異世界往復ゲーム――風域の謀略――

第50話 ラストダンス

　リエルの腕に当たったウノさんの体が吹き飛ぶ。

　ウノさんを殴りつけた後、リエルが腕を振り上げて真空の刃を飛ばした。

　後ろに飛ばされながらも体勢を崩さないウノさんに、細い刃の線が迫りくる。

　リエルの遠隔斬撃を、ウノさんが華麗なステップで避けて衝撃波に備えた。

　身をかがめたウノさんは、頼れる相棒に助けを求めるように、心の声を叫んだ！

『解説してないで手伝って！　衝撃を防いだりできるでしょ！？』

　え？　あー、うん。多分できるんじゃねーかなー？

　風を動かしたりするのは余裕っぽいぞ。俺はリエル第二形態でもあるからな！

　ちょいちょいとウノさんの左手を借りて、空間に空気を集めて壁を作ってみた。

　叩けそうな硬い空気の壁を盾にして、ウノさんは荒れ狂う風の衝撃をかわす。

　そのまま、衝撃を無視して突っ込んでくるリエルを右手だけで受け流していた。

　おー、ウノさんすごいねー。

　マジ格闘できんの？　エセ合気道って感じかな？

　左手の制御を明け渡して、ウノさんの芸術的な手捌きの技術に見惚れてみた。

　カギ爪で斬れないように、リエルの腕の動きを阻害しながら受ける匠の技だな。

　リエルは駄々っ子みたいに殴ってるだけだから、このまま軽く制圧できそうだ。

『ムリ……っ！　叩き落とせないぐらい重いし、飛んでる相手だよ……っ！』

　うーん。黒いリエルさんは強いらしい。

　関節技も寝技もかけづらそうだしなー。っつーか、不可能か。

　ウノさんが掴もうとしても、力だけで強引に引きはがして再度殴ってくる。

　よく見ると、腕の振りを気流で加速させるようにしながら殴りかかってるな。

　リエルさんの風を味方につけた暴力の嵐……ッ！

　ウノさんは防ぐので精いっぱいだ！

『だからっ！　手伝ってってばっ！　手を使わないで、どうにかできないっ！？』

　地に足跡を刻みつつ受け流す、素敵な仕草をするウノさんが援護を頼んできた。

　なんか普通に限界っぽいから、どうにかしてやるとしよう。

　ウノさんの背中に翼を生やしてやり、リエルの巻き起こす風を少し相殺した。

　バタバタと羽ばたいてウノさんを援護したが、それを見たリエルがまたキレた。

「私のを返せッ！　それはウノのじゃないッッ！　アヤトは私のオモチャだー！」

　衝撃の告白をしてきたぞ？　俺ってオモチャ扱いだったか、勘弁してくれよー。

　リエルの声に呼応するように空気が振動して、周囲の大地が砕けていく。

　実際に衝撃を起こす告白をするのは、よしてくれねーかなー。

　砕けた地面が撒き上がっていったが、途中でピタリと動きを止めて落ちてきた。

　ん？　変な技だな。どういう演出技だ。吹っ飛ぶ途中で落下する土って感じか。

　ウノさんも衝撃を避けて大きく飛んだが、途中でガクッと身を崩しよろめいた。

『なんだろう、これ……？　重力でも操ってるの……？』

　ウノさんは体の調子を確認するように、短く跳びはねつつ様子を確認中だ。

　俺もリエルに言われたことを確認したい。

　あのふざけた告白に、どう答えてやればいいのだろう……？

　嫌な口説き文句すぎて泣けてきたんだが。

『オモチャになってあげれば？　それでリエルが満足するなら一番いいと思うよ』

　ウノさんは嘆息して、俺の就職をオススメしてきた。

　リエルのオモチャとして過ごす未来か。

　それも悪くないかもしれないな……なんて、考えるワケねーだろが！

　リエルの顔を、人面瘡としてウノさんの手の甲に浮かばせて、全力で叫んでやる。

「ふざけるなよ……俺がリエルだ！　リエルが俺のオモチャなんだよー！」

　リエルの声で、真心を込めて叫んでみた。

　暴れていた相手のリエルが、ちょっと首を傾げて動きを止めてくれたぞ。

　さぁ、今だ。やっちまえ、ウノさん。

「もうやだ、どっちも頭が変だよ……なに言ってるのアヤト？　ホント何なの？」

　ウノさんも動きを止めて、涙目になってらっしゃる。

　あれー？　どうしたのー？　チャンスだよー？

　俺はリエルだって、ずっと言ってるじゃねえか。変なウノさんだなー？

　……あー、今は別の存在でもあるな。ちゃんと教えようか。

　浮かび上がらせた人面を、ウノちゃんの顔に変えて告げた。

「俺はウノでもある。好きに呼べ。どれでもいいよー。どうでもいいからなー！」

