第33話 スタート地点

 ――無理です! もう持ちません! 結界が破れてしまいます!


 はい了解ー。じゃ次の結界お願いしまーす。レーシュさまー、がんばってー!


 弱音を吐く声を聞き流して応援しつつ、迫ってくるザコ鳥連中を攻撃し続ける。

 敵が俺を標的にして突っ込んでくるから、最前線で飛び回って遊んでみた。

 鳥が歌い、腐った花のような香りがする、素敵な敵のど真ん前だ。最悪だな。

 ぢゅんぢゅん鳴いてる鳥と、ゾンビな竜の匂いが嫌すぎる場所だぜ。クソっ。


 手刀をぶんぶん振り回して鳥の処理はしてみたが、ボスには全く効いてねぇな。

 俺が出せる、手軽な最強の攻撃のカマイタチを当ててもダメージ無さそうだ。

 リエルのお母さまが、ひたすら元気に理性を無くして暴れてらっしゃる。


「GRAAAAGH!!!」


 足元に張って邪魔してる結界を、ガラスを割るようにバキバキ壊しておられる。

 時間稼ぎするためにレーシュの手助けも借りたが、どうしようもねぇなコレ。

 気絶させるどころか、傷つけることすら難しそうだ。

 体中から黒煙を吹き出してる上に、稲光まで発生させて楽しそうに叫んでるぞ。


 接近も不可能だな。触っただけで吹っ飛ばされそうだ。

 治してやる余裕なんてカケラもない。

 翼に穴が開いているせいか、空を飛んで襲ってこないのだけが幸いか?


 ……羽虫対大怪獣って感じになってるな。

 俺は当然、飛び回ってるだけの羽虫役だぞ。チクショウが!

 やってらんねーわー。マジで勝ち目ゼロっスわー。リエルの保証付きだしなー。


『ねー、勝ち目ないでしょー? 諦めて帰ろー?』


 どうでもいいから帰って遊びたいなー! と思ってるリエルが俺に退却を促す。

 空を飛んで、咆哮音をかき消す手伝いもしてくれているが、やる気はゼロだな。

 俺もそんなにやる気はないぞ?

 けど、がんばってる子がいるからなぁ……


 離れた場所から、全力攻撃してる兵士軍団の鼓舞をしているウノちゃんを見た。


「全員、弓を撃ちまくって! 大きな敵は足を壊して飽和攻撃が鉄則だよ!」


 遠くの声を引き寄せて聞いてみたが……それ無理だろー?

 最大の遠距離攻撃手段が弓矢攻撃の世界で、怪獣と戦うのは不可能だって。

 なぜか出撃準備が整っていた兵士を連れてきてみたが、役立ちそうにねぇなー。

 百万本ぐらい矢を撃てば倒せるかもってぐらいか? 諦めたほうがいいぞー。


 撃ってる矢に追い風をかけて手伝ったが、蚊の攻撃って感じだな。無理だこれ。

 魔法使いっぽい集団も炎とか出して攻撃してくれているが、効いてなさそうだ。


「負けないで、望みを捨てちゃダメだよ! あの……アレが何とかしてくれる!」


 なんか微妙な声援を送ってくれたぞ。

 おう、がんばるから普通に呼んでくれよウノちゃん。

 手を振って応えてやったが、一番ちっさい子がジト目で見てきてる気がする。

 俺がんばってるのになー。


 飛び回って時間稼いでるだけなのは、駄目かなー?

 攻撃も気合い入れて、やってやるとするか! 風の刃の乱れうちを喰らえー!

 ……ちょっとだけ削れた気がするぞ。切ない。無意味だ。もう諦めようかなー?


『おかーさんは硬いよー! 勝てないよー!』


 だよなー、腐った母無双を見物しておくかー?

 飛んでくるザコ鳥の処理だけして観察してみるか。軽く斬り裂いて飛び回ろう。


 ……ウノちゃんの方にも、少し漏れていった鳥どもが突っ込んでいってるな。

 敵連中は俺たちの体を狙ってきてるらしい。

 囮になるには便利だが、ウノちゃんは大丈夫か?

