第38話 霊界通信

 倒れた自分の姿を、部屋の上から見下ろした。

 急に部屋に入ってきた男が、俺とウノちゃんの口に布を押し当てている。

 痺れて床で悶えていた俺たちを、安らかに眠らせてくれたようだ。


 黒いタクティカルベストを着たその男は、俺の体を肩の上に担ぎ上げた。

 そのうえ、ウノちゃんの体を抱えるように持ち上げて部屋を出ていく。

 その姿を、俺は部屋に残って後ろから眺め続けていた。

 ……何だよこれ。俺が向こうにいっちまったぞ。


『魂が出ちゃったねー。抜けやすくなっちゃったのかなー?』


 あー……あれだなー? 幽体離脱ってやつだな?

 ストレスがかかると起こる、幻覚体験ってやつだ。

 これはきっと、俺の繊細な心が見せる幻覚だろう。

 まぁ珍しい体験だから、楽しんでみるとするか。

 何でも出来そうな万能感があるしな。明晰夢状態って感じだ。


 ふよふよと空中を漂いながら、俺の体を運んでいく不審者に憑いていく。

 微妙に動きづらいな? 置いて行かれそうだ。

 体内を見てる時の感覚で、チマチマ動いてる感じだぞ。

 リエルさーん。これ何とかならないかー?


『そうだねー……乗っ取ってみても大丈夫ー?』


 いいぜ。好きにしてみてくれよ。移動速度は大事だからな。


『わかったー。ちょっとやってみるよー』


 リエルさんが、がんばってくれているようだ。

 体内を這いずり回る変な感触を邪魔しないように、放置した。

 漂うだけの玉みたいな感覚の外に、翼が生えたような感触が出来る。


『これで飛べるよ?』


 うーん。動かすの面倒だな?

 もっと乗っ取ってみてもいいぞ。限界までスピードアップしてくれよ。


『大丈夫なのー? じゃあ体を作るねー!』


 ギシギシと脳内が軋むような感じがしたが、気にしないことにした。

 どうせ夢みたいなもんだろうからな。利便性を追求してもらいたい。

 俺の中の頼れる幻覚さんが、体を浸食してくる感覚に身を任せる。

 幽体離脱してる俺が、最初にリエルを見た時のような姿に変わっていった。


『これでどうかなー? 本当に大丈夫ー?』


 珍しく心配そうに聞いてきた。何か問題あるのかな?

 ……おー? うんうん。イメージしやすいな。

 ささっと空を飛べたぞ。俺って言うか、リエルを動かしてる感じになったが。

 びゅーんと空を飛んで、俺の体を持って行く男についていく。

 細かな事はリエルが勝手にやってるようだ。

 軽く左右にチョロチョロ動いたりして遊んでやがる。


『これでも壊れないんだー! アヤトはおかしいねー!』


 馬鹿にされてるのかなー?

 まぁいいや。リエルが楽しそうだから放っておこう。

 リエルさんの幻覚と混じってヤバい体験してる気分になったが、気にしないぞ。

 どうでもいいから、あの男を追いかけてくれよリエル。

 何か面白い事をしてくれそうだ。

 それに、ウノちゃんの事も一応見ておかないとなー。


 了解とでも言いたげに、上下に高速移動しやがった。酔いそうだからやめろ。

 びゅんびゅん飛び回る俺の姿は、男には見えていないみたいだ。

 顔のそばで動いてみても目線が変わらない。

 外人っぽい顔だった男は、無表情のまま進んで行く。


 玄関を開けた男は、外で待機していた連中を家の中に引き入れていった。

 入り込んだ連中は、引っ越し業者の格好をしている日本人っぽかったな。

 ……人さらいする上に、大掛かりな泥棒でもするのか?

 部屋の中の物を運び出すためにあるような台車が、家の外に用意されている。


 男は無言のまま、明かりが点いているマンションの廊下を進んで行く。

 他の場所は停電していないみたいだな?

