第26話 そばに立つもの

 軽く打ちあがった白球が勢いを無くしていく。

 打ち損じのフライかと思った観客たちが、ため息を吐いた瞬間。

 野外球場に強烈な風が吹きはじめた。

 白球がグングンと勢いを増して飛距離を伸ばしていき、スタンドに飛び込んだ。

 バックスクリーンの上に花火が上がる。ホームラン演出だ。

 球場を揺らすような大歓声が響く中で、冷めた声が隣から聞こえてきた。


「あのボールを操ってるってこと?」


 隣に座ってるウノちゃんが、もしゃもしゃと焼きそばを喰いながら聞いてきた。


「そうだよ。風の元凶のリエルさんが、ピッチャーの後ろでゲラゲラ笑ってるよ」


 風に対するピッチャーなどからの心地よい恨みの念を浴びつつ、答えてやった。


 野球のナイター観戦をしながら、グラウンドで遊んでいるリエルを眺める。

 好き勝手遊んでるな。ボールの速度上げたり魔球にしたりと、やりたい放題だ。

 止めた方がいいかな? 誰にもリエルが見えてねぇみたいだから、まぁいいか。

 楽しいかー、リエルー?


「それなりにー!」


 風に乗って、俺にだけ聞こえる声が届いてきた。楽しそうで良かった良かった。

 

 ウノちゃんに説明してやるついでに、俺たちは球場に食事しにきた。

 スポーツ観戦が好みらしいウノちゃんのために来たのに、何やら不服そうだ。

 俺が密かに海外のブックメーカーで賭けてる事がバレたのかな……?

 スマホでこっそりとオンライン賭博に興じているのは、見られてないよなー?

 スポーツ賭博が嫌いだったら殴られそうだし、隠しておきたいところだ。


「こんな事して……マジメにやってる人たちに申し訳なくない?」


 複雑そうな顔で言ってきた。まぁそうかもしれんがな。


「俺の命の危機だ。感情を喰わなきゃ死ぬっぽいから余裕がない」


 おっ、得点予想が当たった。これでまた儲かったぜ。いやー稼げるなー。

 とか考えてる内心を隠して、辛そうな表情を作って言ってみた。


「そう……なら、仕方ないのかな……」


 言いくるめやすくて助かるなー。

 リエルー! 次は打たせないように、がんばってくれー!


「うん、がんばるー!」


 よしよし、これでいい。


 観戦しながら、ウノちゃんには覚えている事をざっと説明しておいた。

 俺から話を聞き出すウノちゃんは、メモを取り出して書き込みまくってる。

 そんなに書く事ある? と聞いたら、データ集めるのが趣味だからと返された。

 渋い趣味持ってますね。


「話は分かったよ。レーシュとリエルが、おにーさんを巡って争ってるんだね?」


 えっ、そうなの? どうなのー? リエルさーん?


「ちがうよー!」


 ボールの球速が多段変化する魔球を作ってるリエルが答えてくれた。

 ダイナミックに振り逃げされたりして、酷い試合になってるなー。


「リエルによると、違うらしい」


「信じるの……? うーん。それぞれが第三勢力の黒い連中と争ってるのかな?」


 争ってるのかなー。気分で行動してるだけにしか見えねぇんだけど。

 リエルさんは異世界のことなど忘れたように、球場を飛び回って遊んでいる。

 あの変なファンタジー生物を見てると、警戒する方が馬鹿らしくなってくるぞ。

 ……つーか、通訳したりして教えるの面倒だから、直接見て会話して欲しい。


 リエルさーん! ウノちゃんにもオマエの姿が見えるようにできないかー?


「んー? やってみよっかー?」


 できるのかよ。

 バサバサと翼を羽ばたかせて、リエルが飛んできた。

 ……風が……くる!

 観客席に突風が吹いた。


 リエルが起こした風に煽られて、ビールを落とした観客の嘆きが届いてくる……

 地味に悲しいな、オイ。心が動かされてしまう。

 ウノちゃんが焼きそばを落とさないように、こっちに来る風を散らしておくか。


「わっ……! なに? こっちに来てるの?」


「おう、リエルがスタンドまでヴィジョンを見せに来てくれたぞ」


 緊張してるウノちゃんのそばに、いつのまにかリエルさんが立っていた。


「どうすんのー? リエルー?」


「目覚めさせるー。アヤトも手伝ってねー?」


 おっ、覚醒イベントか。

 これは真剣に見ないとな。そうと決まればさっそく。


「おねーちゃーん! ビールちょうだーい!」


 売り子さんが近くに来たので注文してみた。

 ジョボジョボと注いでくれたビールを飲んで、マジメに見ておこう。

 いやー、いい酒のツマミになりそうだぜ。見ものだなー。

 黄金色の燃料を体に注入しながら、ウノちゃんを応援しないとなー。

 さぁどうなるんだろうなー。楽しみだなー。


 グビグビ飲んでいると、リエルがウノちゃんの頭にそっと手を置いていた。

 こうしてみると、二人とも背ぇちっちぇえなー。

 仲のいい友達にでもなってくれればいいなー。そして俺を楽にしてくれ。

 父性を溢れさせて眺めていると、リエルの爪がウノちゃんの頭に埋まりだした。


「ひゃぅ……っ! なに? 何で手を置いたの? ……変な風が入ってくる!?」


「あー、大丈夫、大丈夫ー。リエルさんを信じておけー」


 普通に考えたら死んでるよなアレ。とか思いながら笑い飛ばしてやった。

 ガハハと笑ってグイィィーッとビールを飲んでたら、いきなり蹴っ飛ばされた。

 何するんすかウノさん。


「ビールかっくらって触ってんじゃないよオッサンっ! ちゃんと説明してよ!」


 ウノちゃんが心細そうに聞いてくる。心配ないと思うけどなー。


「えー、説明ー? 面倒だなー……リエルさーん、何してんのー、それー?」


「えっとねー、魂をいじるのー。もうちょっと、置いててねー」


「あー、アレ触ってるのかー。変な気分になるよなー、アレー」


 ぼんやりした感じで説明されたが、何となくわかった。

 あれだろ。俺の中にあった、触られたら危機感が出たアレに触ってるんだろ。


「アレってなに!? 何でこんなことするのか、詳しく教えてよ!」


 詳しく……? 雰囲気は分かるんだが、教えられねえなー。

 落ち着かせるために話してやっても、どうしようもないよなー。

 がんばって困難に立ち向かえー! とか応援しても不信感を煽りそうだなー。

 よし! ここは爽やかに笑ってやって、心細さを解消させてやるとするか!


「それイジられたら怖いよなー! 知ってる知ってるー! わーっはっはー!」


「ダメだ、このオッサン。脳みそクサレてる……やっぱりビョーキだった……」


 何か失礼な事を言われた気がしたが、球場の歓声に紛れて聞こえなくなった。

 さながら心の中の記憶が、いつの間にか消えていってしまうかのように……


「遠い目ぇしてんじゃないよ! ちょっと! 離してっ! ヤダ! 怖い!」


「そうやって、みんな大人になっていくんだよウノちゃん……」

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