 鳥に虐められる可哀そうな少女って感じの、酷い絵ヅラになりそうだぞ?


 あ……素手で鳥をぶん殴って撃ち落としてる……強いなーウノちゃん。安心だ。

 堂に入った正拳突きとか回し蹴りをしてらっしゃる。空手少女かな?

 怒らせたら怖そうだ。

 俺も殴られないように、がんばって戦うフリをするとしよう。

 

 さて、そのために……他の状況はどうなってる? 声を飛ばして確認してみた。


「ティネさーん? 湖の方は順調ですかー?」


「はひいぃっ!? 順調ですっ! 良い感じで完成できそうですよぅっ!」


 頼み事をしていたのだが、ダメっぽいな。

 酷い返事だ……まぁ期待せずに行ってみるか。

 ゾンビドラゴンさんの頭にバンバンと空気砲を当て、挑発しながら逃げていく。

 スゲェでかい遠吠えを上げながら、元気に向かって来てくれたぞ。怖い怖い。


「NGAAAHHHHHH!」


 ゾンビ竜が気合いを入れた雄たけびを上げると、黒い体の周囲に風が集まった。

 風が唸って、黒々とした竜巻を発射してきた。リエルの上位互換かな?

 相殺しようとしても、次々と攻撃してきて手が付けられない。逃げるしかねぇ。


 矢や風の刃も接触前に風で弾き飛ばされるようになって、効果が無くなった。

 敵の漆黒の体の各所にある無数の目玉が、らんらんと輝いて俺を補足してる。

 わはは、もう駄目だー。おしまいだー。


「ウノちゃーん! 無理そうだから、逃げておいてくれー!」


 声だけ飛ばして、あとは気にしない。聞いてくれてなかったらヤバいかもなー。

 ここは俺に任せて逃げろーって感じだな。俺も即座に逃げ出せるんだがな。

 ゲラゲラ笑いながら、攻撃を避けて逃げる。

 離れすぎてもヤバいし、近づいたら噛みつき攻撃の牙が恐ろしい。

 風に舞う落ち葉って感じだな。喰らうと体が裂けたり、穴が開きそうだ。


『避けて遊ぶのー? もうやめようよー』


 俺の中のリエルさんはツマラなさそうだ。

 重いモノ持って飛んでるだけだからなー。

 本当に、好みの遊びではなさそうだ……萎えて線を抜きそうな気配を感じる……

 ヤバいな、強制終了されてしまう。ここで台無しにされると困るぞ。


 まぁ焦らないでくれよ、リエルさんよー。切断して終わるのは待ってくれ。

 リエルも楽しめる事をするから、もうちょっと、がんばってみてくれねぇか?


