第37話 暗黒世界にようこそ

 俺の目の前で兵士たちが土を踏み鳴らして、隊列を組んでいく。

 一糸乱れぬ動きで背筋を伸ばし、片手を掲げて敬礼した。

 ……なんだ? 俺に礼をしてくれてるのかな?

 困るなー。もしかして俺、世界とか救っちゃったのかなー。


「にやにやしないでよ……空気読んで、おにーさん?」


 ウノちゃんが俺を叱ってきた。なぜだ。俺以外の何に礼をしているというのだ。


「あぁぁぁ……お師様が消えちゃった。あの外道が消えちゃいましたぁぁぁ」


 はらはらと涙を流しながら、笑顔を浮かべてるティネが見えた。

 そう変な顔をしたワケでもなさそうだな? どこの空気を読めばいいのだろう。

 ウノちゃんは悩ましげな顔をしている。面倒くさい空気は感じるな。


「もう帰ろうぜウノちゃん? 居心地悪い気がするぞ」


 こういう時は逃げた方がいいだろう。俺の感覚は間違っていないハズだ。


「えぇっ!? あたし、まだ残って居たいような気がするんだケド」


「何かやること残ってたか? 軽くすむ用事なら付き合うぞ」


 聞いてみたが、余計に複雑な表情を見せて悩んでくれた。


「か、観光したいかも……? そう、始めは興味本位だった……?

 でも、救わなきゃって思って……あれ、何で戦ったりしたんだろう……?」


 洗脳が解けかけてるのか? リエルー、どう思うー?


『そうかもー? 落ち着いたら、きっと大丈夫だよー!』


 それなら良かった。いったん帰って落ち着かせた方がよさそうだな。

 マジで帰るとするか。

 ……っつーか、次に来る時はウノちゃんは洗脳せずに来れるのか?


『レーシュを使うなら難しいかもー? 簡単に来れるようにしてみる?』


 どうするんだ? 魂を壊すとかはやめて欲しい気がするぞ。


『えっとねー、線をわたしのものにするのー! 転移魔術を乗っ取るよー!』


 へー、そんなことできるんだ? なら任せたぞ。


『わかったー! おとーさんの知識を喰らえー!』


 ズルりと俺の中から抜けたリエルは、そのままウノちゃんの中に潜っていった。


「わぁっ!? なに! なに!? なんでリエルが入ってきたの!?」


「気にするなウノちゃん! 気にしたら負けるぞ! 大丈夫だ!」


「マジメに説明してよ!? って、あたし大きくなってない? 何なのこれ!」


 俺の体から抜けた分の体積が入ったのかな?

 リエルが入った分だけ、ウノちゃんの背が伸びていた。

 すらりと手足が伸びてオトナな感じになったな。カッコいいぞ!


「ウノちゃんは俺の体が育てた。大きく育ってよかったな?」


「怖いよ! ホントに育ったけど何? これが異世界の魔法!?」


 プルプル震えて驚愕してらっしゃる。

 きっと大きくなりたいという夢が叶ったんだろう。よかったなあ。

 育った姿を、孫を見るような想いを込めて見守ってやった。


「終わったよー!」


 しばらくしたら、リエルが抜けて縮んでしまった。

 ウノちゃんが凄く残念そう。

 地面に手をついて「何だったの……」とか言ってる。かわいそうにな?


「今度来る時は、ずっとリエルと合体してもらってても面白いかもな」


「リエルはそんな事できるんだ……?」


『長い間やっちゃうと、汚染しちゃうかもー?』


 何かマズそうだな? アホの子が増えると困る、あまりやらない方がいいか。

 さて、準備が終わったならウノちゃんを返してやってくれ、リエル。


『わかったー! 抜くよー!』


 俺の中から凶悪な腕が伸びて、ウノちゃんの中に沈み込む。


「腕ーっ!? 今度はなにっ!」


「抜くだけだ。大丈夫だぞ?」


 笑顔で教えたら、ワケが分からないとでも言いたげな顔で固まってしまった。

 そのまま、どんどんメタリックな色に変わって彫像のようになっていく。

 お、戻ったみたいだな? 彫像から腕を引き抜いたリエルの腕も戻ってきたぞ。


 そうしてダサい彫像になったウノちゃんを眺めていると、声がかけられた。


「勇者さまは去ったのか……?」


 漫才を見守ってくれていたオッサンが聞いてきた。

 勇者って誰だっけ? 俺かな?


『ウノの事じゃないのー?』


 そんな話もあったっけ……? よく覚えてないな。適当に話をあわせてやるか。


「役目を終えたので去りました。またこの国が危機に陥る時に再来するでしょう」


「……まだ何かあるのか? このような危機は、もう沢山なのだが」


 オッサンが嫌そうな顔をしている。そんなに来てほしくないのか。

 だがまぁ具体的には、明日とかに再来するだろう。

 何か危機を起こしてやらねば。

 決意を胸に抱いて、俺も去ることにしよう。


「という訳で、俺も去りますね。今日は色々やって疲れましたから」


「ああ、それは助かったが……オマエは結局、何者だったのだ?」


 何か哲学的な事を聞いてきたぞ。俺とはいったい……

 分からないから丸投げしよう。俺は何者なんですかね、リエルさん?


