第57話 星空の破壊者

 ジジ……ッ、と軽い音をたてながら、古めかしい映写機が動きはじめる。

 フィルムを流せそうなレトロな外観なのに、中身は最新のプロジェクタだった。

 あやしい教団が儀式を始めそうな暗い室内の一画に、美麗な画像が映される。


 奇妙な黄金の十字架が象徴的な、おどろおどろしい模様がパッと出てきた。

 会社のロゴマークかな? 趣味が悪ーい。

 ガッシーが画像を見ながら、スクリーンの位置を細かく動かして調整してる。


「マイクチェック。ワン、ツー……では、解説を始めさせて頂きます」


 セルマがマイクを手に持ち、プロジェクタに繋いだノートPCをいじりだす。

[指導者の姿]と名前が付いたフォルダを展開し、画像ファイルの一つを開く。

 幾重もの輪を持つ天体――土星が大きく映し出された。


「まずはこちらが、先日までの土星の姿となります」


 はい。キレイだねー。

 ホントに綺麗。土星の、変な輪っかの黒い隙間もシッカリ見えてる。

 宇宙望遠鏡が全面協力した、本格的な画像らしい。

 何でそんなのあるのー?

 わざわざ彩色までしてくれてる。手厚い支援すぎて怖ーい。

 結社が影響力を持っているトコから取り寄せたと、セルマが自慢げに語ってる。


「見えざる指導者が、その姿を宇宙に現すそうですからね。手間は惜しみません」


 ウノが嘘八百を並べた説明を、全部信じてしまっていたようだ。


「土星にメッセージを出すので、直接見てください。ついでにあたしにも見せて」


 とかテキトーに言ったのを真に受けて、凄い勢いで資料を取り揃えてしまった。

 セルマが「最新技術で占星術も可能!」って力強い主張もしてきてる。

 力のあるカルト組織って怖いなー。

 ウノー? 騙しちゃって大丈夫なのー?


『いまさら、嘘をつきましたなんて言えないよ。一番の外道に頼っちゃった気がしてきた……でも、あたしには、こうするしか無かったんだよ……』


 乾いたウノの笑顔が輝いている。

 ウノが成長してくれて、私は心から嬉しいよ!


「次に――こちらが、現在の土星の姿です。輪に注目してください」


 ……綺麗な輪だったのが、なんか喰い荒らされた感じになってる。

 ドーナツの周囲を、ガッと齧り取ったみたいな形に見える。


「一瞬で拡大したこの穴は、天文学者たちを困惑させているそうです。衛星のリングを形成する氷を溶かす熱源が通ったか、磁力線が荒らされて氷が土星の本体に落ちたのではと議論されているらしく……これは、まさしく指導者の偉業!」


 異形な土星の環になっちゃった。グチャグチャの環状だね。

 通りがかりに、本体が輪に触って遊んだのかな?

 どう思うー、ウノー?


『もうこれ、悪夢ってオチにでもならない?』


 ならないよ? がんばってー! ウノー!


『誰かマトモな味方がほしいよ』


 チラッと、アシスタントをやっているガッシーに、ウノが目を向けた。

 視線に気づいたガッシーが、輝く白い歯を見せて虚ろな青い瞳を向けてくる。

 酷く淀んだ瞳だ。焦点が合っていない。不気味な何かを覗いてるみたいだ……


 サッとウノが目を伏せてしまった。失礼な事しちゃダメだよー?


『変な解説ヤメテ!? そんな目だったケド、そんなヒトっぽいケド……』


 いまだに左手の甲にある口と、勝手にボソボソ会話してたりするからねー。

 怖い怖い。でも幸せそうだからいいんじゃないかなー。

 セルマも楽しそうにしてるよー?


「形状を失うメッセージ。受け取りました。凶兆? いいえ、これは始まり!」


 マイクパフォーマンスをしてる。楽しそー。

 でも、このままじゃダメだよね。

 さぁウノ? 場を締めてあげて? 危機感を煽ってあげて?


「ホントなんであたしが……セルマさん。他に確認できた事はありませんか?」


「他に土星に関しての観測結果はありません。いくつかの土星の衛星が、この異常に関連するかのように一斉に飛び散ったらしいとの報告はあります。我々としては、第17衛星のパンドラが動いたかが気にかかりますが……」


「それも少し気になりますケド! 地球に向かってくるものが無いか、確認できませんか? それが……何て言うか、指導者の姿になるハズです」


「小さな物体の追跡は難しいのですが、やらせましょう。全力で捜索させます」


 ウノの言葉を聞いたセルマが、どこかに電話をかけだした。


「土星のリング!? そんなものを観測するより、隕石だ!」


 みたいな指示を出してくれている。頼もしいなあ、謎の結社。


『これ、確認してどうやって防ごう。あたしに出来ることあるのかな……?』


 ウノが不安がってる。ここは笑ってあげて、元気づけてあげなければ!


 あははー、大丈夫だよー。ウノの役目はこれで十分だから。

 愛とか勇気なんかで、精一杯立ち向かうだけでいいよ。

 というかもう、役目はほとんど終わっちゃったんじゃないかな。


『……それってどういう意味?』


 私は良心だから、早めに教えてあげるよ。

 ウノは本当に、単独で戦えると思ってるの?

 星の彼方から高速で迫ってくる物体に。

 何もかもを壊すためだけに、突撃してくる化けものに。


『は……? リエルはあたしと戦いたいんじゃなかったの?』


 そうだよ? というか、全人類と戦いたいだけだよ?

 体が大きくなったから、戦いにはならないと思うけど。

 ウノはメッセンジャーになるだけで良かったんだよ。

 地球に帰って、リエルの存在や思惑を伝えて、皆を絶望させたらそれで良い。

 早く恐怖を伝えて、人類の嘆きを熟成させるためだけの存在だよ、ウノは。


『意味わかんないんだケド』


 つまり、ウノの役目は黙示録のラッパ吹きだよ。天使にさせられてたでしょ?

 これから人類は滅びるけど、がんばれー! って言って回って欲しいなって。

 私も精一杯応援するよ。

 がんばって、勝ち目のない戦いを戦おうね。

 リエルは、ウノが無力感に襲われた時の感情が美味しいなーって思ったからね!


『……』


 私は感情をつまみ食いする事もしない、とても良いリエルだよ!

 ウノの味方の記録係だからねー!

 だから全力でウノを手伝うよー! どんなにリエルが強いかも解説しないと!

 さぁ、悪いリエルを倒すために戦おー!

 勝ち目は無いから無理なんだけどねー! あははははー!


 そうやってウノを元気づけていたら、セルマが喜々として報告してくれた。


「地球に向かって、真っすぐ進む物体を発見しました。ご確認ください」


 スクリーンに大きく映し出された画像に、小さく映る黒い物体があった。

 体にまとわりつかせた氷を溶かし、黒いダストを撒き散らしながら迫る影。

 塵で作られた尾を長く引き、宇宙空間を飛ぶ歪な球体が――リエルが見えた!


「巨大なロケットエンジンを付けたような動きを見せるこれは、彗星だと判断されました。軌道計算はまだですが、確実に地球の方向に来ています……彗星。疫病、戦争、天変地異の予兆! 災厄のメッセージ! ああ、指導者は来ませり!」


 不吉を感じる黒い彗星を、私たちは素早く笑顔で迎える事ができそうだ。

 ねー、ウノも笑ってー? 顔が硬いよー。

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