第51話 決壊

 人が他者と交流する意図は交換にある。

 互いの物質や意見、時には感情を交換する事によって価値が生まれる。

 単純に、金や知識。または意思を交換する事によって人間社会は完成している。


 ……ので、人間を超えようとして魔術を修めた連中は、人格の滅却を目指した。

 倫理感を捨て、人権を無視して、物質に頼らない個人としての完成を追求した。

 社会の奴隷とならないために、人外の真理を理解する事に血道を上げたワケだ。


 人間性など不要だとして、より上位の存在。神となるために修行する。

 個性は必要ない。自覚する必要もない。

 最終的には、自分を高める行為すら意味が薄れていってしまう。

 残るのは自然回帰への欲求。世界と一つになろうという意思だけだろう。

 そこで止まれば、隠者の完成だな。山奥にいる仙人サマってヤツだ。

 神になんてなれるワケねーんだから、普通はそこ止まりだ。


 問題は、それを集団でやらかした連中が、中途半端に成功したってトコだな。

 他者を求める感情を持ったまま、神になって派閥争いまでした集団は悩んだ。

 神って言うか、これって、ちょっと力を手に入れただけの人間だよな、と。

 困ったなー、これじゃあ当初の目的と違うぞ?

 どうやって悟りを開いて、人間を超えた上位存在になろうかなーと。

 思い通りに出来る場所で普通の修行とか出来ねーし、やってらんねーぞってな。


 そこで開発されたのが、自己滅却装置のリエルさんだ!

 悪魔とか何とか言ってたが、ようするに生物兵器を作ったんだな。

 楽園となった箱庭を潰すためにも、強制的に無駄な感情を喰う存在を作成した。


 レーシュは、外法で人を神とさせ得る存在を悪魔と呼びたいだけなのだろう。

 空を逃げ回るレーシュの刺客用でもあるから、悪魔でも間違いなさそうだが。


 レーシュの思考をも消し、結界を吹き飛ばす使命を持って作られたリエルさん。

 目的は確かに入力されたし、出力するための性能もあるにはあったんだが……


「早くしろー! って命令されたから、私は早くするのを目的にしたよー!」


 リエルの教育に失敗していたようだ。

 優先する目的が、致命的に間違ってしまっている。

 子育ては大変だなーって話なのかもしれない。

 そして、ついでのように自己を消し去った神と化したのが。


「この俺リエルが神だー! いや私はウノなのかなー? どう思う? あたしー」


 リエルさんを旋風で回転させて遊ばせる機械と化しつつ、自問してみた。


「悪魔って、つまり何?」とレーシュとリエルに聞いてたウノさんが閉口してる。


『本当に壊されてたんだね、おにーさん……つまりは失敗作だよ、二人とも……』


 心の中で呟いているが、もちろん良く聞こえている。俺はウノさんだからな。


 ……えー? 俺たちって失敗作なのー?

 もっと格好いい呼び方をしてくれよー。

 封じられし禁断の兵器が暴走した結果、生まれた悲劇の主人公って感じじゃね?

 これでどうかな。やだ、カッコイイ。

 その者は神か悪魔か。ってテーマで冒険とか出来そうじゃねーかなー?


『これ以上の冒険はしないで。リエルが落ち着いたし、早く目的をすませようよ』


 俺の目的……? 確か、リエルにマウントをとる事だったよな!

 任せて、ウノさん!

 俺が神になったというのなら、こうすればいいか。

 旋風を止めて、中で飛び回って遊んでいたリエルさんに呼びかける。


「リエルさーん! ちょっと見てくれー!」


「なにー? どうしたのー、ウノみたいなアヤトー?」


 手招きして、ウノさんの手の中に注目させるために、両手を広げた。

 ウノさんの左手に小さなアヤトを産みだし、右手に小さなリエルを産む。


『人形? こんな事して、どうするの……?』


 いぶかしむウノさんの両手を、横に合わせて広げる。

 手の平の舞台と化した場所で、ふたりがモゾモゾと動き出した。

 悲鳴をあげて、手を振り払おうとするウノさんの動きを遮って、観察する。

 大きな声で、小さなふたりが叫んだ。


「俺はアヤトだぞー! アヤトはリエルより強いんだぞー!」


「私はリエルだよー! リエルはアヤトより強いんだよー!」


 俺の人格を分け与えた人形を、手の平の上で戦わせてみた。

 さぁ、どっちが勝つかな!

 殴りかかろうとするミニアヤトを見て、ミニリエル第三形態が飛び上がった。

 笑いながら手の平の上に強襲して、俺を全力で蹴り飛ばして倒してしまった。


「わーい! リエルの方が強いんだよー! アヤトは私のオモチャだねー!」


 ミニアヤトの気絶した体の足を掴んで、ミニリエルが楽しくブン回しはじめた。

 ……もういいか。

 手の平をパァン! と合わせて、俺と私を体の中に帰してやった。


『いやいやいや、えぇー? 何がしたかったの? 何でアヤトを負けさせたの?』


 ウノさんが心中で混乱してらっしゃる。

 俺だってアヤトを勝たせてみたかったが、勝手にこうなったんだよ。

 まぁいいか。つまりは私が勝ったという事だしねー。


「これで分かっただろう……すべてを操るあたしが、最も上位の存在なのだー!」


「わぁっ! もう一回やってー! もういっかーい!」


 リエルさんが大喜びだ。俺の偉大さが伝わったようだな?

