第49話 分かち合う二人の共同作業

 人には過去があるものだ。

 生きる中で、ゆずれない何かを積み重ねることで人格が形成されていく。

 こだわりが出来ると言ってもいいかもしれない。

 きっと、そういうモノが出来たから、みんながぶつかり合っているのだろう。

 喜ばしい事だな?

 俺はぶっちゃけ、そういうのはよそで勝手にやってて欲しいなーと思うんだが。


「ねー! ねー! なんで殺しちゃダメなのー? そいつ邪魔だよー?」


「軽々しくそんな事を言っちゃ駄目だよ! 落ち着いてよリエル!」


「ひっ……! あれは敵です! お願いしますウノさま! 殺害してください!」


「レーシュさんも煽らないでっ!?」


 目の前でこんな光景が繰り広げられているせいで、無視することができない。

 姦しいなー、と思いながら、マジメな事を考えてみたりしていたワケだ。

 字ヅラ通りに、上に浮かんでるリエルが地上にいる二人を追ってる状況だなー。

 実に騒々しくて、姦しい姦しい。


 空から狙ってるリエルと、逃げるレーシュとの間に、ウノさんが挟まれている。

 ウノさんの体を盾にしながら、右往左往して遊びはじめた。楽しそうだなー。

 俺はどうすればいいのだろう……ただ見守ってやる事しかできない。

 声援ぐらいは送っておいてやるとするか!


『がんばれー! 板挟みになってるウノさーん!』


『アヤトも当事者でしょ!? レーシュを狙わないように、リエルを説得して!』


 む、俺が頼りにされている。

 やっぱりウノさんだけじゃ駄目だな! 俺が場を引き締めてやろう!

 ちょいとウノさんの、お口とお体を拝借してー……っと。


「ヘイ羽虫やろー! アタイがリエルの野望を挫いてやるぜ! かかってきな!」


 ウノさんの体を利用して、リエルを挑発してみた。

 片手を突き出して手の平を上に、指先をクイッと曲げての正統派の挑発作法だ。

 ついでに背中を向けて、龍に踏みつぶされてるリエルさんの絵を見せてやる。


 気合いを入れてラメ入りの線を使って刺繍した、素敵な龍の絵柄の服が輝く。

 非常に情けない顔をさせてみた、リエルママをモチーフにした龍の絵だ。

 リエルにも分かりやすいように、ちゃんとセリフも書いておいたから安心だな。


「うわーん! ウノさまには勝てないよー!」と叫ぶリエルのイラスト付きだ!


 お子さまにも分かりやすい挑発にしてみました。

 口と体が自然に動いて目を白黒させてる、我がボディにも感想を求めてみよう。

 どう思う? ウノさん?


「アヤトーっ!? あたしの体で勝手になにしてるのーっ!?」


 おー、キレてるキレてる。

 俺がいじくって長髪にさせてみた、ウノさんの後ろ髪を逆立たせてみよう。

 怒髪天を突くウノさんの誕生だ!

 ついでに金髪にさせてみようかな? ブルーにしてもいいかもしれないなー?

 これは悩むなー! どうしよっかなー!


「あたしがーっ! 必死なのにーっ! もー! 中のアヤトがーっ! ヤダー!」


 微妙に言葉になってない怒声だ……許してくれよー、ウノさーん。

 きっとリエルも気に入ってくれるってー。

 ほらほら、ジッとウノさんの事を見つめてくれてるぜ?


「――ウノ? わたしのアヤトを取ったの?」


 リエルの笑顔がスッと消えて、無表情になってしまった。

 どうやら説得が成功したようだな……?

 宙を騒がしく飛んでいたリエルが動きを止めて、風の音がやんでいく。

 涼しげな風の音を伝えていた草原の葉のすべてが直立して、無音の時が流れた。


「え……っと? リエルー? あたしは、こんなヤツいらないよー?」


 ウノさんが急に酷い事を言い出した。

 おいおい、なに言ってんだよー。

 いい感じで挑発できてるじゃねえか?

 よく分からんが、これでいいんだろ?


「アタイが先にアヤトと出会ったのよー! 遅いリエルは、もういらないよー!」


 ウノさんが慌てて自分の口を塞ごうとしたが、なにも問題はなかった。

 俺がウノさんの体の主導権を握り続けたまま、大きな声で叫びきる事ができた。

 この体の使い方は、俺の方が慣れてるからな。

 ペチャクチャ喋ってただけのウノさんとは、体の経験値の差が違うんだよー!


『なにしてるの? 本当になにしてるの? なんでリエルを怒らせてるのー!?』


 えー、だって俺、ウノさんにも負けたままだった気がしたから……な?

 ちょうどいい機会かなって思って、ついつい……いやー、楽しかったなー!


 ウノさんにマウントをとる事が出来て喜んでいたら、妙な音が聴こえてきた。

 ギシギシと体の内部を軋ませる音が、宙にいるリエルさんから聴こえてくる。

 リエルの体内にしまってあった爪が、不協和音を奏でながら伸びだした。


「そっか……私が作った体より、ウノの体の方がいいんだ……」


 中天に浮かぶリエルが、凶悪な爪を振りかざして、苛立たしく腕を振り下ろす。

 ザグッ――! と、爪の先の空気が斬り裂かれ、風の刃と鋭い真空に変わった。

 細く鋭い、風を斬り裂く線が、俺の横の大地の下まで伸びていく。そして……

 分断された真空の中へ急激に空気が流れ込み、強烈な衝撃波が発生した――!?


『うぉあぁぁぁあ――ッ!?』

「わぁぁぁあああ――っ!?」

「ひゃぁぁぁぁぁ――っ……」


 衝撃に吹き飛ばされた俺たちの体が、大地の上をごろごろと転がっていく。

 レーシュも転がって、端の方まで転がっていく……あ、落ちなかった。セーフ。

 遠くの方で、怯えたように体を縮こませてるなー。そっとしておこう。


 問題は、斬られた大地のほうだな。

 大地の三分の一ぐらいの部分が、真上からぶった斬られてしまったようだ。

 入刀されたケーキが、重心を失って倒れていくような状態になっている。

 分断された大地が綺麗に別れて、ふらふらしながら、ゆっくりと離れていく……


 ヤバくね?

 まだ普通に浮いてるみたいだが、急に墜落したりしたら洒落にならねーぞー。

 切り離された大地も、空中を漂う妙な状態のままでいてくれるといいんだが。

 おーい、リエルさーん、やりすぎだぞー。


 虚ろな目をこちらに向けて、空中に留まってるリエルに声をかけようとした時。


「それは……アヤトは私のモノ……ッ! 返せーッ! ウノ――ッ!」


 瞳を闇色に染まらせ、禍々しく輝かせるリエルさんが、雄々しく空に吼えた。

 そのまま黒翼を大きく広げて、真っすぐこっちに向かって突っ込んできた!


『……作戦が成功したな。レーシュからリエルを引き離せたぞ、ウノさん?』


「言ってる場合じゃないよアヤトーっ!? なんであたしがこんな目にーっ!!」


 さてと、後はウノさんに体を明け渡して、全部お任せしよう。

 ファイティングポーズをとったウノさんが、狂乱したリエルを迎え撃つ。

 高い金属音が鳴り響き、リエルさんの腕とウノさんの腕が激しく交差した。

 うわー、キレてるキレてるー。リエルさんの顔、怖ーい。

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