旦は死んだのだ。

 

 あのロキからいいように、もてあそばれる俺に、

 他へ行く宛てなどない。

 決めた!

 優しく誠実な、アーサーの跡を継いでやろう。


『分かった、アーサー王子。俺、貴方と入れ替わるよ』


『ほ、本当か!?』


『ああ、転生して人生をやり直すのは、俺自身が望んだ事だから……』


『太郎殿! あ、ありがとう! 恩に着る』 


 俺はアーサーに対して「もう気にするな」と伝えてやった。

 

 するとアーサーは「ホッ」としたように、 

 再び、ちゃんとした握手を求めて来た。

 

 今度はさっきと趣旨が違うので、俺もしっかり握り返す。

 俺の手を握ったアーサーは吃驚していた。

 大きく、目を見開いている。


 おいおい、どうしたの?

 一体、何を驚いているのだろうか?


 と思ったら、アーサーが大声で叫ぶ。


『見えた! い、今! 細身の武将が見えた!』


『細身の武将?』


『そうだ! まるで矢で鋭く的を射抜くような、厳しい目付きをした真っ黒なよろいまとった……カッコいい男だ!』


『え?』


『うんうん、そうか! 彼はノブナガというのか?……素晴らしい男だったらしいな。私もそんな風になりたかった』


 ありゃ!

 どうやらアーサーへ、俺の持つ信長のイメージと知識が流れ込んだらしい。

 そして……今迄過ごして来た自分の人生へ、強い後悔が押し寄せて来たのか……

 

 うん!

 俺にも……アーサーの気持ちが少しだけ分かる……

 今思えば、俺だって、もっともっとこれまでの人生を頑張れば良かった、

 なんて思うもの……


 再び見ればアーサーは目を真っ赤にし、涙ぐんでいた……

 愛する妹、そして生まれ育った故郷への惜別の念……

 

 そろそろ、アーサーは旅立つらしい。

 遂に別れの時が来たのだ……

 そんな哀しい波動も俺へ伝わって来る……


 思わず、アーサーと同じ気持ちになった俺から、自然と別れの言葉が出る。


『心配するな! 大丈夫だ、後は任せろ……アーサー王子』


『た、太郎殿!』


『次の異世界で、今度こそ幸せになれるといいな……気を付けて、アーサー王子』


 俺の別れの言葉を聞いて、アーサー王子は更に胸が一杯になったようだ。

 目を大きく見開き、声は大きく震えている……


『お、お、おお! 太郎殿、あ、ありがとう! 本当にありがとう! 特にエリザべスを頼むっ! 利発で可愛くて思いやりがあって、我が妹ながら本当に良い子なんだ! 必ず守って、幸せにしてやってくれっ!』


『よし分かった! 約束しよう!』


『う、うむ! 安心したっ! で、では、さらばだっ! 重ね重ねお願いするが、エリザベスとアルカディア王国を頼むぞ……太郎殿、そなたの健闘を祈っておる』


 アーサーの感謝と惜別の念が、俺の心を満たしたその瞬間……

 意識は、また遠くなって行ったのである。

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