第29話 キミの姿が浮かぶ

 ヒモ無しバンジージャンプを決行したウノちゃんを追いかけて飛び降りた。


 クソっ……雲海が遠く離れた下の方に見えるな……ッ!

 雲の上に小さい粒みたいなモンが見えるが、あれがウノちゃんかッ!?

 おいリエル! 急げ! 加速させろ!


『いいのー?』


 構うか! 遠慮せず全速力で追いつかせろ! 見失ったらヤバい!


『わかった! いっくよー!』


 背中を風が押してくれるが、まだ遅い!


 追いつく前に、ぶ厚い雲の中に粒が入ったのが見えた……クソッ!

 俺の降下を妨げる風の流れを排除するように、腕を振って急いで落ちて行く。

 落下しながらの泳ぎみたいなモンか? どうでもいいか、とにかく急げ!


『もーっと! 手伝うよー!』


 前方の空気の壁をリエルが散らしてくれたようだ。

 体にぶつかってきていた空気の抵抗が抜けて、俺の落下速度が増し続ける。


 チィ……ッ! 雲に入ったが、周りが何も見えねぇぞッ!

 しゃあねぇ、雲を抜けた先で探すか。速度を上げてくれリエル! 早くだッ!


『あははーッ! はっやーいッ!』


 ウノちゃんを探してくれる気はなさそうだが心強い!

 追い風と抵抗の無い重力加速によって、俺の降下速度が増し続ける。


 雲を突き抜けたが、俺の周りに絡みついて視界を妨げる……鬱陶しいッ!

 まとわりつく雲を散らしてみたが、何も分からん。ウノちゃんはどこだ!?

 凄まじい勢いで地上が接近してくるが、落ちて行く何かが見当たらない。


 街が見えるが、既に落下してたりしねぇよな? 軽く見回したが分からない。

 不気味な黒い煙が山の方から漏れ出して見えるが、構ってられねぇな!


 ……まさか、追い越したか?

 振り返って空を見上げると、いままさに雲を抜けた何かが見えた。

 あれがウノかッ!? おいリエル! 停止させろッ!


『えっ? すぐには無理だよー?』


 おいぃぃッ!?

 あー……クソッ! リエル? オマエ飛べるよな?

 アイツの所に行って助けてやれ!


『アヤトはどうするのー?』


 いいから早く行けッ! ウノに死なれたら色々困るんだよッ!


『ふぅん? ……わかった。それなら任せてー』


 俺の中から抜けていった翼が飛んでいく。

 体がブチっと切り離されたような感触が気持ち悪ぃ……気にしてられねぇな。

 眺めてる暇もねぇぞ。俺がヤバい!


 俺の体に衝突した空気が断熱圧縮されて、真っ赤に燃えてる気すらする。

 とんでもないスピードで地面が迫ってくる。街に落ちたらマズそうだ。

 どうにか体をズラして、無人っぽい広い平原に落下地点を定めた。

 後は全力で地面に叩きつけるしかねぇか!


 地面に向かって手の平を連続で叩きつけ続ける。

 速度がわずかに落ちたかもしれないが、ほんの少しだった。

 地面に俺の体が突き刺さり、爆煙のような土煙が上がったのが見えた気がした。


 *


 ――生きてんのかな、俺。

 真っ暗な中で目を覚ました。

 暗く湿った空気が少しだけある。

 今まで見えていた、鬱陶しい風の線がほとんど見えない。

 手を伸ばすと、柔らかな土の感触がした。


 ……埋もれてんのか、俺。

 地中で目を覚ましたらしい。

 俺は、どっちが地上なのかも分からない地面の中にいた。


 えっと、土を削って、パラパラ落ちて行った方向が地下だよな?

 じゃあ、逆に進むしかねえか。

 頭の上に土が落ちてくる、微妙に嫌な方向に向かって掘り進んでみた。


 自由落下どころか、加速落下したのに普通に体が動く。

 どんな耐久性があるんだよ、この体。

 ……あの程度の落下なら問題ないという気持ちが、どこからか湧いてくる。

 体がボロボロになってる感じだから気のせいなんだろうが、何だこの感覚は?


