第54話 グランドフィナーレ

 さて、と。本番はここからだ。

 ウノちゃんには雑な羽などを与えて遠ざけておいたし、邪魔者はいない。

 俺たちよりも遅く、遠い空から着地してくる頃には全てが終わっているだろう。

 じゃ、お願いしますねー、リエルさーん?


『できるのかなー? どうでもいいかー。とりあえず、やってみよー!』


 リエルが拳を握って挑む正面には、地表に降り立った巨大な大地が鎮座している。

 地上をジクジクと黒く染めながら、狂った笑い声をあげているヤバい大地だな?

 無機物に憑りつく事を選んだ、可哀そうな連中なのだろうか。

 見てるとイラッとしてくるのだが、砕いたりするのはもったいない。


 真っ黒に汚れた泥団子みたいにも見えるが、とても便利な乗り物だぞ、これは。

 自由に空を飛ぶことができる道具を捨てるなんて、とんでもない。

 汚染されて硬く強化されてたリエルママの如く、パワーアップしてそうだしな。


 俺の思惑に乗ったリエルが、爪で引き裂かず、優しく黒の大地に手をそえる。

 吸引することもなく、抵抗する事もなく、全てをこの身に受け入れる。

 他者を思いやるウノちゃんの心持ちをも悪用して、クズな精神に浸食させる。


 ゴミのような悪意が、出来損ないの魂が、ガラクタみたいな精神が。

 集合された意識が、ひとつ残らず体の中に入ってくる。

 同時に、リエルの体が大地に混ざり出す。


 体が無くなり、どことも知れない無機質な群体の中に侵入していく。

 意識が保たれていない、統一されていない混沌の海の中に放り込まれていく。

 脳がバラバラに引き裂かれてしまいそうな感覚だが、まぁ、慣れたものだった。


『死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ンデ、消エテ、シマエ――!』


 とてもありがちな殺意の渦の中に消されないように、人格を保ち続ける。

 この体が自在に変化できるというのならば、キサマらに全てをくれてやる。


 だが意識の上位は絶対に渡さない!

 この俺が最上位の意志存在だと認識する。

 二番目に優先する事だけを思って調和を保つ。

 悪意も対立も知ったことか。そうだ、すべてはリエルの娯楽のためにある――!


 他の精神を叩き伏せ、この黒い大地をリエルとして存在させる。

 手足は無くなったが、どこへでも行けそうな浮遊感が体の芯から溢れだす。

 途方もなく巨大になった口を開き、大空に向かって産声をあげた。


「この大地をー! 乗っ取ってやったぞー!」


「アホーっ!」


 空から落ちてくる黒い点が、簡潔な返事を叫び返してくれた。カラスかな?

 あ、ウノちゃんだったー! こんにちはー!

 わははー! 小さいなー! ウノちゃんはー!


「静かに落としたの見たトキは感動したのに……ちょっとはマシになってくれたのかなって思ったのに……それで、なにしてるの? ついに完全に狂ったの?」


 すいーっ、と羽で滑空しながら落ちてきたウノちゃんが、大地に聞いてきた。

 すぐ状況を理解してくれるウノちゃんも、狂ってきてる気がするケドなー。


「いやだって、デカい乗り物なんだぜ、これ。奪い取れるなら奪うものだろ?」


 敵の飛行船とかを奪うようなモンだろう。

 ゲームなんかで、よくあるよくある。実にありがちな展開だろ?

 大地に浮かぶ顔を、真実の口とか大統領に変えて遊びつつウノちゃんと語る。

 よく分からない力でフワッと浮けるし、便利なものだろうよ、この大地は。


 ……いや待て、磁気浮上してるみたいだ。自分の体の事だから把握できた。

 変な回路が内部にある気がする。磁場を操ってるのかな?

 なんだこのファンタジー大地。マジで機械式か? ちょっと違う気もするが。

 気持ち悪いなー。と思いながらフワフワと浮いてみた。

 地面に吸い寄せられてる気もするが、がんばれば浮ける。がんばれリエルー!


『こんな乗り物必要かなー? まぁいいやー! 体にして、もらっちゃおー!』


 大地の底から息を吐く気分で風を吹き出したりして、ぷかぷかと浮いて遊んだ。

 リエルはカプカプ笑ってる。

 暗い泡みたいな吐息が、岩盤から漏れ出ていく……

 口がそこら中にあるのもイヤな感じだな。しまっておこう。


 ウノちゃんの近くに、リエルの顔を出して会話してやるとするか!

 にゅっと大地から顔を伸ばしてやったら、ウノちゃんが目を閉じて唸ってた。


「頭痛がするよ。なんで体を取りに来ただけで、こんなコトになってるんだろう」


 地面にレーシュを置いたウノちゃんが、グチってきた。

 無機物にグチられても困るなー。はたから見たら寂しい人だぞウノちゃん。

 体が大きいコトは、いいコトだから問題ないだろ?

