第23話 未決交流の鎮魂歌

 ぶっ飛ばした妖精に追い打ちをかけるのも忘れて、変な様子のリエルを見た。

 ……なんだ? やっぱ殴るのはマズかったか? 友達だもんな。

 様子を見ていると、リエルが俺を見返してきた。

 ゆらり、とカギ爪をこちらに向け、視線を合わせてきたリエルが、囁いてきた。


『何も、気にしないでみてー?』


 おう、そうか……? そう、だね……?


「まさか……倒したのかーッ!? アヤトーッ!」


 遠くからフォルクが、叫びながら近づいてくる。

 うるさいなー。殺しちゃおうか……?

 そうだ、相手を憎み、苛立ちのままに殴りつけて、殺害していかないとな……?


 ……? そんな面倒な事してられるか、馬鹿らしい。どうでもいいぞ。

 ちょっとムカついていたが、こんなこと何度もやってられるか。

 素手で殴るのはもう飽きた。一発殴りたかったが、もう十分だ。

 他の事をやって遊びたい。


『そっかー! よかったー!』


 何か知らんが、リエルさんが喜んでいる。

 ……ボーっとしてた気がするが、何だったんだ?

 オッサンが何か叫びながら、指差してる……ああ、戦ってたんだっけか。

 どうなんだろう。殴っただけで、倒せたのかなー?


 倒れていた妖精を見てみると、普通に立ち上がりながら泣き叫びだしていた。

 氷柱が一気に生えはじめ、イバラのようになって氷上に出現していく。

 倒せてないなー。元気に怒ってるみたいだ。

 オッサンに答えようとしたら、全力で離れて行く背中が見えた。判断が早い!


 ……どうしようか。体を斬り裂いてやれば倒せるのかなー?

 そこまで恨みはねぇし、グロ画像みたいになりそうだからやりたくねぇけど。

 殴り続けるのも微妙だし、後はオッサンに任せて素直に逃げようかなー。

 とか思っていたら、リエルが静かに話しかけてきた。


『倒したいのー? 逃げたいのー? どっちー?』


 まぁそうだな。倒しておとなしくなるなら、いいな? いや、どうでもいいか?

 正直、どっちでも良くなってきたなー。ムカつくが、どうしようもないしなー。

 別に放置してもいいんじゃないかなー。全部放り出して、逃げちゃいたいなー。


 モヤモヤ考えてたら、リエルが体を奮わせながら、嬉しそうに笑いかけてきた。


『うんっ! それなら、手伝うねー!』


 えぇ……それって、どれだ? 何も決めてねぇぞ?


 思考から逃避していたら、リエルが張り切った声で何かを決めてくれたようだ。

 弾むような足取りのリエルが、俺の視界から離れてどこかに向かっていく。

 ちょっと、もっていくねー! と、体の奥から聴こえてきた気がした。


 大きな何かが、体のどこかから取り外されたような喪失感を覚えた。


 ずるりと、俺の体から大きな翼が抜け出した。

 リエルが、俺の腹から出てきていた。

 頭の上から足先に至るまで、腹からグチュグチュと音を立てながら出していく。

 穴も開けず、俺の体から分裂するように、リエルが飛び出してきやがった。


 おい……? 思わず手を伸ばすと、俺の手に柔らかな尻尾の感触が伝わった。

 もう、俺の手の中に納まるのは、リエルの尻尾の先ぐらいだったようだ。


 成長していたリエルが、小さな少女ほどの大きさになり、俺の中から現出した。

 俺の手から尻尾をスルリと抜けさせたリエルは、翼で軽く羽ばたき離れていく。

 体を覆い隠せそうな緑の巨翼を器用に操り、泣き叫ぶ妖精に空から近づいた。


「久しぶりー。元気だったー? ティネー?」


「ギィィイひぃぃいいッ! ごめんなヒャひぃいいッ!」


 リエルは愉快そうに笑いかけていたが、ティネさんとやらは怯えているようだ。

 泣きわめく声に命乞いのような響きを含ませながら、氷柱で攻撃しだした。

 恐ろしく尖り、切り立った氷柱の山が出現してリエルに迫る。


「ゴメンねー。ちょっと、静かにしていてね?」


 軽く言ったリエルが翼をひと振りすると、氷柱の全てが叩き折られてしまった。

 圧縮された風の塊に当たった氷柱が、森の向こうへ吹き飛んでいく。

 さらに怯えだしたティネさんに向かって、リエルさんが微笑み、両手を掲げた。


 手の平を下にして、楽しそうに空気の塊を叩きつけはじめる。

 透明な空気の衝撃に叩き伏せられるティネさんの体が踊る。

 開かれていた口の中にも風を叩きこんで攻撃しているようだ……えげつねぇな。


 バンバンと風の衝撃にぶちのめされ続けたティネさんがピクピクしている。

 泣き声が聞こえなくなった頃、リエルさんが攻撃を停止して空から降りてきた。


「……強いっスね、リエルさん。おとなしくさせてくれたんスか?」


 戻って来たリエルさんの頭を撫でて、翼を拭いて労ってやりながら聞いてみた。


「んー、無理。ちょっとしたら、起きて暴れるよー」


 困った顔で首を横に振られてしまった。

 えー、マジでー? 完全に気絶してるっぽく見えるけど、ダメなのか。

 まぁ封印したとか言ってたし、当然か。

 じゃあ今のうちにどこかに埋めてやるか?