　名前は大事だが、特定の何かになる気は無い。自己は必要ない。

　自暴自棄になり、顔を崩して口だけの存在になって、大声で笑ってみせた。

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ！」

「ひぃっ……！？　化けものなの……！　ニセモノのアヤトだったの……！？」

　おおっと、本気でウノさんを怖がらせちゃったようだ。

　いけない、いけない。ちょっとしたシャレなのにねー。

「ホンモノのアヤトだぞ？　確か、こんな声だったか？　これがアヤトだよな？」

　懐かしい、もうすでに死んでいる男の声を出してみた。

　わざわざ出したい声でも無かったが仕方ない。

　俺は多分アヤトだと証明しなくては。

　別にしなくてもいいかな？　何でもいいや。すべてが気にならない。

「なんで疑問形なの……って、黒くなるのやめてよ……敵でしょ、それ……」

　いつのまにか、俺はウノさんの腕を浸食するような黒い姿になっていた。

　ああ、何となく分かった。

　ちょっと理性を飛ばしたら、あのキモイ敵になるんだろうな……気を付けよう。

　気合いを入れて、ウノさんの腕を爽やかな美白に変えた。これでよしっと。

「さぁ本番はここからだ！　ウノさん、俺は何になればいい？　剣か？　槍か？」

　ウノさんの腕を変えて、武器になってみせた。

　グネグネと動く俺を気持ち悪そうに見るウノさんが、ポツリと教えてくれた。

「品性のある腕になってくれるのが一番いいよ……？　ッ！　リエルがくるよ！」

　戦闘再開のようだな！

　身構えるウノさんに合わせて、雑な目口だけを残した腕になって備える。

　風切り音を鳴らして飛んできたリエルが、ウノさんの近くで動きを止めた。

「ウノー？　アヤトを壊しちゃったのー？　それ、変だよー？　なにそれー？」

　すごく不思議そうな顔をしたリエルさんが、興味津々に聞いてきた。

　ドス黒い瞳をキラキラと輝かせながら、俺の目を見てくる。

　なんだよなんだよ、戦闘中に敵の能力を聞いてくる展開かー？

　緊張感がなくなるから、やーめーろーよー！

「あたしが聞きたいぐらいなんだけどね……何にでもなれるとか主張してるよ」

「へー。そーなんだー！　ウノでもないんだねー！　面白いねー！」

　あれー？　和やかな会話に移っちゃったぞ……？

　どうしたのかなー？　戦闘して、リエルに気持ちよく勝利させろよー！

　俺の方が強いんだぞー！

　……オラー！　砕け散れー！　リエルー！

　リエルの隙をついて、地面から旋風を巻き起こしてやった。

「わー！　回っちゃうー！　負けちゃうよー！」

　旋風の中に入ったリエルさんが、愉快げにグルグルと回転しだす。

　楽しそうだなー……駄目だコイツ。怒りが塵ひとつ残ってねえ。

　もうちょっと、アヤトのために怒ってやれよー！　俺が可哀そうだろー？

　きゃっきゃっと遊んでいるリエルを見ていると、ウノさんの腕が引かれた。

「早く……早くその敵を滅してください……ッ！」

　あ、レーシュさんだ。チーッス。

　わざわざそんな事を言いに来てくれたんですかー。暇なんですねー。

「レーシュさん……！　隠れていてください！　悪魔に殺されちゃいますよ！」

　ウノさんが、慌ててリエルから隠すように身を盾にしながら警告した。

　言葉を聞いたレーシュさんが、きょとんとした顔で言い返してくる。

「悪魔……？　あれは、敵ですね。試作の悪魔なのかもしれませんが……究極には、ほど遠いでしょう。あれよりも悪魔らしいのは、あなたでしょう？」

「あたしが悪魔！？　なんなの……勘弁してよ。みんな、おかしいよ……」

　指差されたウノさんが全力で嘆きだす……全員がウノさんを攻撃しだしたな。

　可哀そうに。素晴らしい嘆きの感情だ。

　とても美味しいです。もっとくれよー。

　渦巻く心を吸い上げて楽しんでいると、レーシュがまた指摘し始めた。

「いえ、ですから……アヤトさまがリエルとなって、悪魔になったのですよね？　アヤトさまは究極にして無敵の存在。自己無き悪魔と成り果てたのでしょう？」

　レーシュが、何を変な勘違いをしているのだろう？　という顔を向けてきた。

「悪魔を御するウノさまは、真の勇者さまでしょうね！」とか言ってきてる……

　あーそっかー！　悪魔が味方だから、危機感なかったんすねー、レーシュさん。

　病んでるのかなー？　とか思って申し訳ない……って誰が悪魔だコラー！？