 大は小を兼ねるとも言うしな。うん。

 じゃあ、そろそろ帰ろっか。ウノちゃんもお疲れのようだしな。


「もうツッコムのも嫌なんだけどね。結局どうやって帰るつもりなの?」


 落ち着いてマジメに帰ることを考えてたら、丁度ウノちゃんが聞いてきた。

 帰る帰る、すぐ帰るぞー。特にやることなんて残って無いしな。多分。

 ……おかしいな、違和感があるぞ。


「あれ? イベントが終わった後は、流れでパッと帰れるんじゃなかったっけ?」


「その考え方はもう、ビョーキだよぅっ!? 帰還ルートとか考えなよっっ!?」


 えー、目を閉じたら帰れるんじゃなかったっけー?

 場面転換的な移動手段で。

 今まではそんな感じだったよな。無理かな?

 ……うーん、無理っぽいなー。これは困ったぞ。まぁいいや。


「このまま飛んで帰ろうと思うんだ。そのうち何とかなるだろう。きっと」


「雰囲気だけで、ふわっとした行動するのやめなよ。タダの自殺行為だよ、それ」


 なんてこった。帰り道とか考えるのは面倒だぞ。転移とかできねぇかな?

 レーシュを起こして聞くのも嫌だな……お使いイベントとか頼まれそうだ。

 こんな時は、リエルさんにお任せだな。

 どうやって帰ればいいのー?


『飛んで帰ればいいと思うよー! ビューンって、ねー!』


 そっかー! 難しい事は特に考えてなかったのかー! だよなー!


「リエルによると、飛んで帰ればいいという話でした。どう思う、ウノちゃん?」


「狂ってるね。現在地もロクに分かってないじゃん。ここって宇宙のどこなの?」


 なんちゃら星雲とかじゃね? 知らんけど。

 ここってどこなのか知ってるか、リエルさん。


『土星だよ?』


 へー、土星なのかー。なに言ってるんだろうコイツ。

 あれってガス状の惑星だぞ?

 やっぱり俺たちは、実体の無い変な空間にいるとか、そんなんじゃねぇかな……


 ウノちゃんに伝えてみたら、メモを取り出して何か書き始めた。何なの?


「うん……他の人の証言もあったし、とりあえず土星ってコトにしてみようか。地球までは、確か15億kmぐらいだよね。探査機のカッシーニが、スイングバイしながら7年かかって到達してたハズ。リエルだと何年かかるの?」


 スイングバイ……? 知ってる知ってる。美味しいよな。スイングバイ。

 今だと予約注文したスイングバイが、18年後に届いたりするんだよな。

 俺しってるよ? でも一応リエルさんに聞いてみよう。どれぐらいかかるの?


『えっ……? 私は知らないよー? 美味しいのー、それー?』


 もー、ダメだなー、リエルさんはー。


「リエルは知らないってさー! ウノちゃんは知ってるー?」


「ホントに無計画だったの? じゃあリエルは、宇宙でどれぐらい速度出るの?」


『いまなら凄く速く飛べるよー! 誰にも負けないよー!』


 リエルさんが俺の中でふんすふんすしている。

 これは期待できそうだ。マッハ二桁ぐらいは出せるだろう!

 宇宙なら抵抗とか無いだろうし、延々早くなり続けられるな!?

 そうウノちゃんに教えてみたら、メッチャ薄目で見てきた。どういう視線だ。


「宇宙でも速度は落ちるんだけど。というか生きてられるのかな……置いておこう。マッハ10だとすると、えーっと、時速に換算すると、あーなるから……うわっ! うん、見なかった事にしよう。だいたい10年以上かかっちゃうよ。諦めたら?」


 ウノちゃんがメモに横線引きながら、にっこり微笑んで教えてくれた。

 ははーん、多めに言ってきてるな? 俺は騙されねぇぞー?

 だが年単位で時間がかかるのは困るな。長くても一か月ぐらいにならないかな。


「なるほど……俺たちの考える速度はまだまだ遅かったワケだな? だが探査機に負ける遅さだとは思えねーし、本当はマッハでは例えられない速度なんだろう。今なら光の速さで飛べるハズだ! ……ちなみに光速ってマッハだとどれぐらい?」


「マッハ88万だよ? それだと二時間も経たずに帰れるケド……」


 宇宙怖いなー。数字が大きすぎて意味が分からん。

 これは数十日ぐらいかかるのは覚悟しないと駄目かもしれんな?

 理解できてるかー、リエルー?


