第21話 たゆたうもの

「妖精さまーッ!?」


 妖精の絶叫らしきものを聞いたアルシュが、端正な顔を歪めて叫んでいる。

 嘆いてる嘆いてる、湖の方を見て盛大に嘆いてる。かわいそうにな。

 ひんひん泣いてる感情が飛んできたぜ。


『美味しい?』


 超美味しい。

 ……死んだんじゃねえかな、湖の中にいたヤツ。


『生きてるよー?』


 マジでー?

 湖の様子とか色々と気になったが、構っていられない。


「キサマの仕業か……?」


 俺は俺で大ピンチだ。フォルクが詰め寄って来ている。

 いや違うんすよ。俺に出来るわけないじゃないっすか。やだなぁもう。

 ほら出来ないでしょ? って感じで空に向かって軽く手を振ってみた。


 あっ、ヤベェ。線が動いた。力が……勝手に……

 雷雲が俺の手の動きに合わせるように散らされていく。

 澄んだ空気の青空が広がっていって綺麗だなぁ……


「キサマの仕業か……っ!」


「これは必要なことだったんですよ!」


 どうしようもなさそうなので、適当な事を言って誤魔化してみた。

 俺の中身のないセリフを深読みして迷ってしまえ。


「どういうことだ? 何かあるのか……?」


 ちょっと迷ってくれたみたいだぞ。やったぁ。

 リエルー? 友達とはまだ会えないのー?


『もうすぐ来るよー!』


 ああよかった。助かった。話し合って誤魔化してみよう。

 俺に迫ってきていたフォルクも、何かを感じてくれたようだ。

 油断なく短槍を構えて湖の方を見ている。

 湖面が大きく揺れはじめていた。


 湖の底から無数の泡が昇ってきているのが見える。

 大小さまざまな泡が湖面に浮かび上がり、はじけた瞬間。凍りついた。

 気泡の粒が、湖上で環状に広がりながら静止していた。

 煌めく何かが水中から伸びて、宙で粒を留めているようだ。

 ガラスが割れるような音をたてながら、粒のすべてが硬い氷で接続されていく。

 棘のように伸びる、凍てついた美しい氷柱の群れが湖面を覆った。


「あっ、ああっ……! これはっ、怒れる妖精さまの氷の術……ッ!」


 泣きはらしていたアルシュが解説してくれた。

 妖精キレてるのか。当然だな。

 部隊の全員が凍りつく湖を見てビビってる。

 綺麗な氷湖ができたな。スケート出来そう。ツララに刺さったら死にそうだが。


 リエルー? 友達とは、いつもこんな感じで会ってるのか?


『違うよー?』


 ……何でこんなことしたのー?

 

『えっとねー、封印解除したのー』


 へぇ……封印……?


 凍りついた湖の底から、ひとつの影がせり上がってきたのが見えた。

 人型のソレは、凍った湖面を割り砕きながら出現した。

 美しい乙女が氷湖の上に立って、こちらを見ている。

 人と変わらぬ姿で美しい……のだが、一部がとても醜いありさまになっていた。

 氷の羽衣を着ている乙女が、気味の悪い叫びを上げる。


「キィィィア"ァ"ァ"ァ"ア"ッ! いダィィッ! ヒひギィぃヒいっ!」


 白く透き通る肌を持つ乙女の半身が、黒く染まっていた。

 左半身が漆黒になり、顔の半分が薄気味悪いモノに浸食されている。

 右の綺麗な顔で泣き、左の汚らしい黒い人面で狂ったように笑っていた。


 なるほど。敵になっちゃったから封印してたの?


『友達だよー?』


 そうだね。良い友達を持ってるね。


『会えてよかったー?』


 うーん。会話ができそうならよかったな。

 リエルさんが首を傾げながら俺を見てくる。俺が悪いのかなぁ。


 それはともかくヤベェな。どうみても汚染されてるじゃねえか。

 封印されてる隠しボスを間違って呼び出しちまった気分だ。

 このメンバーで対処できるのか? みんなの声を聞いてみよう。


「妖精が汚されていただと……ッ! ネッサ! すぐに退却しろ!」


「はいっ! ――父上? 何故、そちらに行くのですか」


「俺が食い止めておく。お前たちは急ぎ国へ戻り、援軍を呼んでこい」


 対処できないらしい。

 フォルクが悲壮な決意を固めて、妖精の前に立ちはだかろうとしていた。

 出現した妖精は泣き叫びながら、こちらに近づいて来ている。

 氷柱が尖りながら拡大を続け、湖全体を白く凍らせながら伸びてくる。

 森の緑も、薄く凍りつき始めているようだ。


「あれに追われるとマズい。俺が逆方向に誘導して時間を稼ぐ。早く行け!」


「しかし、それでは父上は……っ!」


「くどいッ! キサマは街を守ると誓った兵のハズだ! ――なに、俺はお前の花嫁衣裳を見るまで死ぬつもりはない。さぁ、早く行け。ヴァネッサ隊長」


「くっ……了解しました。ご武運を!」


 悔しそうに応答する娘隊長の姿を見たフォルクは、笑って飛びだしていった。

 凍る湖から伸びてくる尖った氷柱を、短槍で突き落としながら走り出す。

 いつのまにか集めていた木の枝を妖精に投げつけて、挑発しつつ離れていく。


 隊長さんはその姿を最後まで見る事も無く、皆を叱咤して去ろうとしていた。

 妖精の姿を見てグズっていたアルシュを叱りつけ、駆け出していく。

 俺は全員から放置されてしまった。構ってる余裕が無かったのかな。寂しいぜ。


『逃げるのー?』


 親子のお別れシーンをのんびり見学していたら、急にリエルが聞いてきた。


『戦うのー?』


 どうしよっかー。とりあえず、応援はしておこうか。


 俺は去り行く集団に向かって手を振っておいた。背中を押す風を喰らえー。

 すごい勢いで皆が走っていく……スイネさんは大丈夫かなぁ。

 さて、俺も行くか。離れて行く背中に向かって、俺も走り出した。


『アヤトは、なにをするのー?』


 リエルが、透明な笑顔を向けてきている。

 スゲェ観察されてるな? わざわざ聞いてどうするんだ。決まってるだろ。

 勝手に盛り上がってる連中の所に乱入して遊ぶんだよ。


 流れてくる冷たい空気が煩わしい方向に向かう。

 クソやかましい声も近づいてきた。

 リエルー? アイツうるさいから、ちょっと遠ざけておいてくれるー?


『分かったー! ティネ、とんでっちゃえー!』


 リエルさんがケラケラと笑いながら、湖に向かって風を叩きつけてくれた。

 泣き叫ぶ妖精が、湖面に体を叩きつけながら吹っ飛ばされていく。

 軽く見送ってやりつつ、俺を見て呆然としているオッサンに声をかけた。


「俺も参加しますよ。監督役してて下さい。一緒に時間稼ぎして遊びましょう!」

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