第48話 ダイヤモンド・ウェディング

 風が吹き、一面の草原がそよぐ寂しい場所で、暇そうに立ってる女がいた。

 誰だっけこれ?

 布っぽい服しか着てないし、確かホームレスの人だったと思う。

 豪華な金髪美人な造形が、非常に無駄なヤツだな。

 強くこちらを睨みつけて、問いかけてきた。


「その姿はいったい……? あなたはウノさまなのですか?」


「それを含めて説明します、レーシュさん。お互いに事情を話し合いましょう」


 ウノさんが、レーシュに真摯な口調で話しかけている。

 えー、マジ話すんのー?

 情報だけ抜いて、とっとと帰ろーぜー。


『黙って聞いてて』


 マジトーンな心の声で、ウノさんに恫喝されてしまった。

 そんな、酷い……俺の存在意義が……

 まぁいっかー。俺の代わりに口八丁で騙してくれるなら楽だしな。

 黙って聞いておいてやろう。


「あたしたちの事情を先に話しますね。まず――」


 話が長くなりそうだなー。

 ウノさんの体のパーツを改造できそうだし、これで遊ぼう。

 爪にマニキュアとか塗ってやれないかなー。とか試しながら待っておいた。

 こっそりと、ウノさんをメイクアップしていく。


「あの敵は倒したのですが――」


 ……どうやらウノさんは、俺の行動には気づいていないようだ。

 熱心にレーシュに話しかけ続けている。

 真剣な顔のウノさんの瞳に、星を散らせたりして遊んでみた。


「実はアヤトの体が奪われまして――」


 レーシュの視線が微妙にさまよい出してきた。

 いい感じに気にしてくれているようだな?

 もっとだ、もっと輝け! ウノさん! レーシュに負けない輝きを今ここに!


「――だから、リエルに貴女が狙われている状況なんです。世界の危機ですよ!」


「えっ! ああ、はい。そうだったのですね……? それより、その体は……?」


「この体はですね……って、なにこれっ!? なんで光ってるの、あたし!?」


 ウノさんの各部位をデコってみた。

 ジュエリーよりも光り輝く爪や、キラキラにした肌や唇に驚いてくれているな!

 どうかな、ウノさん? 自信作なんだが。


『大事な場面なんだから、真面目に聞いててよ!』


 怒られてしまった。

 気に入らなかったかー、完璧な化粧なのになー?

 じゃあ別の方向性でもやってみよう。


 その後もウノさんの顔を特殊メイク風にしたりしながら、マジメに聞いてみた。

 手足を伸ばして変形させてみた時に、明確な殺意をぶつけられたから止めた。

 ウノさん怖ーい。


「もうやだ、この体……こちらの事情はこういう感じです。伝わりましたか?」


「ええ……よく分かりました。貴女こそ、真の勇者さまだったのですね!」


 レーシュがなぜか、ウノさんに心を開いている。何があったのだろう?

 話を聞いていなかったが、いつのまにやらレーシュがウノさんを信頼していた。

 きっと、ウノさんが良い感じに騙してくれたのだろう。

 頼りがいのある子になったものだ。

 もう俺が教える事などないだろう。素晴らしい成長をしたなー。


 ウノさんの中で頷いて見守っていると、レーシュがおもむろに語りだした。


「そうですね。私の事情は、ウノさまもお察しの通りです。実は私は――」


 来たか……黒幕宣言だな。

 実はリエルを操っていたとか言って、黒い本性を現すぞ。

 さぁ、ここからレーシュをみんなで倒して、希望の未来にレッツゴーだ!


「世界に悪意を広めようとする敵を封印しただけの、無力な元魔術師です……」


 沈痛な顔して、無力宣言されてしまった。

 あれー? どういう事なんだろう……?

 ククク、やっと気づいたようだなー! とか言ってくれないと、反応に困るぞ?

 世界には悪役がいないと駄目だろー。そうだよなー、ウノさーん。


「やっぱり、そうだったんですね……」


 ウノさんが、レーシュの言葉に納得してしまった。

 ツッコミを放棄したのかな?

 大変な事態だなー。俺も構って欲しいんだけどなー。


「思えば長い時を過ごしました。我々は長年の修行の果てに異界を目指して――」


 ヤバい。レーシュが語りだした。マジで長そうだ。

 興味無いから、ウノちゃん後でまとめてくれるー?


『……変な事しないで待っててくれるなら、いいよ』


 わーい、ありがとー! 簡潔に説明してねー!


 どこまでならバレないかな? と、ウノさんの髪を伸ばしたりしながら待った。

 服の背中に、極道が背負いそうな龍柄の刺繍を縫い込めてると声をかけられた。


『何となく、把握できたよ。聞いてみる?』


 会心の出来だ! 極道の女を名乗っていいぞ、ウノさん。

 あ、話をまとめてくれたの?

 じゃあ、お願いしますねー。


 ――ハチミツのような、粘性の液体で満ちた異界を見つけたレーシュ様ご一行。

 その液体が、世界創世の始原の泥として利用できると判明したから大喜び。

 イメージを具現化できるその泥を使い、楽しくファンタジー世界を構築した。


 人間も作成できる神の所業を大いに満喫した魔術師の一人が、ある時、狂った。

 楽園なんてつまんねーから、悪魔要素を取り入れよーぜー! って感じで。

 悪意を受け入れたら、魔術を与える特典付き! という面白い事をしたのが。


『レーシュのお兄さんの派閥らしいよ』


 もうちょっと普通に教えてくれたが、だいたいこんな感じだ!