 掘り進んでいくと、体の一部がベリッと剥がれた。

 チッ! やっぱ壊れてたか。

 小さく剥がれ落ちたそれは、形を変えて緑色に輝く鱗のようになった。

 鱗の中に、キラキラと輝く線の渦が見える。

 渦は圧縮した風を放つ時を待ち焦がれるように、クルクルと回っている……?


 なんだこれ。リエルー? これなにー?

 聞いてみたが、答えはなかった。

 あー、出ていってたよなアイツ。体が軽くなったし、それは覚えてるんだが……

 本当にいないのか? 変な気配があるんだが……?

 ずっと、リエルが、そばにいるような……


 気配に集中して、この体の中を覗き込むと、リエルが居た場所が見えた。

 いつもリエルの姿しか見てなくて、ハッキリとは確認していなかった場所だな。

 周囲をよく見ると、黒い影に、汚染され尽くされてるように見えるんだが……

 ヤベェな。何だこりゃ、何でいままで気づかなかったんだ?


 そこは、気持ち悪い人面が、そこら中に埋まっている黒い場所だった。

 呻き声みたいなものも、ときおり聴こえてくる気がする。

 俺の綺麗な心の中が台無しだな。

 ま、いいか。変な模様が大量に見えるだけって感じだし。

 それより、リエルの気配はどこですかねっと。


 安っぽいホラーハウスじみた雰囲気になっている場所を、ぐるりと見回した。

 どこにもリエルの姿は見当たらない。

 ただ、ずっと同じ場所に気配がある……?

 あー、このパターンは、あれだな。コレが、そうか。

 自覚してみたら、何てことは無かった。

 視点と一緒に動いていた自分を、置き去りにする事を意識して眺め直す。


 ひび割れた、傷だらけの大きな玉のようなモノが浮いているのが見えた。

 俺が考えている事が、文字や絵のようになって表面に流れている。

 便利なモニターだな? 色々考えてたらグチャグチャに流れて読みづらいが。

 傷痕を補修するように、割れた跡には緑の鱗がベタベタ貼りつけられている。

 ……何となく把握できた。俺の魂なんだろうな、コレ。


 浮いている玉を固定する、ケーブルのような線もくっついている。

 魂を固定する線ってヤツかな。

 ただ、少し変な印象だ。一番最初に感じた線とは違うような?

 ケーブルが、リエルの尻尾っぽい色ツヤになってるような気がする。


 よく観察してみると、玉の内部に緑色に輝く綺麗な何かが埋まっていた。

 小さく脈動していて、動きに合わせるように、ヒビ割れから風が流れ出ている。

 そこから、リエルの気配がずっとしている。

 これは、リエルの魂ってヤツかな? ……同化しちまってるな。

 ジッと眺めていると、奥底に隠されていたリエルの心が見えてきた。


 使命は面倒だから、全部忘れて遊びたいなー! という直球な意思がみえた。

 軽いノリの、熱い思いが伝わってくる。

 やっぱ何も考えてなかったか、リエル。

 ただ、隠したかった情報は多々あったらしい。変な知識が色々流れ込んできた。


 ……魂の支配? 現実と異界、二つの世界で生活を送って魂を奪う手順?

 シャーマニズム系の魔術っぽい知識が入ってきた。理解したくもねぇ……

 異世界オカルト知識かよ。瞑想修養する修行僧を破滅させるマニュアルか?

