第22話 マッチポンプ

 追いかけてきた俺を見たオッサンが、めっちゃ睨んできた。


「キサマ……何故追ってきた? 何が目的だ? 俺の邪魔をするつもりか?」


 全然信用されていないみたいだ。悲しいな。

 俺が原因で格好つけられるの気持ち悪いなー、と思って来たのに酷い言い草だ。

 ……別に目的は無いなぁ。敵情報とかが知りたいぐらいか?

 正直に言ってやるか。


「暇だから遊びにきたんですよ。戦い方とか攻略法とか教えてくれませんか?」


 オッサンは疑わしそうに俺を見てきたが、深くため息をついて話しだした。


「戦うために呼び出したとでも言うのか? ……討伐は不可能だ。見てみろ」


 吹っ飛んでいった妖精の方を示されたので見てみた。

 ピンピンしてるな。むくりと凍った湖面に立ち上がって、こちらを見てくる。

 妖精が、けたたましい泣き笑いをあげながら、周囲に風を吹き起こし始めた。

 ……風?


「アレは高度な魔法を使う。キサマが得意な風も操るぞ。勝ち目はない」


 チートじゃねぇか。氷属性以外使うなよ。

 風を吹き上げて氷の欠片を飛ばして、軽い吹雪みたいなモンを起こしてやがる。

 手ぇ振って風を消せないかな。

 ……無理か、相手も風を動かしてるな。散らしても周囲に集めていってる。

 確かに強そうだ。どうすりゃいいんだ?

 何か敵の弱点でも無いかとオッサンを問い詰めてみたら、色々教えてくれた。


 オッサンによると、妖精は古くから言い伝えられている存在らしい。

 たまに国に現れて、助言や防衛の手助けをしてくれた伝説の存在なんだそうだ。

 近づけば凍らされ、遠くの敵は風で斬り裂くと語り草になっているとの事。


「簡単に汚染されるような方ではないハズだが……なぜ、ああなったんだ?」


 オッサンに首を傾げられても困る。俺が知るワケねぇだろ。

 今の俺に分かる事はひとつだ。オッサンが喋るとヒゲが揺れるのが気になる。

 ヒゲが白い霜で覆われ始めてるのを笑ってやったら睨まれた。怖い怖い。


 情報を聞いて遊んでいると、妖精の方から斬り裂くような鋭い風が飛んできた。

 カマイタチかな? 飛んでくる線が動かせそうだったので、ズラしてみた。

 後方の森の木々が、風の刃で、ぶった斬られていく。

 オッサンは飛んでくる風を感知していたようで、射線から離れて逃げていた。

 警告ぐらいしてくれませんかねぇ。


「アレが魔物と化したなら手に負えん。俺は可能な限り遠くへ逃げるつもりだ」


 援軍が来ても多分どうにもならないから、妖精を引き連れて逃げるんだとさ。

 最期の仕事として、敵国に押し付けてやるとか言って笑ってる。

 意外と余裕ありそうだな。どこまで逃げるつもりなんだよオッサン。


 どうしようか。

 逃げるのは楽っぽいが、オッサンと二人で逃避行するのは、ちょっとキツイぞ。

 リエルさーん? あれどうにかならない?


『どうしたいのー?』


 聞かれてしまった。

 困った。特に考えてねぇぞ。会話したかっただけだったんだがなぁ……

 友達らしいし、殺すのを頼むのは嫌だな。

 吹き飛ばしたりして逃げるとしても、どこかに被害が出るのはなぁ。

 無力化させたいな……おとなしくさせたりできねぇか? 封印がいいのかな。


『封印は無理ー』


 なんでー?


『おかーさん、ここにいないからー』


 そっかー。

 ちょっと寂しそうに言われてしまった。

 ゴメンね、リエルさん。


『気にしないでー? うん。おかーさんの代わりに、がんばらないとなー……』


 何かリエルさんが憂鬱そうに呟いてる。ホームシックかな?

 ……っつーか、コイツの親の立場って何なんだ。敵かな? 味方かな?

 厄介事になると嫌だな。キニシナイデオコウ。

 ともかく、暴れてる妖精の対処法が無いのは困るな。どうする?


 解決策はひとつか……助けが来るのを期待しよう!

 助けてー! 援軍か、リエルのママー!