 泥以外に入手した希少な物質で、強い生物を作ったマッドな派閥でもあるとか。

 煩悩まみれの魂を呼び込んで、世界の生物を暴走させる術式も作ったそうだ。

 最終的には、魂を喰らう究極の悪魔を作成する予定もあったとか何とか。


 ……楽しい事をしてくれた、お兄さんだなー。お友達になりたいかもなー。

 そんで、レーシュの方は今まで何をしてたんだよ?


『世界を守るために身を捧げたって。敵の悪意に影響されて、精神が限界になったから救援要請したそうだよ。この大地はレーシュの派閥の人たちが作ったってさ』


 ドラゴンとか現地生物に魂を乗り移らせて戦う、身内争いもしたとか。

 それでレーシュ側が勝っちゃったのかー、悲しい話だな?

 レーシュさんも哀しそうにして……あれ? 何か楽しそうに喋ってんな?


「そして、私は高磁場のフィールドを結界として転用する術式を発明して世界を守護しました。電導性の高い液体で作成した生物群や魂なら即応できる態勢で――」


 まだグダグダと語ってるぞ? 話って終わったんじゃねえの?


『あたしにも、分からない事だってあるよ……細かい魔術話は聞き流したよ……』


 そっかー、若干申し訳ない。

 ウノさんとふたりで遠い目をしながら、演説するレーシュさんを眺めた。

 話す機会が無かったんだろうなー。とても楽しそうに喋ってらっしゃる。

 急に語られても困るんだが……


「ウノさまは魔術師を目指す方々と知り合ったのですね。恐らく我々の広めた思念の一端を入手した方でしょう。それが忌々しい敵のやり口でもあるのですが――」


 なー、ウノさーん。


『どしたの、アヤト?』


 レーシュは敵、敵って言ってるけどさー。

 よーするに兄とか元身内だって、あんまり言いたくないだけだよなー?


『うん、そうだね……兄って教えてくれた時も、心底嫌そうな顔してたよ……』


 壮大な兄妹喧嘩をしている連中に、俺たちは巻き込まれていたようだ。

 微妙な世界の危機だなー。

 もう放っておいてもいいんじゃねえかなー?


『でも放っておいたら、この世界で知り合った人たちが死んじゃうし……って、忘れてた! リエル対策を早くしないと!』


 あー、そうだったなー。どうでもいい雑談で、時間を潰し過ぎちまったなー。


「レーシュさん悪魔の弱点を詳しく教えて下さい! きっとそれがリエルです!」


「弱点ですか? 悪魔は究極を目指していたそうですから、弱点はないのでは? アヤトさまに与えた体を転用しているならば、まさしく無敵でしょうね」


 必死なウノさんに、レーシュがあっさりと結論を教えてくれた。

 コイツ、自分が命を狙われてるって自覚がねぇのかな……

 もしかして、精神を病んでらっしゃる?


「えぇぇー……どうしよう? レーシュをどこかに避難させればいいのかな……」


「心配なさらないでください、ウノさま。この大地は移動可能です。大空を飛んで移動すれば、簡単に位置を特定することはできないでしょう。移動させますね」


 安心のレーシュ保証だなー。なら問題はねーな?

 ついでに俺もウノさんに情報を教えてあげて、安心させてやるとするか!


『大丈夫だよー、ウノさん。リエルはまだ、牢屋の中にいるぜー』


『そうなの? それなら安心……って、何でわかるの?』


『だって、俺はリエルだぞ? 俺がどこにいるかなんて、簡単に分かるだろ?』


「……ッッ! レーシュさん、ストップ! これ動かすの止めてください!」


 ウノさんが必死になって止めてきた。どうしたんだ?


「あら? 申し訳ありません。もう動かしてしまいました。すぐに止めますね」


「うわー、大丈夫かなこれ……アヤト? リエルはどうしてる?」


『リエル? あー、なんか急に動き出したな。凄い速さで飛んでるなー』


 グングン上昇して、すぐに俺と同じ横軸まで来た気がする。

 早いなー。もうメシを喰い終わって翼を作ったのかな?

 俺が動いてるのを心配して、飛んで来てくれたのかもしれないなー。わははー。


「うあー……何も対抗策がないよ。どうしよう……」


 ウノさんがオロオロしている。

 なぁに、問題ねーよ。こういう状況は、防御側が圧倒的に有利なハズだ!

 まずはここに、防御陣地を作ってだな……?

 草原しかねーなー……何も備えられねー。

 足手まといのレーシュがいるだけだから、むしろ不利な状況だな。


『おっ、こっちにリエルが飛んできてるぜー。出迎えてやろー』


「……レーシュさん、一応、この大地の周囲に結界を張ってみて頂けますか?」


「分かりました。現在可能な最高硬度で張りましょう!」


 無駄な足掻きをしてるなー。


 あっちからくるよー、ウノさーん。と指示して、リエルを出迎えてみた。

 黒ゴマみたいな黒点が、遠くから高速で迫ってくる……

 戦闘機みたいな速度で突っこんできたリエルさんが、結界をガシャーン!

 と壊して、ダイナミックにエントリーしてきた。


「こんにちはー! 遊びに来たよー!」


 黒翼をバサリと動かし、体を軽く止めたリエルが、俺たちに向かって微笑んだ。

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