第58話 The Only Neat Thing

 ウノが私のことをシカトしはじめた。ツライなー!

 でも、セルマから彗星の命名権を与えられそうになったりしてて、大変そうだ。

 ウノ彗星が地球を滅ぼすとか素敵だねー。と思ったのに丁重に断ってた。残念。

 最終的に、サタリエル彗星と名付けられた物体を調査すべきだとか相談してた。


 その後ウノは、結社の人たちと連絡先を交換して普通に家路に着いちゃった。

 教えてないはずの自宅の前まで、ガッシーに車で送迎されて複雑な様子。

 ウノはもう、彼らから逃げられない。


『どうやったらコイツ消せるんだろ』


 安アパートの一室で、腕組みしたりメモを見ながら色々と考えごとをしてる。

 うんうん唸りながら、ウノひとりだけで複雑に思いを巡らせてた。

 そして夜更けに帰宅した汚いオッサンを殴った後、糸が切れたように眠った。

 どうする、ウノちゃん! 早く私に頼って欲しいんだけどな!?


『絶対、殺してやる……』


 寝言で物騒なことを考えてた。ヤバーイ。キレちゃってるよ、この子ー。

 まー時間はしばらくありそうだし、のんびり見物してみよう。

 どんな対策をしてくれるのか、とても楽しみ。


 ぐぬぬと唸りながら眠るウノを眺めて、ボンヤリしていると夜が明けた。

 朝方、ジーワジーワと鳴き出すセミの声を聞いて、ウノが目覚めて叫んだ。


「うるさいよリエル!」


 なんでー!?

 どうやらウノは、夢の中でもリエルにおちょくられていたようだ。カワイソー。

 ウノちゃんは舌打ちしながら、スマホをいじりだす。やさぐれちゃった……


 謎の結社の人から大量のメッセージが届き続けてるのを見て、眉をひそめてる。

 シュポシュポと音が鳴りまくるアプリと格闘した後、ようやく私に聞いてきた。


『あの彗星、ドンドン速度が上がってるらしいんだけど、いつ来るか分かる?』


 そのへんは分からないなー?

 でも、がんばって速度は上げ続けると思うよ?

 年内には辿り着きたいとか思ってるかも。彗星の中の人の気分的に。


『アイツらの気分次第か……初日の出と一緒に襲撃したいとかかな……』


 どーかなー。クリスマスに来るとかかもねー。

 これが俺なりのクリスマスプレゼントだー! とかしてみたがりそー。


『ああ、すごくやりそう。マッハ三桁以上は目指しちゃうんだろうなあ、ハハッ』


 ウノが虚ろな笑い声をあげちゃった。これはダメだ。

 ウノちゃんしっかりして! リエルに負けないでー!


『……アンタはあたしの心を折りたいのか、声援を送りたいのか、どっちなのさ』


 どーでもいいよー?

 一応味方のつもりだし、大変そうだから応援してみただけだしー。

 できれば人類に警告を発したり、いろいろ観察しておいて欲しいなって思うよ?


『それをやりたい理由は何? ここにいたら、最後に一緒に死んじゃうでしょ?』


 うぅん? 私は最後に、魂だけで宇宙に脱出してリエルに合流するよ!

 地球で何があったのか、本体に報告するためにもいるんだよ?

 だからわざわざ、ウノと混ざらないようにしながら憑きまとってるんだよー!


「――それスパイじゃん! 敵だコイツー!?」


 ウノのツッコミが夏の空に響き渡って、セミが驚いて散っていった。

 ……あれ? そうとも言うかもしれないね?

 でもねー、私は本当に、ただの味方でメッセンジャーのつもりなんだけどなー。

 どーやっても勝てないからいいでしょー?

 終末までの最期のひとときを一緒に楽しもー!


『メッセンジャーって、そういう意味もあったの? 自分本位すぎる……』


 会話ができるラスボスを目指してみたっていうのも、あるらしいんだけどねー。

 ちゃんと対策できたら、素直にハマってくれるかも。

 これは、アヤトの趣味でやってるラスボス戦だよ?

 そして、リエルの趣味で高速突撃してくるんだよー!

 私はハンデとして、ウノに味方しに来た良心でもあるのだー!


『気狂いどもめ……あのアホをハメる方法? そんなのあるかな』


 私は知らなーい!

 でも核攻撃とか、シャレで喰らってくれるかも?

