第52話 変わらぬ思いを
そこら中にある黒いモヤが流動し、体の中へ入りこんで浸食してくる。
この場で唯一、苦痛に喘いでいるレーシュの体に異常が発生しはじめる。
濃密な闇を受け入れ続ける体が黒く染まり、黒色の腫瘍が膨れて実体化した。
「ぐる……ぎぃっ!!? ヒィぃッ、あ"グゥッ、ァァァアア"ア"ア"――」
体中が裂けて口となり、身の毛もよだつ恐ろしい雄叫びを上げ始める。
気味の悪い、人の嘆きを押し固めたような混沌の叫び声が響かせた。
黒いモヤが薄まった場所には奇妙な空白ができて、不気味に明るい粒子が漂う。
不吉な黒を受け入れた体が、人外へ化生する様子を琥珀色の光で照らしだす。
それはまるで、世界が新たな死神の生誕を祝うかのような光景で――
「せいっ!」
「――ぉえぐぅっ!?」
ああっ! ウノさんがレーシュの変身中に、貫き手で攻撃してしまった!?
ちょっとー、やめなよー、ウノさーん。
最後のレーシュさんの見せ場かもしれないんだぜー。
的確に横隔膜を殴って、進化を止めるなんて酷いぞー。
「もう予想が付く暴走は、実力行使で先に止める事にするよ……この手に限るね」
するりとレーシュの背後に回ったウノさんが、優しく体を抱き留めた……?
いや、違うな。
首に手ぇ回してる。長い腕を十字にして、がっちりと首筋に巻き付けていく。
「ほら、アヤトだか何だかよく分からない人? 早く黒いのを吸い込んであげて。できるんでしょ? あたしがレーシュさんの体を止めておくから」
これは……スリーパー・ホールドだ!
首を絞めた腕に力を加えて、レーシュを優しく寝かしつけるつもりだな?
慈母のような微笑みをたたえたウノさんが、レーシュを締め落としはじめた!
『……昔は、オヤジの背中にこうやって乗ってたっけ。なんか、懐かしいや』
えぇ……っ? そこでそんな回想に入っちゃうの、ウノさん?
おんぶにしては物騒だなー。せめて、お母さんを思い出してあげなよー。
ツッコミたかったが、ウノさんは集中してらっしゃる。全力で締めてる……
仕方なく俺は、レーシュに入りこんでいくモヤを吸い上げてやった。
レーシュが意識を取り戻したら、愉快なコメントをしてくれそうだしなー。
掃除機と化して、次々に飛び込んでくるモヤをダラダラ吸引しておいた。
中に入りたい。との思いに溢れる、ただのゴミみたいなモヤを吐き捨てていく。
たまにモヤを齧ったりしてみた。おやつ感覚で食べれそう。美味しいかもねー。
近くではリエルさんがモヤを喰い荒らしたり、斬り裂いたりしながら遊んでる。
力を持て余しているみたいだなー。
闇より深い漆黒の体と化しながら、カギ爪を振って荒らしたりしてて楽しそう。
空間をギャンギャンいわせるヤバい引き裂き攻撃してる。やっぱ悪魔だろアレ。
ウノさんはそんな周囲を気にせず、遠くを見る目をして、物思いにふけってた。
――パンパン! と腕を叩いたり、呻き声してるレーシュに構わず追想してる。
『お父さんとお母さんが一緒だった頃、あたしは幸せだったなぁ……』
ウノさん? どうしたんだ、急に……? レーシュに裸締めしながら何を……?
何だこれは。
ウノさんの幼少期が、優しいウノちゃんの心が俺の中に流入してくる……?
くっ……特に興味も無いのに、ウノちゃんの語りが俺の意識を浸食しはじめる!
『ギャンブル浸りで、どうしようもなかったオヤジ……愛想を尽かして逃げたお母さんみたいに見捨てられなかったのは、優しくしてくれた思い出があったから。
だから、今もこんなどうしようもない人を見捨てられなくなっちゃったのかな』
ぐうぅっ……精神が汚染されてしまう。
俺の思考が、ウノちゃんのセピア色な思いに浸食されていく。
やめろ。退屈な日常こそが幸せだったのかもしれないとか思わせるのはヤメロ!
『発育不良になっちゃって、普通に遊ぶのも難しかったあたしは、一人で寂しくゲームして遊んでたんだ。家に居たくなかったから、ゲーセンに行ってみたりして。
あたしと遊んでくれて楽しかったよ? また一緒に、普通の人間になって遊ぼうよ。だから、馬鹿みたいな事を考えてないでマトモになってよ! アヤト!』
ぐおー! 公衆便所の落書き見た方がマシだと思えるツマらん話はやめてくれ!
俺は他人など、どうでもよいのだ! 人間など馬鹿にするための存在にすぎん!
俺は個人で完結された存在となったのだー! この世界は俺の遊技場だぞー!
……いや、俺はウノちゃんでもあるのか?
なぜか、他人を見捨ててはいけないという気持ちにもなってしまう。
駄目だ、考えてはいけない。俺に刺激を、もっと楽しい刺激をヨコセ!
闇よ! 人の邪念よ! 我に力を与えたまえー!