 俺の家だけが停電する不具合があったようだ。欠陥住宅かよ。

 男はエレベータには乗らず、設置されていた階段を上り始めた。

 最上階にある、カギのかかっているはずの扉をそのまま開けて屋上に出る。


 広い屋上の中央には、ヘリコプターが用意されていた。

 パイロットが既にいて、いつでも発進できるように待ち構えている。

 男は、俺とウノちゃんの体をヘリに放り込むようにして乗り込んだ。

 当然、俺も中に便乗させてもらった。乗り物と一緒に動けるのか、この体?


『難しいかもー? この人に便乗しよー!』


 リエルが勝手に動いて、男の体の中に入り込んでいく。

 男の中の、俺の魂があったような場所に入っていっているようだ。

 少し進むと、白く輝く玉が見えてきた。ヒビ割れも無い綺麗な玉だな?


『ちょっと入らせてもらうよー!』


 右手が広げられて、小さなリエルの手から黒色の爪が伸び出した。

 玉に食い込ませるように、黒い爪を突き出す。

 ズブズブと爪が玉の中に沈みこんでいく。

 大丈夫なのか? 斬られてはいないみたいだが、浸食してるっぽいぞ。


『アヤトには、よくやってたよー? この人が大丈夫かは知らなーい』


 玉が拒絶するように振動している……俺にこんなことやってたのかリエルー!?

 ……俺は大丈夫だし、この人も大丈夫だろう。

 大丈夫かな? ちょっとは覚悟しておくか。


 そうして爪が伸ばされ、奥へと進むと同時に、妙な知識が入ってきた。

 男が特殊部隊に入るまでの半生と、変な宗教にハマって結社に入るまでの記憶。

 砂漠での戦闘で起こった同僚の死に、嘆き苦しむ感情もついでに入ってきたぞ。

 リエルさんが喜ぶ感覚も伝わってきた。美味しいかー?


『すっごく美味しいよー!』


 そっかー、知ってたぞー。

 感情が入ると同時に、黒いモノが玉の中に入った気がしたが気のせいだろう……

 味わって喜んでいるリエルさんを放っといて、記憶を覗いていく。

 細かなところは放置して、最近っぽい表層の部分を探るように意識してみた。

 爪がガサガサと探る動きをして、それっぽい部分を浸食してくれたぞ。


 よく分からんが、男は哲学者になるための任務で俺を捕獲したようだ。

 どういうことなんだよ……哲学的だな?

 なにやら俺は、男の所属する組織から重要人物扱いされているらしい。

 話を聞きたいから、絶対に俺は殺さず連れてこいと指示を受けていたようだ。


 ウノちゃんは男の判断で、ついでに捕獲してみたらしい。

 ついでかよ。ひたすら巻き込まれてるなーウノちゃん。ヒロインかな?

 他の事は特に指示されていないようだが、とりあえずは安心だな。

 死なないなら何でもいいやー。リエルー、後は好きに遊ぼうぜー。


『えっ? いいのー?』


 いいぞー、勝手に俺の体を持っていくヤツだからな。

 壊れないなら、どうなってもいいだろう。

 移動中は暇だろうし、好き勝手やっておけよ、リエルさんよー。


『わーい! 遊ぶよー!』


 リエルの爪が、男の中をグチャグチャにかきまわしていく……

 この人、大丈夫か? 急にヘリから飛び出たりしなきゃいいんだが。

 リエルー! 暴れさせたりしないようにだけは注意してくれよー!


『大丈夫ー! この人、気絶して動かなくなっちゃってるよー!』


 それなら大丈夫だなー? ……本当に大丈夫なのかそれー!?

 まー、死んでないならいいか。

 記憶が色々入ってきたせいで、殺すのだけは少し嫌になったからな。

 スマンな、アメリカ人のオーガスタスさん。実験体としてがんばってくれ。

 オガタさんは、リエルの遊び相手として活躍してくれたと記憶しておくぞ。


 子どもが遊ぶ粘土のように、リエルは男の魂を好きに弄り回していた。

 壊そうとはしていないみたいだが、苦しむ記憶を吸い出して遊んでいるようだ。

 穴の開いた玉になった男の魂に、リエルの黒い痕跡がポツポツと残っていく。

 リエルー? これってもしかして、魔物になったりするのかー?