『ふぅん? そうなんだー。じゃあ、もうちょっとがんばるー!』


 ……何で俺は異世界でガキのお守りしてんだろ? 前世で悪い事でもしたかな。

 自問自答しながら逃げ続ける。弾幕を避けるシューティングゲーム気分だ。


 ちょっとだけ、やる気をだしてくれたリエルだけが頼りだな。

 黒渦の弾幕を回避して、ガリガリと身を削りながら移動する。

 空中を滑るように加速して逃げ続けて、目標地点に到着した。


「できました! できましたよ! 立派なトゲトゲ落とし穴の完成ですよっ!」


 ティネさんが嬉しそうに、頼んでた罠が完成した報告を入れてくれた。

 氷結した湖の中央に、大きな穴が開いているのが見える。

 底には無数の武器やツララがびっしりと敷き詰められ、凶悪な罠と化している。

 近接戦闘できる相手じゃねえから、弓以外の武器は全部ここに置いてもらった。

 なんかオッサンたちが「愛用の槍がー!」とかホザいていたが、知ったことか。


 トボトボ退避している罠敷設集団の中に、哀愁漂う背中が見えた気がする……

 オッサンたちも普通に戦いたがっていたが、無駄な抵抗すぎるからな。

 罠の槍が効けば喜んでくれるだろう。きっと。場外で見守っていてほしい。


 さて、表面を薄く氷で覆って隠してくれてはいるが、見え見えの落とし穴だな。

 普通は引っかからないだろうが、足元を見て無さそうな敵相手なら大丈夫だろ。


 狂乱しながら突っ込んでくる巨竜を、罠に誘い込むように飛び回った。

 追いかけてきた巨体が氷を踏みつけると、盛大に割れ砕けて体が沈んでいく。

 ズルズルと滑り落ちる腐った体に、無数の棘が刺さっていく……グロいな。


「NGAH!?」


 バタバタと巨大な足でかきわけるように暴れているが、深く沈み込んでいく。

 体全部は沈まなさそうだが、滑っていってるし、それなりに効果がありそうだ。


 俺以外に、その光景を湖のほとりで眺めてピョンピョン飛び跳ねてるのがいた。


「ひゃぁぁっ!! やりました! やってやりましたよ! 復讐できましたっ!」


 ティネさんがやたら激しく喜んでる。黒い関係性が見えるが、放置しよう。


「喜ぶのはいいから、もっと追い打ちをかけておいてくださいねー」


「了解ですぅっ! ふひっ、お師様! おぞましい竜様! ごめんなひゃいっ!」


 楽しそうに攻撃してくれてるな……氷柱を当ててケタケタ笑ってらっしゃる。

 任せておいてよさそうだ。湖の妖精の本領を発揮しておいてもらおう。


『うーん。楽しそうだけど、すぐに出てきちゃうよー?』


 まー、そうだろうなー。凍結させて倒せれば楽なんだけどなー。

 相手がデカすぎるせいで、そういう搦め手での対処が無理っぽいんだよなー。

 暴れてグダグダだから罠にハマってるが、落ち着いたらすぐ脱出しそうだしな。

 じゃあ次の手でいこう。あそこに遊びに行くぞー。


 おーい、レーシュさーん、見てるー?


 ――はい! 怨嗟を撒き散らす、愚かで老醜な敵を討滅してくれるのですね!?


 いや、そういうのはいいから。俺をそっちに転移させてくれないか?


 ――はい!? 何故ですか!? 逃げるのですかッ!?


 戦う戦う。戦うから早く転移させてくれ。急げよ。倒せなくなるぞ?


 ――ううっ、分かりました。何か考えがあるのですね? 信じますよ……


 チョロいなー。言葉を選ぶ必要も無いな。

 速攻で魔法陣が迫ってきた。

 パパっと移動させてくれたぞ。転移だけは優秀だな、この神様。


「アヤトさま! ここで何をなさるのですか! あの化け物を倒してください!」


 目の前に焦りまくってるレーシュがいる。

 混乱しながら転移させてくれたのか? 大丈夫かコイツ?

 とっとと頼みだけ言って用事を済ませるか。


「この大地を敵にぶつけてくれ。隕石の質量攻撃で倒してしまおう」


「それを期待したのですかっ!? 無理です! この大地は必要なモノです!」


 まぁ、そう言われるとは思ってたぜ。これが出来れば話が早かったんだがな。

 ……じゃ、次善策で行くとするか。


「ならいいや。代わりに結界で敵の動きを封じておいてくれ。頼んだぞレーシュ」


「やってはみますが……すぐに破壊される程度の余力しかありませんよ?」


「大丈夫だ、問題ない。どうでもいい結界を頼む。すぐに終わらせるからな」


 ぐっ、と屈伸運動して準備する。

 一番良い素材で出来ている体の調子は良さそうだし、問題ないハズだ。


『ここで、何をするのー?』


 あー? まだ心を読んでなかったのか?

 びゅーんっと飛ばすんだよ。大した工夫でもねえよ。単純な話だ。

 こういうのは得意だろ? 手伝ってくれよ、リエル。


『あー……そっかー! わかった! 任せてー!』


 おー、任せたぞー。じゃあ行くとするか。

 ここは……そうだな。ウノちゃんのマネで行くとしよう!


「世界をー! 救うぞー!」


『よーい、どーん!』


 ケラケラ笑うリエルの声援を受けた俺は、大地の端まで走り抜けて身投げした。

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