 きっと、定番の攻撃は楽しみに待ち受けてくれるハズだよ。

 それとも愛とかラブで戦ってみる? 笑って突っ込んできそうだけどねー!


『……殺人を拒絶する気持ちとかはないの? アヤトの親族は人質にならない?』


 なりふり構わなくなってきちゃった。ウノは強く育ったね。

 けどねー。そういう人情はもう、リエルに混ざって消えちゃったよ?

 親も過去の思いも全部消え失せちゃってるよー!

 楽しいことだけを優先して突撃してきちゃうよ、多分!


『人格破綻してたケド、そっか、消えちゃったか……変なトコだけ残ったね』


 一番大事な部分が残ったんだよ。良い話だねー?


『そう、なら……だいたい理解できたよ――あたしなりの対策は思いついた!』


 ウノが瞳に力を宿して、何かを決断した。

 何するのー!? 教えてー! 私も手伝うよー!

 ウノはスタスタと家の中を歩いて、玄関に向かう。どこに行くのかなー?


「今日もお馬さんの応援がんばるぞい!」


 とか言ってるオッサンをキュッと絞めて、家の中に放り込んで説教し始めた。

 ……えー、そんなのやってる場合じゃないよー。早く戦おうよー。


『あたしは普通に過ごす事に決めたよ。彗星の対策なんて出来ないからね』


 またまたー、ご冗談をー。

 地球人の総力を結集する為に動こうよ。

 小さなことからコツコツと危機を煽るのも良いと思うよ?

 ウィキペディアに専門の項目を作って、編集合戦とかしてみようよ!


『もう知らないよ。よく分からない問題は、ヨソに放り投げる事にする!』


 うわー! ウノがグレちゃったー!?

 強く決断している……勝手にしやがれって気分になってるみたいだ!

 本気ー? 世界が終わっちゃうよー? おーい、ウノちゃーん?


 ――そのままウノは、彗星に関しては完全に放置しはじめちゃった。

 たまに結社の所に行って、私の知識を語ったりはしたけど興味なさげにしてた。


 異世界まで行ってレーシュと和やかに会話したり、そのまま観光したりもした。

 そっちで何か対策するかなーと思ったけど、敵と戦って冒険したぐらいだった。

 素手で大きな狼っぽい敵を殴り倒したり、山に登って怪鳥と戦ったりもした。

 私の力を借りたくないとか言って、パラシュートを持ち込んだりして遊んでた。


 そうやってウノは憂いなく最後の日々を楽しんでたから、私も一緒に遊んだ。

 私にこんなの見せても、リエルは思い留まったりしないよー? と伝えたけど。


『もうどうでもいいよ! あたしは何もしないをするって決めたんだ!』


 って、いい笑顔で伝えてくれた。

 うーん。壊れちゃったのかなー?


 夏が終わり秋になった頃には、宇宙の小さな黒点が肉眼で見えるようになった。

 木星を超えたサタリエル彗星が、地球に接近しているとニュースにもなった。

 太陽に衝突して消えると一般には伝えられてたけど、地球に来るのは確実だ!


 それでもウノは、普通に過ごしてた。

 彗星に乗った宇宙人の襲来か――! って話題を鬱陶しそうに聞き流したり、

 地球滅亡のお知らせ――! などの情報を鼻で笑って、気ままに過ごし続ける。


「あたし結婚できずに死にそうだから、婚活用の積立口座崩したよー!」


 と、ウノ自身も友人との会話で変なジョークを飛ばしていた。

 ……ヤバい、ジョークじゃなかった。ウノは本気だ!

 友だちが、ちょっと引いてるよー?


 ダラダラ過ごしている間にも、ブラックホールみたいな彗星は接近してた。

 彗星が火星を超えて近づき、太陽より大きく青空の中に見えるようになった頃。

 季節は冬になって、あり得なさすぎる速度の彗星に人類ほぼ全員が困惑してた。

 事情を大体知ってる連中だけは、とても楽しそうだった。


「核ミサイルを搭載したロケットが、指導者の迎撃に失敗したそうですよ!」


 遊びに行った結社で良い笑顔で伝えてきたセルマにも、ウノは笑顔で返す。


「そうですか。よかったですね。もうすぐ直接会えますよ! 楽しみですね!」


 言いながら『そんなコトより異世界で遊びたい!』ってウノは考えてるみたい。


 なんてコトだー。ウノちゃん立派に壊れちゃったなー。

 本体はどう思うのかな? 楽しみだねー。

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