『うん! すごく燃えてきた! 私はやるよー! やってみせるよー!!』


 まだ見ぬ速度という強敵に焦がれる思いが伝わってくる。

 リエルさんなら、やってくれそうだ!

 どうやって早くなるのかはサッパリだが、任せよう。俺は知らない。無力だ。


 だがな、俺は出来る限り全力で手伝ってやるぞ、リエル?

 オマエは私だ。早くなって、最大限に遊んでやる。それが俺の望みでもある。

 リエルの楽しみを手伝って、俺も楽しむとしよう……すごく楽しみだなー。

 ククク……ウノちゃんは、どう思ってくれるかなー。


「まぁ何とかなるだろう。幸い非常食はたっぷりあるしな。全速前進して地球に向かうから、ウノちゃんは震えて待っててくれ。メッセンジャーは任せたぞ!」


「は?」


 口を開けて、間抜けヅラしているウノちゃんには構わず、体を丸くさせる。

 上部の草原地帯は邪魔なだけだろう。

 ただ硬く、大きなだけの球状物体へと変化させていく。


 この体でも、変形する事ができそうだ……元々変な物体だったらしいしなー。

 それに、変形を手伝ってくれる素敵な仲間たちがいるから楽だった。

 体の中にいるイカれた黒い連中が、これからの道行きに期待してる。


『全テ、破壊シロ!』とエールを送ってきてくれているようだ。


 心がひとつになった。敵なんていなかったんだ。思いは統一されたよ……?


 ゴリゴリと大地が動き続け、原形を留めない丸いものへと変わっていく。

 完全な泥団子だ。体が黒々と光る、つややかで超巨大なボールとなった。


「待って! 本気で行くつもりなの!? って言うかメッセンジャーって!?」


 俺の理想的な球体をウノちゃんが叩いてきた。

 これから宇宙に行く俺たちを応援してくれているのだろう。良いエールだな?

 リエルはこの体をどうしたいー? 任せるぜー。


『私は、翼が欲しい! どこまでも早く飛んでいける、大きな翼が欲しいよ!』


 よーし、がんばろっかー!

 俺たち全員がかりで、リエルの体と思いに残された偉大な翼を復元させていく。

 球体から飛び出すようにして、リエルママの完全な黒翼が出来上がっていく。

 美しい二対の翼に穴は無く、巨大で力強い羽ばたきを見せてくれている。

 風が力を生んで、この球状の体を軽く浮かばせた。

 他に望みはないかー、リエルー?


『もっと翼が欲しい! 高く高く飛べる、誰にも負けない翼が欲しいよー!』


 んっ? また翼? いいけど……いいのか?

 尻尾とかいらないの? いらないかー、そっかー、じゃあ作るね……?

 バッサバッサと羽ばたく翼が、さらに二対増えて四翼となった。

 空中で球体の体がゴロゴロと転がるように動き始める。

 いかん。制御できなくなってきた。

 地上にも大きな気流が生まれて、ウノちゃんとレーシュが転がり出す。


「ちょっ、やめて! 危ないから変なことしないでっ!」


 文句を言われてしまったが、俺もどうすればいいか分からないんだ。

 翼はリエルさんが動かしている。俺はもう知らない。止める気もない。

 それでリエルさん? 次はどうする?


『もっと、もーっと翼が欲しいよ! いっぱい飛んで早く行くよー!』


 マジでー? ダサくない? 六対の翼があるだけの姿になるぞ?

 いいの? いいのかー。まーいいかー。

 コピペみたいに翼を生やして、もはや翼しか見えない変な球体になった。


 数キロサイズの翼だけがある奇妙な物体と化して、大空を羽ばたく。


「待って!? あたしはどうやって帰ればいいのっ!?」


 粉塵しか見えなくなってしまった地上から、何か苦情が入った気がした。

 それは大丈夫だよー! と教えてやりたかったが、何もできない。

 体が勝手に空を飛んでしまう。リエルさん、落ち着いて?


『これで行こー! 行っちゃおー! 早く、速く、飛んでっちゃえー!』


 やかましい羽ばたき音だけが聞こえる周囲よりも響く、リエルの声が聴こえた。

 リエルが楽しいなら、それでいいか。

 後のことは全て、ウノちゃんとリエルに任せよう。

 置き去りにした良心が何とかしてくれるだろう。


 思い残す事も無くなった体が、空を駆けていく。

 一瞬で高く飛翔して、何かが割れ砕ける音が聴こえて、濃密な霧の中へ入る。

 かき分けた霧を斬り裂く風の音が、やけに高く響いて体が舞い上がっていく。


 翼がバチバチと妙な音をたてながら動き続けて、ひたすら速度を上げていく。

 目まぐるしく変わる景色の中で、柔らかく体に当たってくる風を長く感じた後。

 ようやく見慣れた、黒くて綺麗な星空が見えた。

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