第4話 20151010

 うちのねこさんはあまり面白いことをしてくれない。ただ、本当に猫なのかと疑わしいところはある。

 いつだったか、部屋にネズミが出たことがある。生まれてはじめてネズミを見たうちのねこさんは即座に逃げた。部屋の隅まで一直線、である。あとはそこからジーッとネズミの動向を見守るだけで追いかける素振りすら見せなかった。

 まぁ、なにせうちのねこさん箱入りだから仕方がない。

 

 こんな話もある。ある日、職場の近くの公園に若いロシアンブルー(猫の一品種)が捨てられていた。とは言っても、段ボール箱に毛布と一緒に入れられて、という状態ではなく、見知らぬ場所でどうしていいかわからないという面持ちで、公園の隅で怯えてうずくまっていたのだ。職場の人間で話し合った結果、もしかすると迷子猫で飼い主が探しているかもしれないのだから、とりあえず保護してあげようということになった。

 実を言うと私は、そのロシアンブルーは迷子猫ではなく捨てられたんだろうと確信していた。高級猫であるロシアンブルーを放し飼いにするようなバカがいるだろうか。またロシアンブルーの特徴的な性格として、家の中と外を気まぐれに出入りするような猫ではない。飼い主にべったりな性格だ。飼い主が一日中家にいれば、そのすぐそばで一日中居座り続けるほどだ。家の者が留守の間に勝手に逃げ出した、ということも考えにくい。猫は生来、知らない場所に踏み込むことを異常に恐れる生き物である。見知らぬ場所に突然放り出されれば、そのロシアンブルーのように怯えて動けなくなるのだ。

 

 話を戻すとしよう。そのロシアンブルーを保護しようという話になったわけだが、誰のところで預かるかというあたりで雲行きが怪しくなってきた。私の部屋ならすでに一匹いるし、あともう一匹増えても大丈夫だよね、みたいな感じで話をまとめられてしまった。一方的に押し付けられたような格好だ。まったくひどい話だ。

 

 その日、仕事を終えて住所不定、身元不明のロシアンブルー(♂)を部屋に連れて帰ると、うちのねこさんに「誰よ、その高級猫。最低! 浮気者!」などとなじられた。嘘だけど。

 二匹のために別々の器を用意して、ごはんをあげた。最初のうちは二匹ならんで仲良く食べていたのだが。ロシアンブルーは腹を空かせていたのか、すごい勢いで食べ続け、ついには高級猫のくせに最悪に下品なことをしでかしてくれた。こともあろうに、うちのねこさんの器にまで顔を突っ込みはじめたのだ。

 うちのねこさんはと言えば、その迫力に飲まれたのか自分の分を横取りされているというのに怒りもせず、何かしょぼんとして、みるみるうちに減っていく自分のごはんを横目で見やりながら諦めている。

 だめだ、こりゃ。一緒においておけない。うちのねこさん、私がいない間にきっといじめられるに違いない! 私はそう直観した。

 翌日には職場にそのロシアンブルーを連れて戻り、うちでは預かれないと我が家での保護を断った。


 うちのねこさんは私にだけはその鋭い爪を情け容赦なく突き立ててくる。時には引っかき、私を血まみれにしてくる。だからと言って、私は自分がうちのねこさんにとってネズミ以下の存在なのかと思い悩むことはない。うちのねこさんは、私にだけ強気で向かって来れる内弁慶さんだというにすぎない。


 今日はネットで、海外の猫愛好家の記事を見た。部屋の中を縦横無尽に猫用の足場が組まれた、部屋がそのまま丸ごと巨大なキャットタワーと化している写真が載っていた。まるで「猫用カリオストロの城」だった。私の部屋も十分に広く、経済的にも余裕があれば、うちのねこさんにも用意してあげたい気がしないでもない。喜んでくれるだろうか。きっと大喜びで、感謝すらされるに違いない。

 

 しかし、そういう人間側の勝手な期待というものは得てして裏切られるものである。うちのねこさんの場合だと、おそらく興味を持つのは用意した最初だけで、すぐに飽きる。あとはどうせ私の後ろを邪魔になるほどくっついてまわるにきまっている。いつもそうだ。今までどれほどのおもちゃが無駄になったことか。


 とはいえ、まぁ、反面嬉しくもある。

 どんなおもちゃで遊ぶよりも、私と一緒にいたいと思ってくれている、ということであればの話だが。

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