『遊びに来た者じゃないのー?』


 あー、そうな。そのまんまだな。じゃあそのまんま伝えてやるか。


「俺は遊びに来た者です」


 オッサンにキリッとした顔で伝えてみた。

 何やら名状しがたい表情を返してくれたぞ。

 ツッコミ入れられても困るし、とっとと帰ろう。


「また遊びにきますから、その時はヨロでーす、じゃ……」


 挨拶の途中でオッサンに腕を掴まれてしまった。何するんですか。


「せめて事情を話せ。神に何があったというのだ」


 いや、俺もそんなこと知らねぇよ?

 ……知ってそうなヤツがいるから、そっちに丸投げしよう。


「俺より、そいつの方が詳しい事情を知ってますよ。問い詰めてやってください」


 変な顔をしてるティネを指差してやった。

 今なら抵抗もできないぐらいに弱ってるだろうし、イケルだろう。

 集まってるみんなでボコってやって、情報を吐かせてやってほしい。

 その場の全員の視線が、ティネの方に集まった。

 ようし、今のうちに逃げよう。


「ひゃいっ! 私っ!? でもでもお師様を吸った、あなたの方が知ってる――」


 何か言ってるが、責任のなすりつけ合いなんて醜い争いはゴメンだぜ。

 ほらリエル? 帰してくれー。


『もう帰ってるよー?』


 ……思考の途中で、雑に帰してくれていたようだ。

 インターホンの音と、ウノちゃんが俺の体を揺さぶる感触が伝わってくる。

 前兆とか無いんですかねぇ? あっちの体はどうなってんだ……?

 ブツブツ考えながら床から起き上がると、ウノちゃんが焦った声をかけてきた。


「大変! 大変だよ! オヤジが変な連中に捕まったって連絡してきて……っ!」


 えーなにー? まだ変な影響受けてんのウノちゃん? ん、画面見ろって?

 突き付けてきたスマホ画面を見やると、変な部屋の写真が映っていた。

 三角形の中に目玉がある、変な壁掛け写真? 変な暗号文っぽい追記もある。


 メッセージ履歴を読むと、競馬場にいたら変な集団に拉致されたとか書いてある。

 助けて欲しいから、変なあんちゃんに連絡とってくれとも書いてあるな。

 へー……警察に連絡してくれじゃねえの?

 それに、なんでスマホは取り上げられてないんですかねぇ?


「オヤジがこんなマトモな文章書けるワケないよ! きっと勝手に使われてる!」


「ヤバい文章の間違いじゃねえのか……? 信頼されてるんだな、オヤジさん」


「ボケてる場合じゃないよ! なにこれ、どうすればいいんだろう……」


 ウノちゃんがオロオロしてらっしゃる。

 どうしようもねぇんじゃねえかなー?

 投げっぱなしにして、とりあえず、うるさいインターホンに出てみるとするか。


「はーい、どちらさんですかー?」


 出てみたが、返事はない。イタズラかな?

 玄関が映ってる液晶画面にはいないが……画面外でボソボソ呟いてる気がする。

 リエルさーん。何て言ってるか分かるかー?


『えー? ちょっとまってね……声紋が一致、突入開始……かなー?』


 おー、聴こえるんだなあ。

 つまり……本格的なピンポンダッシュだな? 楽しそうだな?

 気になってインターホン画面に集中していると、突然画面が暗くなった。

 部屋に点けていた明かりも消えやがった。停電かな? 困るなー。

 ここ、非常用に予備電源も備えてるマンションのハズなんだがなー……?


 まぁ、スマホをライト代わりにできるし、暇つぶしもできるからいいか。

 部屋の中で焦っているウノちゃんの所に行き、冷やかしながらスマホをいじる。

 むう……? 海外スパムが多いな? 変な英文のファンメールが大量だ。

 マジシャンとかチート野郎とか、熱いメッセージがたくさん届いてるぞ?

 俺なんかやっちゃいましたかねー?


「遊んでる場合じゃないよ! とりあえず警察に行こうよ、おにーさん!?」


「そう慌てるなよウノちゃん。こういうパターンだと警察は無意味なんだよ」


「なに言ってるの!? 誘拐されたんだよ!」


「なら、そのうち要求とか来るから大丈夫だって。ウノちゃんは心配性だなー」


 きっと、オヤジさんの狂言誘拐なんだろう。

 俺もたまに、そういう事をやりたい気分になるから分かるぞ。

 焦るウノちゃんの頭を冷やすために、冷たい風でも送ってやろう。


 そう考えて、夜景が見える窓へ近づいた時。

 太い線が上から伸びてきているのが見えた。

 ……俺の新たな力がまた目覚めたのかな? ロープっぽい太い線だな?


 眺めていると、線を伝って黒い影が降りて来て、俺の体に飛び込んできた。

 俺の首筋に何かが押し付けられ、バリッとデカい音を発生させた。

 俺の体が倒れこみ、床に崩れ落ちる。

 黒いヤツは、そのままウノちゃんの元へ向かって、手早く同じ作業をした。


「対象確保。これより帰投します」


 黒ずくめの男が通信機に報告しているのを、俺は体の外からジッと眺めていた。

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