第42話 宇宙の塵

 夜空に星々が瞬くなあ。


 目覚めると、目の前に綺麗な星空が見えた。

 雲も大気も見えず、キラキラと輝く光でいっぱいだ。

 まだ夜なのかな? と思ったが、周囲全てに星々が見える。足の下にも。

 知らない天井どころか、室内っぽいものが何も見えない。ナニココ。

 俺は怪しい家の中にあった、客間のエアコンの中で眠りについたハズなのだが?


『寝てる間に、離れていっちゃったよー!』


 どこから離れていったと言うのだ、リエルさん?

 ボンヤリと周りを眺めていたら、遠くに太陽と、青く輝く星が見えた。

 見ていると、星がドンドン離れて小さくなっていく。

 ……ああ、どっか行きそうな感覚って、地球から離れそうな感覚だったのか?


『遠くにいっちゃったねー! どうしよっか?』


 捨て鉢だなリエルさんよー!? 引力無視して移動するとは思わなかったなー!

 宇宙に行っちまったのかよ、遠すぎるわ。

 クソっ……幽体離脱で別の惑星に行くとか、イカレた知識は見たな……

 俺はどこに向かっているというのだ。火星とかかな?


 体がどこかに引き寄せられるように、宇宙空間をふわふわと漂って行く。困った。

 これって地球に戻れるのかなー? リエルさーん?


『飛んでいけばいいよ? イメージすればー?』


 リエルは飛んでくれねぇの?

 ……なんか、どうでも良さそうな感じで放置してくれてるな?

 俺も考えるのをやめて、どこまで飛んで行くのか見届けたい気もするが……

 まだ地球にはやり残したことがある。一応、帰ってみるとするか。


 空気を噴出させる事もなく、よく分からない力で飛んでいく。

 見渡す限りの、黒に染まった空間を飛ぶ。

 灼熱の太陽に焦がれる羽虫のように、パタパタと飛び進む……


 いや、おせぇよ。何年かかるんだよ。景色も一切変わらねぇぞ。

 マッハで進んでも無理だろ。むしろ遠ざかってるわ。


『会いたい人を思うとか、自分の体に帰りたいとか考えればいいらしいよ?』


 なんで伝聞調なんだ? あぁ、覗いた知識のどっかにあったな。うん。

 自分の体にねぇ……考えれば考えるほど、地球から遠ざかっていく……

 そっちじゃない、そっちじゃない! もう考えるのは、やめておこう。


 しかし、会いたい人なんていねぇんだけどなー? 俺が思う人、人……?

 いろいろと人間を思い浮かべてみたが、どうも体が動かない。

 仕方なく、一番良く覚えている、ひとりの人物を思い浮かべた。


 闇の世界に身を浸し、黒煙の中で見届けた、脳裏に焼き付くあの顔を思う。

 胸の奥に残った記憶を抱き、すべてを象徴として見て、イメージを膨らませる。


 ――オレの事を思ってくれているハズの、アイツの所に行かなくては。

 共に死闘をくぐり抜けた。心の中に焼き付いた、あの顔をもう一度見なくては。

 オレを信頼してくれている、アイツがいる星へ……!


 思いが引力となり、グンと体が引き寄せられていく。

 空虚な闇ばかりの空間に、燃え上がるように輝く体が、流星の如く進んで行く。

 星はまるで、あの頃に見た灼熱に焼ける砂の色。骸となって煌めく終末の輝き。

 見渡す限りの死の世界で、慟哭した叫びを思い出す。

 オレが今すぐに行く、だから泣かないでくれ!


 物質の束縛を抜けたオレの体が、ただ一つの真理に呼応して加速していく。

 オレが繋がった唯一の思いを乗せて、体がアイツを求める光となって飛翔する。

 あのアフガンの大地を横目に、今アイツがいる島国へと大気を抜けて突っ走る。


 記憶の中にあった人の元へ、思念で加速させた体が辿り着く。

 陰気だと思った豪邸が、太陽の光を浴びて、のどかな姿を照らし出していた。

 家の周りをランニングするアイツの近くに体を滑り込ませ、オレは声をかけた。


「ハロー、オージー!」


「ハロー、リコ!」


 黒い口を動かして、ランニングウェアで陽気に走る、変な外人野郎と談笑した。

 俺が最も多くの内面を見ていた、ガッシーの近くに宇宙から飛んできたぞ。

 リコの思いを勝手に再現した事で、どうにか地球に戻ってこれたようだ。

 いやー危ないところだった。数時間の付き合いの親友がいてよかったなー。


『ウノとかじゃないんだー……?』


 ガッシーで遊んでいると、リエルが変な事を聞いてきた。

 ウノちゃんか? よしてくれよ。俺は、あいつの事なんて全然知らねぇよ?

 なんか知らんが、元気につきまとってくる変なヤツとしか思ってねぇぞ。


『そうだったんだー? じゃあ、わたしはー?』


 あー? オマエは俺だろうが? 一緒なんだろー?


『そっか、そっか。そうだったねー!』


 ……ふぅむ。リエルも陽気にしているが、実は不満があったりするのだろうか。

 思えば、コイツのやりたい事とか聞いてもいなかったな。

 このままずっと遊んでいたいなー。ぐらいの思考しか伝わってこねぇしなー。

 いい機会だ。少し意見を聞いてやろう。何せ、俺で私だからな。


 リエルー? 何かやりたい事とか、やって欲しくない事とかあるかー?

 頼み事でもあったなら、聞いてやらんこともないぞー。


『えー? 何も無いよー? でも、そうだねー……じゃあ、ひとつだけー』


 気持ち悪いから、もったいぶるんじゃねえよ。


『いちど、優先順位を変更して欲しいなー』


 ふわっとした事を言ってきたな……何の優先順位だよ?

 まぁいいや。要求してみろ。聞いてやろうじゃないか。

 ちょっとだけ、誰かの言葉を聞いてやりたい気分になったからな。


『聞いてくれるなら大丈夫ー! 今は、それでいいよー!』


 保留にしやがったなー? ちゃんと言えよー私ー!


 キャッキャと自分で自分を軽く叩きながら、陽光降り注ぐ家の周りを回る。

 変な外人が自分の手に向かって、ボソボソ話しかける一人遊びを眺めつつ。

 わたしは最後の穏やかな朝を迎えた。

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