 土の中に強制封印してやろう。


「驚いたな。本当に倒せたのか……その方の事も、後で聞かせてもらうぞ」


 いつのまにか、逃げてたオッサンが近づいて来ていた。また来たんスか。

 ……こっちの人は、リエルが見えるのか?

 オッサンはリエルを警戒しながら槍を構えて、ティネの元へ寄っていく。


「殺すんですか?」


「他に方法は無い。念のため、串刺しにしてから焼却してみる」


 意思を確認してみたら、シンプルに物騒な事を言われた。残虐すぎる……

 仕方ねえのかなーと思って黙って眺めていると、オッサンが槍を投げつけた。


 体を大きく振りかぶって投擲された槍が一直線に飛び、ティネに刺さる直前。

 槍が空中で動きをピタリと止めて、こちらに吹き飛ぶようにして返って来た。

 リエルが翼をはためかせて、風を操作して槍を動かしていた。


「それはダメー。見ていてー」


 オッサンが攻撃したのが、ご不満なご様子。

 風と共に手元に戻って来た槍を見て、オッサンがビビってた。

 何でもありかよ……もう全部リエルさんにお任せでいいんじゃねえかな。


「何かやりたい事でもあるのか、リエル? 好きにやっちまっていいぞ」


「うん。アヤトも手伝って。その体が必要なの」


 リエルが笑いながら近づいてくる。細めた瞳が、あやしく輝いていた。


「あーっと……? リエルさん? 俺は何を手伝えばいいんだ……?」


「何もしなくていいよー? そこで立っててー」


 リエルは大きく翼を広げて空を踏み、飛び上がった。

 柔らかく翼を羽ばたかせて、宙に舞う。

 そして、冷たい氷湖の上空で高らかに歌いはじめた。


「――その体は、我を糧にし冒涜する土塊。

 その魂は、我の呪いを受けし異形の精神。

 おぉ、忌まわしき神に玩弄されし人形よ!

 その心に混じりし子と共に喰らい尽くせ!

 彼方より舞い降りし魂魄を喰らい尽くせ!」


 祝詞のような、呪言のような、奇妙な言葉を謳っていた。


「またかよチクショウ、リエルッ! 今度は何をするんだァーッ!」


 リエルは風の流れが吹いてきている、山の方向へ呼びかけていた。


「来て! おかーさん! からっぽの器があるよー!」


 リエルの声に応えるように、遠くの空から何かの咆哮が響いてきた。

 木々が揺れ、空気が怯えたように震えだす。

 雲が大量に流れ出し、空から緑の線が降り注ぎはじめた。

 波のような、おぞましいほどの量の線が、遠い場所から続々と流れ込んでくる。

 風の流れが見えるその線の中には、黒いシミのような何かが多く含まれていた。


 あー……見覚えある量の線だな。


「リエルー? 山に居る味方って、お母さんだったのー?」


「そうだよー! さぁ、我の最後の力を宿せー!」


 俺の疑問に答えたリエルは、指揮者のように線を操って、俺の体に流してきた。

 風にぶつかり吹き飛ばされるかと思ったが、そのまま体の中に入り込んでくる。

 線が渦を巻きながら入り込み、体の表面が、流れに共鳴するように輝いていた。


 体が金属色になったり、緑色に光ったり、鱗みたいな模様が出てきてやがる。

 見た目が気持ち悪ぃ……何を入れられてるんだコレ?

 体が喜ぶように輝いて、恨みの念が一緒に突っ込まれてくる。


 何だこりゃ、体を返せ的な感情か? 借りた覚えはないし、無視しておこう。

 心の奥で暴れてるっぽいが、知らない。関わりたくねぇ。面倒ごとはゴメンだ。

 だが、どうなるか分からなくて不安だな……


「リエルー? 俺どうなんのー? これ何の覚醒イベントー?」


 リエルは何やら線の制御に必死なようで、もう俺に答えてくれない。

 

 困ったなー。線だらけで前が見づらくて遊ぶ事もできねぇなー。

 助けてくれオッサーン。と呼ぼうとしたら、またオッサンは離れて見てやがる。

 クソっ! 逃げ足はえぇな……

 なんてこった、暇すぎる。遊び相手がいねぇ。苦行だ。

 俺は延々線が流れ込んでくる幻想的な光景を、ただ突っ立って眺め続けた。

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