 手遅れになる前に、体と心も支配しろとかいう妙な意識も一緒に入ってきた。


 気付かれたらイヤだから隠しちゃえー! 的なリエルの想いも雑に入って来た。

 とにかく気にさせないように、ひたすら俺の思考を封じていたらしい。

 ありがたいな。どうでもいいモノは積極的に隠してほしいものだ。


 ついでのように、少し気になっていた自分の体の事も何となく理解できた。

 この体を上手く使えば、リエルに流し込まれた力をぶっぱなせる、と。

 俺は、これに気付く事ができないようにリエルに抑えつけられていた、とも。


 なるほど。脳みそハッキングされてたんだな。

 ウノちゃんも洗脳されてたみたいだし、間違いねぇな。

 ……別にいいけどよ。制限プレイも嫌いじゃない。

 だがまぁ、ここで使わない手はねぇ。一発かますか。


 体の中に流し込まれていた、風の息吹を回す。

 逆回転の吸い込む方向ではなく、正しい方向に強く渦を回す。

 リエルに制限させられていた、この体の力を使って、心のおもむくままに操る。

 俺の体にクソ大量に詰め込まれていた暴風が唸り声を上げる。

 俺の体が輝き、轟轟と音を立てた。


 何となく動かそうと思ったが、やりづらいな。

 風の流れを操る何かを想像してみるか。

 体の中にいる分かりやすいヤツが、楽しそうに両手を高く掲げるのを幻視する。


 ――ぶちかませ、リエルッ!


 脳内に刻まれていた姿を叫び、俺の中の嵐をぶっぱなした。

 けたたましい雄叫びを上げる嵐が、土砂を吹き上げていく。

 真上だけでなく、周囲の土壁をも風が大きく削りとって突き上げていく。

 グルグルと回る嵐の渦が、地下深くから地上に解き放たれたのを見た。

 大地が竜巻で削り取られて、高々と吹き飛ばされていく。


 大渦の嵐が空の彼方まで広がった。

 烈風が全ての雲を振り払っていく。

 土を取り除いた大穴の底から、明るくなった空を眺めた。


 晴れ晴れとした空の向こうから、翼を持った小さな影が俺に近づいてきた。

 俺の魂を弄り回していたリエルが、気絶してるウノちゃんを持って飛んできた。


「えーっと……気づいちゃった?」


 なぜか申し訳なさそうな顔をして、空中で止まりやがった。


「……ゴメンねー?」

 

 何で来ないんだ? 俺をいじくって、遊んでたことを謝ってるのか?


「うぅん? その、ね。何度か斬り裂いて、いろんな部分も壊しちゃったー……」


 ふーん。凄くどうでもいいなー。謝られても困る。

 いいから早く戻ってこいと思いつつ、風で引き寄せた。

 近くまで来たリエルが、首を傾げて不思議そうに見てくる。


「なんで近寄らせるのー? 心を狂わされるのって、人間は嫌じゃないのー?」


 はぁ? 何言ってるんだ? それぐらい、よくあることだろ?

 心を壊したり狂わせたりするなんて、遊ぶためには大事な事だろうに。

 理性をほどよく吹き飛ばしてくれるなら、むしろ歓迎するぞ。


「でもー……おかしいよー? わたしがいると、もっと壊れていっちゃうよー?」


 そのうち人格崩壊でもするってか?

 ……まぁ、別にいいだろ。思考が壊れるのも悪くない。

 壊れたなら、壊れたなりの楽しみもあるだろうさ。

 虚ろな笑みを浮かべて、ふらふら徘徊してる連中だって楽しく生きてるモンだ。


「なに……考えてるのー? わからないよ……もう、壊れちゃったのー?」


 何を考えてやっても、リエルには理解できていないようだ。

 俺の顔色をうかがって、不安そうにしている。

 畜生みたいな生物なのに、ヒト様の心を気にしてんのか? 

 ……クソっ、面倒だな。やってられねぇ。ツマんねぇ事で悩んでんじゃねえよ。


「いいから戻れ。オマエが入ってたほうが楽なんだよ。一緒に遊ぶんだろ?

 どうでもいい事なんて考えなくていいんだよ。

 リエルはアホみてぇに笑って遊んでろ。俺もそれ見て笑ってやるからよー」


 軽くヒビ割れて輝いている俺の体をトントンと叩いて、リエルを促してやった。


 笑って見ていると、リエルは顔を崩して、瞳を潤ませて楽しそうに入ってきた。

 リエルが体に入ってくると、壊れた体が補修されるように接合されていく。

 俺の中に居座った便利なヤツが、何も気にせず嬉しそうな声で叫んでいた。


『うんっ、わかった! 何も分からなくなるまで、ずっと一緒に遊ぼうね!』

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