『うぅん? ガッシーが動けるようにしてみただけだよー』


 誰だよガッシーって。あぁ、オガタさんの昔の愛称か。

 リエルもコイツの記憶をちゃんと読んでたんだな。

 オガタさんが虐められてた頃の愛称で呼ぶつもりのようだ。リエルは酷いなー。

 ならば俺も、そう呼んでやる事にしよう。ヘイ、ガッシー、動け!


 グダグダと無駄な事を考えていると、玉がパッと外の光景を映した。

 魂をモニター化してくれたのか。便利でいいな。映像と文字が浮かんでいく。

 ヘリはどこかの発着場に到着していた。郊外のヘリポートっぽい。


 ガッシーはヘリの中で起き上がって不審そうにしてる。

 何か魔術をかけられたのか? とか考えているようだ。中二病かよ。

 心配そうに声をかけてきたヘリのパイロットと軽く問答している。

 あとは引き渡すだけだから問題ない、とかガッシーが言ってるぞ。

 脳天気なヤツだな? 上機嫌に笑い飛ばしながらトークしているようだ。


『これならやっぱり動けるねー!』


 ああ、動けるようにしたってそういうやつ?

 洗脳したのかい、リエルさん? ガッシーの雰囲気が変わりすぎてて怖いぞ。

 ヘリパイロットに笑って手を振る変な外人になってる。幸せそうだからいいか。


 俺とウノちゃんの体を運びだしたガッシーは、用意してたらしい車に放り込む。

 鼻歌まじりに運転席に乗り込み、車を走らせていると、すぐに家が見えてきた。

 ……陰気な豪邸って感じだ。

 近所の子どもから、お化け屋敷扱いされそうな気もする洋風の家だな。

 記憶を読んでみたが、ここにガッシーが所属する組織の偉いヤツがいるそうだ。


 俺たちを運ぶガッシーが家の玄関を開けると、七芒星がお出迎えしてくれた。

 家の紋章かな? 垂れ幕に魔法陣っぽいものが描かれている……

 特徴的な白黒のタイル模様が続く、変な床の家だ。何風の建築なんだこれ。

 ガッシーは機能性皆無の柱だらけの廊下を進み、香が焚かれている部屋に入る。


 部屋の中は今にも演劇を開始できそうな雰囲気の、気味の悪い場所だった。

 机の上に人の頭蓋骨が置かれ、何語か分からん字が書かれた開かれた本もある。

 本の上にロウソクとか羽とか置かれているせいで、そもそも読めそうにないが。

 トランプやら水晶玉やら鏡などの、それっぽい小道具も大量に置いてある。

 被り物の犬の頭みたいなモノなんかもあるな? 無駄に精巧で高そうだが。


 ガッシーは、その部屋の長椅子に俺とウノちゃんの体を置いて出ていった。

 しょうがないから便利な体は乗り捨てて、俺は自分の体の上に残る事にした。

 ……この部屋を見て、だいたい事態は把握できたな。

 つまり俺は、劇団か中二病サークルに勧誘される事になったワケだな!


『そうなのー?』


 いや知らんけど。他に可能性はないだろう。こんな変な知り合いはいないしな。


『そーなのかなー』


 暇そうなリエルさんが、部屋の中をブンブン飛び回る。

 重厚なカーテンを風でバサバサめくったりして遊んでる。

 落ち着きのない子だなー。俺も暇だし便乗するかー。


 机にあった羽ペンを動かして、ウノちゃんの額に落書きでもしようとした時。

 ガッシーが、部屋の中に女を連れて戻ってきた。


 古風な布の衣装をまとって、さまざまなアクセサリーを身に着けた女性。

 黒髪だが日本人っぽくないな。東欧系だ。コイツが中二病サークルのボスかな?

 長い髪と衣装を揺らしながら、俺の体に近づいてきて喋った。


「...He passed away」


 女は俺の安らかな寝顔を見て、深刻な顔をしていた。

 ガッシーが慌てて俺の体を診て、目を見開いて冷や汗をかいてる。

 ……何だか分からんが、コイツらから話を聞くのは面倒そうだ。

 手っ取り早く情報を引き出してしまおうか。

 いけリエル! この女の記憶も奪ってしまえ!


『任せてー! オマエの魂も寄越せー! わははー!』


 なんか不穏な事を言いながら、リエルは笑って女の中に突っ込んでいった。

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