第27話 幻想蟲毒
「あたしは大学生だ!」とウノちゃんに言われた。
えー、ウッソだー? 小六の平均身長未満だろ? そんな嘘には騙されねぇぞ。
免許証を見せてもらったらマジだった。ロリババアじゃねえか。
拝んでみたら殴られてしまった。粗雑に扱われる俺を慰めてくれリエル。
「アヤトが悪いー。いま、ウノを怒らせないで? 大変なのー」
そうですか。
ウノさんと会話して、仲良くなったリエルも俺に冷たくなってしまった。
まぁいいや。詳しい話はウノさんがしてくれるだろうし、静かに見ていよう。
怒ったウノさんは俺が頭に乗せた手も気にせず、リエルと会話している……?
「リエル? あたしにも色々教えてくれる? そう、そんなことがあったの……」
酒を飲み、もうろうとした視界の中、ウノさんが宙に向かって呟く姿を見た。
ブツブツと、どこかの空に向かって語り掛けるように会話をしている……?
そっちに、リエルはいねぇぞ……? ウノちゃんは、何と話してるんだ……?
ウノちゃんの頭に、片手の爪をずっと潜り込ませているリエルが微笑んできた。
「そこにもねー、わたしがいるよー? 気にしないでー?」
何かが気になった時、俺の中のどこかで銀線が輝いた。
「ふたりは難しいなー。ちょっと失敗したかなー? これで大丈夫ー?」
どこかでリエルが喋っていた……いや、違うな。ウノさんの隣にリエルがいる。
とても自然な様子で、仲良く会話をしている。楽しそうだ。友達みたいだなー。
俺が野球を眺めている間に、ウノさんはリエルから話を聞き出していた。
大丈夫だ。万全だ。何も問題はなさそうだ。気にしないでおこう。
ちょっと、酔ってしまったようだ。奇妙な酩酊感があるが、どうでもいいなー。
リエルさんは、ウノさんと俺を同時に眺めて満足そうに微笑んでいた。
「黒いのに対抗するための犠牲になった? らしいよ。リエルのお母さん」
なぜかウノちゃんが、リエルから聞いた内容を伝えてきた。
伝えられても困るなー。凄くどうでもよさそうな情報っぽいしなー。
「おかーさんはねー。降ってきた黒いのを吸い込んで、守ってたよー」
「へー、そーなのかー、知らなかったなー」
リエルさんが淡々と語ってくれたが、暗い話になりそうだ。興味ねぇなー。
「……何でこんな簡単な話も聞いてないの? 頭おかしいの? おにーさん?」
クソどうでもいい事情とか、聞きたくもなかったからな。
ウノちゃんが把握していたら、それでいいんじゃないかなー。
俺はあそこの世界には、観光ついでに遊びに行きたいだけなんだ。
体の異常にも慣れてきたし、細かい事はどうでもよくなってきたんだよ。
そんな感じで正直に言ってみたらウノちゃんに蹴られた。ボコボコだな俺。
色んな部分を痛めつけられて悲しんでいると、なぜかリエルさんが喜んでいた。
「そうだよねー。どうでもいいよねー! 何も気にしないで、一緒に遊ぼー?」
「だよなー! 重い話なんて気にしたくねーよなー!」
「そうそう! 考えて、止まっちゃったら、淀むよー! 気にしないでねー?」
「うんうん! どうでもいいよなー! 面倒だから全部放り出して遊ぼうぜー!」
二人で楽しく、全てを忘れて野球を眺めて遊ぶ事にしよう。
風に揺れる白球を眺めてキャッキャと遊んでいたら、ウノちゃんが突然叫んだ。
「こいつらダメだ! あたしが代わりに、その世界を救いに行くよ!」
仲間はずれにされていたウノちゃんが激しく燃えていた。何で急に?
「アヤトに無い部分だねー。どこを斬れば消せるかなー?」
リエルが何かしようとしていたが、ソレは止めてやりたいと、強く思った。
その子は、そのままにしておいた方が、きっと楽しいぞ。
やめてくれリエル。俺の遊び相手を奪うな。
「そうなの? わかったー」
そうそう。やりたいなら、やらせてやればいいんだよ。
どうよリエルさん?
ウノちゃんの自由意識に任せて、救わせてやるのをおススメしておくぜ。
世界なんて、救いたいヤツが勝手に楽しく救えばいいんだ。
「でも……あそこ、もう救えないよー? それに、ウノじゃ無理かなー……」
リエルさんは浮かない顔をしてらっしゃる。何で無理だよ?
俺が聞く前に、ウノちゃんが上手いこと聞いていた。
「あたしには何が足りないの?」「いろいろー」
「レーシュに呼ばれないから?」「それもあるー」
「アヤトには一体何があるの?」「何も、ないのー」
「……えっ?」
仲良く話してるみたいだ。メモりながら聞いてるウノさんに全てお任せしよう。
俺は野球の最終イニングを見るのに忙しいから放っておく。放置しておきたい。
飛んでくるボールを動かして、ホームランからファールに変えてやった。
観客席から呻き声と歓声が響いてくる。モヤッとした想いが飛んできたぜ。
ふはは、心地よいぞ嘆きの力!
「ウノも試してみるー?」
リエルさんが俺の手を取って、ウノさんの頭に乗せた。
なんか乗せ慣れてるっぽいな? ウノさんも何故か自然に受け入れてくれた。
何? 撫でていいの? 撫でたら惚れさせる力とかあんの? 困っちゃうなー。
グダグダ考えてたら、手から黒いモヤが出てきてウノさんの頭に吸い込まれた。
キモイな。好感度急下落してそう……
ウノさんの顔色が青くなっていく。うん、嫌われたっぽい。
「なにこれ……気持ち悪い……」
ショックだ。吐きそうな表情になってやがる。
そこまで言わなくてもいいだろ……ま、見慣れた顔だな。どうでもいいか。
「それをいっぱい吸うの、ウノには無理かなー」
リエルさんが目を細めてウノさんを見てらっしゃる。
そっと手を離すと、黒いモヤが俺の中に吸われるように戻って来た。お帰りー。
大量の舌打ち音みたいな感情が、俺の中に入ってくる。
うーむ。よく聞いてみると、リズム感が無い思念が気持ち悪く思えるかもな。
納得していると、ウノちゃんが変な目で俺を見てきた。
「そうか。不感なんだね、おにーさん。ビョーキじゃなくて、サイコパスか……」
リエルさんに拒否されたのが寂しいのかな。悲しそうに呟いてるぜ。
……よーし、せっかくだからウノちゃんも向こうに連れて行ってやろうぜー。
話だけ聞かされてもツマンねぇだろ? 一緒に遊びに行こうぜ。
「分かった。アヤトがそう想うなら。――ウノ? 最期に、一緒に、遊ぼう?」
リエルさんが怪しく瞳を輝かせていた。
ウノちゃんが怯えていたが、挨拶みたいなモンだから大丈夫だって。多分。
何はともあれ遊び仲間が増えたみたいだ。祝福してやろう。カンパーイ。
手に持ったビールの中身を一気飲みして、景気付けしておいた。
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