 心の中で叫びながら、襲ってくる風の刃を避け続ける。

 仕返しに風をぶつけようとしてみたが、相手の風で散らされて効果がない。

 オッサンも投げやり気味に枝を投擲して攻撃したが、凍らされてて意味がない。

 やかましく泣き笑いしてる妖精の表情と声がうぜぇ。

 あっちも余裕かましてやがる。見てるとイラッとしてくるな……


「そろそろ諦めろ。俺に任せておけ。ネッサたちが戻る前に引き離しておきたい」


 チッ! 説教かよ。諦めさせられるのはムカつくなぁ……

 戦闘ぐらい普通にさせろよ。まだ一度も戦ってねぇ気分なんだぞ。

 ちょっとは爽快感のある戦いとかさせてくれ。

 逃亡推奨とか楽しくも何ともねぇぞ……あぁ、もう、面倒になってきたな?

 もういいや、特攻してやろう。あのムカつく顔面ぶん殴ってきてやる。


 凍りつかされても最悪逃げればいいしな。

 体が動かない状態になってても、意識はあったし大丈夫だろ。

 この体の頑丈さを信じて、一発かましてやるか。


「おい……? どうするつもりだ……?」


 オッサンが不安そうに聞いてくるが、もう知らん。

 ギャーギャー泣き喚いている妖精のところに向かって進む。

 硬い氷に覆われた湖面を踏みしめて、滑らないようにしながら歩いていく。


 リエールッ! 手伝ってくれ! あいつに近づいて、ぶん殴るぞー!


『それ、楽しい?』


 あー? オマエも聞くのかよ? うるさいし面倒だから黙らせたいだけだ。

 嫌なら逃げるぜ? そっちは楽しくなさそうだけどな。どうするよ?


 リエルが珍しく悩む様子を見せながら、目を細めて俺を見ている。

 そして、元気よく頷いた。


『分かったー! やろう!』


 問題なさそうだな。

 友達らしいけど殴ってもいいのか? いいよな! 友達だしな!

 せいぜい楽しんでやろう。


 相手に負けないぐらいにゲラゲラ笑って突き進む。

 飛んでくる風はリエルが散らしてくれているらしい。

 視界の端で、翼をパタパタさせながら腕を振っている姿が見える。

 敵のキモイ人面が、ちょっと困惑したように見えた気がした。


 風が止み、氷柱がビキビキと音を立てながら動きはじめた。

 尖ったツララの先が瞬時に伸びて、俺の体に刺さりにくる。

 ドカドカとツララが体に当たってきたが、衝撃だけを与えて停止していた。

 いいね。やっぱり硬いな、この体。避ける必要がねぇのは楽でいい。


 氷柱が服に刺さる事もなく止まって、衝撃だけが伝わってくる。

 全部無視して進んでしまおう。

 放置して歩いていると、進行方向に大量に氷柱が出現して道を塞いできた。

 うぜぇ。氷の壁かよ。登ったり、殴って壊したりするのは面倒そうだな。

 俺も鋭い風を起こして、斬り裂いたりできねぇかな……


『できるよー』


 ん、どうすればいいんだ?


『手で斬るのー!』


 ああ、簡単だな。


 手刀を振ってみた。

 細い線が動いて、風の刃が生まれた。

 氷柱を根元から斬り裂き、崩れさせていく。

 ふはは、技パクってやったぜ! ありがとうリエルさん!


 氷を斬り裂いて砕き、ガラスが砕けるような音を盛大に響かせながら進む。

 崩れ落ちる氷柱を踏んで進むと、俺の体の表面に少し霜が降りてきた。

 薄く白くなってきているが、体が凍りついてきてるのか?

 だが、構うものか。

 もう俺の目の前には、気持ち悪い漆黒のツラがある。

 凍りつき始めている腕で、相手の黒くなっている腕を掴んでやった。


『それ、嫌いー?』


 またリエルが聞いてきた。

 このキモイ人面か? そうだな……馬鹿にされてる感じで嫌いだな。

 妖精の顔に張り付いている、ギョロギョロした瞳が俺を覗き込んでくる。

 裂けるように開いた口が、舌を出して笑ってきている気がする。


 鳥相手にはそこまで気にならなかったが……なぜか、妙に、ムカつくな?

 人間っぽさが残っているからか? 挑発されてるようにしか見えねえ。

 しかも会話もできねぇから、こうするしかなくて、つまらねぇ。

 美しい妖精の顔に張り付く気持ち悪いツラを、全力で殴りつけてやった。

 妖精の体が、氷上を滑りながら倒れこんでいく。


『そっかー……混じっちゃったかなー?』


 俺の視界のスミで、小さくリエルが呟いていた。

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