 何度か人形劇を繰り広げ、最終的にミニアヤトを一人、リエルさんに進呈した。

 がんばってオモチャになれよ、俺……!


「裏切ったなー! 俺ー!」


 リエルさんの手の中で、ミニアヤトがじたばたと暴れている。


「がんばれー! 俺ー! リエルさんに立場ってものを分からせてやれー!」


 俺には犠牲になってもらおう。声援をかけて見送ってやった。

 ……あっ、リエルさんに飲み込まれた。

 美味しいのかな、俺? 食べたリエルさんが満足そうに笑ってらっしゃる。

 あの俺、今どうなってるんだろう……?

 ウノさんも首を傾げている。


『なんなのアレ? ロボットか何か?』


「違うぞ。俺を出してみた。あれも俺だよ?」


『へぇ、そう。リエルがおとなしくなるなら、もう何でもいいかもね』


 俺の一人芝居を見たウノさんが冷えてしまった。

 気に入らなかったのかなー? ウノさんも出演させれば良かったのだろうか?

 悩みそうになったが、もう一人の観客が大興奮してかぶりついてきた。


「生命を創造なさったのですか!? ですが、敵に与えてどうするのですか!」


 あぁ、鬱陶しいレーシュさんだ。

 相手は任せるよー。ウノさーん。


『なんでこんな、ワケの分からない後処理するハメになっちゃったんだろう……』


 ボヤキながらも、ウノさんはレーシュさんと仲良く会話している。

 大変そうだなー。がんばれー、ウノさーん。

 よーし、目的が終わったし、帰るかー。


「それが目的だってば!?」


「え? どうなさったのですか、ウノさま?」


「ゴメンナサイ。あたしの中に言いたかったんであって……なに言ってるんだろう、あたし……とにかく、リエルも含めて、変な連中を宇宙に飛ばして追放……じゃなくて、帰らせようと思うんです。何か方法はありますか、レーシュさん?」


 ウノさんが、かなり電波な話をしだした。疲れてるんだろうか?

 双肩に重い何かがのしかかったように、ダラリとしながらレーシュと話してる。


「宇宙……そう、それです! 急いで敵を排除してください! 制御できなくなっています!」


「何の制御ですか? レーシュさんも暴れますか? もう何でも来てくださいよ」


 へらりと笑うウノさんに、焦ったレーシュが腰にしがみついて揺さぶってくる。


「大地の一部を失ったせいで、上空へ飛び上がり続けているのです! いまの私では制御できません! ですから早く、敵を排除してください……っ!」


「上空に……?」


 ふと見回すと、空の青が一切見えなくなって、黒が広がる世界になっていた。

 周囲をよく見ると、風が上から下に流れて、素早く上昇しているように見えた。

 ……ずっと、この大地が上昇し続けてたのか? いつから? どこまで?


 俺の疑問に答えるように、何かが頭にガツン! と当たった。

 痛っ。地味に痛いな……? 何に当たったんだ……?

 見上げると、透明な何かにぶつかっていた。ガラスかな?

 その向こうには、モヤモヤした黒いモノが大量に集っているように見えた。


「あぁぁぁぁ……! 結界が、空を覆っていた結界が割れてしまいます!」


 レーシュさんが、しゃがみこんで、うろたえながら説明してくれたぞ。

 あー、ハイハイ。世界に侵入する魂を防ぐとか言ってたアレね。

 物理的に宇宙の境目に張ってるんだ?

 今にも割れそうだなー。どうしよっか?


 ウノさんの体をつっかえ棒にしながら、大地と結界がぶつかりあっている。

 俺にはどうすることもできない。

 鬱陶しいなーって気分だ。っつーか、邪魔だなー。


「んー? なにこれー? 邪魔だねー!」


 あ、リエルもつっかえ棒になってるな。

 真上にある結界をペタペタ触って、心底邪魔そうにしている。

 気持ちは分かるぞ。あれをやるんだな?


「ちょっと! 待ってリエルっ!」


「壊れちゃえー!」


 ウノさんが声をかけたが、遅すぎた。

 リエルさんが気合いの入れたパンチを放ち、結界の一部が粉々になった。

 大きな穴が開き、俺たちの体が黒雲のように淀んだモヤの中に突入する。


「あ"あ"あ"ぁぁァァア"ッ!!」


 ……レーシュさんが、メッチャ苦しんでるなー。

 スゲェいきおいで、黒いのが体の中に潜り込んでいってる。大変そうだ。

 俺たちの体は外に飛び出たが、大地はまだ結界に引っかかってる様子。

 足場がガタガタ震えるが、変な位置に留まってる。そのうち壊れるんだろうか。


「これっ! 危なくないの!? あたしは何ともないケド……!?」


 そりゃー、ウノさんは俺だしなー。こんなの大したことねーだろ。

 ガンガン俺の中にも入ってきてるが、気にもならない。

 リエルも似たような様子だな? いや、ちょっと違うか。


「あははははー! 淀んだ魂に、たくさんの悪意! もっと入ってきてー!」


 とても、楽しそうだ。たくさんの黒い何かを体の中に吸い込んでいる。

 俺も負けてはいられないな!

 レーシュさーん! 俺にもそれ分けてちょうだーい!

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