そう期待してみたが、別に大した力は与えてくれねーなー。周りの黒い闇ども。
俺に入りたくなさそーな感じで、遠巻きにモヤモヤしてやがる……使えねー。
レーシュも完全に落ちてしまっている。邪神とかになって戦っておくれよー。
仕方ない。こんな時は頼れる私に頼ろう……俺を助けておくれー! リエルー!
「食べた食べたー、満腹だよー! 次は何して遊ぼっかなー?」
ダメだ。こっちを見向きもしねえ。なんか座り込んで幸せそうに笑ってる。
クソっ! このままでは、ウノちゃんのピュアな思いに負けてしまうー!
何ということだ。チクショウッ! まさか、まさか……この俺様がー!
と、ラスボスごっこをしてる内に、周囲の黒雲はどこかに消え失せてしまった。
周囲がよく分からない光に満ちた空間と化して、俺たちを祝福してくれている。
ガス状の霧みたいな光? 変な粒子が漂う不思議空間だな。宇宙はどこいった。
まぁともあれ、どうやら長い戦いが終わったようだな?
ウノさーん。回想モード終わりなよー。あらかた片付いたぜー。
『真人間にしようと思ったケド、失敗しちゃったかな……何も感じなかった?』
いや、ウノさんの気持ちは伝わったよ、うん。
大事だよな、人間は。他人で遊ぶのが一番だよ?
うわーん、神様なんて、もうコリゴリだよー!
……さてと、良い感じにオチはついたな?
それじゃ物質と欲望にまみれた現実社会に帰って、みんなを煽って遊ぼうぜー。
『やっぱりコイツ、ここでどうにかして封印したほうがいいんじゃあ……』
ウノさんが物騒な事を考えてる。ピンチだ。
やめてよー。俺は悪くないアヤトだよー。改心して真人間になりました。
愛とか勇気とか大好きです。ボランティア活動とかしたい気分。
大地の草とか見て楽しんだりする、慈愛に満ちた美しい心の持ち主ですよ?
ホラ見て! この大地の真っ黒い草原も俺たちの門出を祝福してくれてるよ。
『頭だけじゃなくて、目も悪くなったの? 草原は緑に決まってるじゃん』
はー、やれやれ。って感じになりながら、ウノさんは地面を注視してくれた。
「うわっ! 大地が真っ黒……黒いのが入っちゃったの?」
ウノさんが俺の発言を信じてくれたぞ。こんなに嬉しいことはない。
暖かな気持ちになりながら、黒くなった草原を愛でてみる。
気持ち悪い騒めきが響く、美しい一面の草原だな?
ゲタゲタと笑いさざめく、風流な草たちだ。縦長の口になった草が笑ってる。
ヤバい。キモイ。うるさすぎる。
「リエル! リエルー! これ、どうなってるの? 分かる?」
「んー? えっとー、これはねー」
ウノさんが、状況を説明してくれそうなリエルを呼びつけた。
聞かなくてもいいだろ。これが何かぐらいは分かるぞー。定番だしなー。
「私たちに憑りつくのを諦めて、大地に寄生しちゃったねー。大集合してるよ?」
黒いモヤの生き残りの全てが、地面に狙いを定めてしまっていたようだ。
結界の穴を防いでいた場所に、大挙して押し寄せたのだろう。
ウノさんは気づいてないけど、巨大な岩塊の中にも入り込んでしまっている。
ドス黒い色に変色した足元の大地が、微妙に震えている……そろそろかなー。
「えぇー……どうしよう。治した方がいいのかな? 吸ったりできる?」
「お腹いっぱい。もういらないよー」
リエルさんは、うんざり顔だ。
俺も、こんなの吸ったりするの嫌だぞー。面倒なだけだろ。
いいから、放置して帰ろうぜー。もう、おしまいだしねー……
「何も成長してないよ、このふたり……もう! 後始末は、ちゃんとしようよ!」
ウノさんが、ぶちぶち言いながら草を引き抜いて嫌そうな顔してる。
……おいおい、そんな事をしても無駄だよー?
『倒してもいいんでしょ? 燃やしたりできないし、こうするしかないよ』
草をバラバラにしながら、ウノさんが淡々と処理していく。
まぁ、時間をかけたら倒せるのかもしれないケド。
うーん。教えた方がいいのかなー。
『いやー、なんて言うか。倒すとか、そういう話じゃなくてねー……』
『なに? ハッキリ言ってよ!』
『こいつらってさ、中に入りたいって思ってた連中だろ? だからさー』
足元がガクンと下がって、急な浮遊感を与えてきた。
ふわっとウノさんの髪が浮き上がっていく。
『なに? なにが起こったの?』
察しが悪いなー。
『あれだよ、俺がやったやつ。落下だよ。地面を目指して進むんじゃないかなー』
一面の、見渡す限りの黒い草原が笑い声を上げる、素敵な広い大地。
計ってないけど、数キロは余裕であるなー。
小惑星サイズの隕石って感じになるのかな?
世界の中に向かって全力疾走してくれそうな、黒い思いに溢れてる隕石だなー。
俺が落下して、被害を出来る限り抑えて、湖が消滅って感じの被害だったっけ。
……これが落ちたら、どれぐらいの被害が出るのかなー。
後始末しなくても全部、綺麗に消滅しそうだねー。あははー。
ほらほら、ウノさんも、もっと笑ってー。引きつった笑顔をしてないでさー。
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