第20話 おともだち

 俺はがんばって戦闘の後処理をした。

 魔物は早く焼き払った方がいいらしいが、余裕があるので持ち帰るんだそうだ。

 回収用の袋の中に、力なく水に濡れて横たわる鳥どもをポイポイ入れていく。


「おい!? 何で手づかみしてんだよ! これ使えって!」


 カールが慌ててトングみたいなものを差し出してくる。

 キャンプ用の大ばさみかな? まぁ俺には必要ないだろう。


「不要だ。逆に好都合というもの。俺の活躍を見ててくださいね、隊長サーン!」


「アンタまだ喧嘩売り足りねぇのかよ……」


 カールが恐ろしいモノを見るような視線を俺に向けてくる。失礼なヤツだな。

 袋の口を上げろー! とスイネちゃんに指示してみたらノリよく上げてくれた。


「ぉぃでませぃっ……フフッ……」


 俺の味方はこいつだけなのかもしれない。


『わたしはー?』


 ゴメンね、リエルもだね。俺の中から応援しててくれよな!


『うん、がんばれー!』


 ありがとう、がんばるよ俺。ゴミ拾いをな。


 鳥回収無双する俺の勇姿を、隊長さんがイライラしながら眺めている。

 仕事をしてやっているのに酷い視線だな。

 挑発をしてやっているのだから当然だが。


「父上! 何なのですかアイツは!」


「魔物を恐れぬ良い戦力になると思ったのだが……判断を誤ったか?」


 フォルクは俺を見て、ため息をついてやがる。

 仕事をしてやっているのに酷い評価だな。

 気持ち悪い鳥を、ぶん投げてぶつけてやろうか?

 やったら本気で殺されそうだから自重しておこう。俺は空気が読める男だからな。


 遊んでいると、薄っすらとした影が俺の方に吸い寄せられてくるのを感じた。

 えぇ……嘆きの力っすか?


『美味しい?』


 イラッとした感じの味っすね。

 ……こんなつまんねぇ感情も喰ってんの?

 気分は高ぶるな。


『よかったー!』


 リエルさんは俺の中でニコニコと笑い続けている。

 守りたい、この笑顔。


 しかし、リエルさんは魔物を倒すのとかは気にしていないみたいだな。

 レーシュ情報によると、リエルは敵っぽいんだが。正体は何なんだろうな……

 一応、俺の味方みたいだからいいか。気にしないでおこう。

 感情を喰って成長しているらしいリエルから視線をそらして、仕事を続けた。


 鳥でいっぱいになった袋をカールが背負い、森の奥へと進む。

 本来の目的は、森の湖に出没する鳥の魔物の討伐だったらしい。

 湖まで進む必要はあるが、既に一掃したのでは? と隊長たちが語っている。


「個別に襲われると厄介でしたが、ずいぶんと楽に終えることが出来ました」


「ああ、そうだな。奥から一直線に、何かを目指してきたな……」


 隊長よりも隊長っぽいフォルクが俺を見てくる。俺は無実だ。何もやってない。


 ……まぁ順当に考えて、何かしらの理由で俺が狙われやすくなってるんだろな。

 神のご加護だろうな。それとも呪いかな?

 言ってもロクな事になりそうにないから、知らないふりをして付いていく。

 フォルクが各人に武術指導じみた事をしながら進んでいるので、俺が最後尾だ。


 それぞれに対してフォルクが呼びかけているから、皆の名前は分かった。

 娘隊長の名前はネッサだな。前にも技名っぽく叫ばれていた気もする。

 愛称みたいだが、俺もネッサちゃんと呼んでやろう。

 エルフさんはアルシュと呼ばれていた。呼んでみたらどう反応するだろうか。


「へーい、アルシュちゃーん。いま暇かーい」


「下賤な貧民が気安く話しかけないでくださいな」


 ゴミを見る目を向けてもらえた。いい反応がもらえたんじゃないかな。

 悲しくなったので、カールに目を向けるとスッと目をそらされた。

 自力で嘆きの力って生成できねぇの? リエルさん?


『知らなーい』


 そう……悲しいなぁ……


 嘆きながら森の散歩を楽しんでいると、木々の切れ目に青いモノが映った。

 サワサワと肌を撫でる風に、水気のある冷たいものが混じりはじめる。

 濁りの無い、美しい湖が見えてきた。

 湖面は、鏡のように周囲の森の様子を映し出している。


 緑の葉が散らされたように浮いてるが、それも風流って感じなんじゃねえかな。

 ボートとか浮かべてやれば、良いデートスポットになりそうだ。

 カップルを襲撃してくる敵とかも出てきそうで良いよな。出ないかな?


 特に敵は居ないようだ。綺麗な景色だけが見える。

 隊長は念のために湖を一周するとか言ってる。了解ー。

 ……三時間ぐらいかかりそうだな? 結構広いぞ、この湖。

 

 全員武器をしまってるし、敵は本当にいないのかな。

 リエルさーん、分かりますー?


『えっとねー、友達がいるよー!』


 友達かぁ……どこにいるんだ?


『そこだよー』


 リエルが、久しぶりに俺の中じゃない方の視界に映ってくれた。

 目の端の方にリエルさんの勇姿が見える。

 初めて見た頃よりは、確実に背が高くなってるな。


 近くで後ろ姿を見ると、尻尾に綺麗なたてがみが生えてきているのが分かる。

 成長してるなぁ……翼も何か凶悪なトゲが生えてきてるみたいだぞ。

 やっぱり精霊とかじゃないですよね、リエルさん?


 リエルは答えず、笑顔で湖の方を指差し続けていた。そこって湖の底なのか?


『そこだよ?』


 そこかぁ。ヤベぇな。全然見えないし、分からねえ。


 どうしようか。

 急に襲ってくる敵ではなさそうだし、リエルの友達なら会ってみたいんだが。

 部隊の連中は湖じゃなくて、森の方に注意を払っている気がする。

 気づいてないな。多分。


 ここはリエルさんの知識チートを利用してドヤ顔してみたい。

 俺が最初に見つけたと自慢して、存在感をアピールするのだ。

 だが、まともに話せる相手が居ねぇな……唯一話せそうなお方と喋ってみるか。

 スイネさーん。と前を歩くローブの人に軽く話しかけてみる。


「……なに?」


 すげぇ。普通に返事をしてくれた。いつのまにか好感度を稼いでいたんだな……

 しみじみしている場合じゃねえな。会話をしてみよう。


「湖の様子が変なのだ……水の魔法で湖の中を調べてみたりできないか?」


 スイネさんが困った顔をした……気がする。

 顔がローブの中に隠れていて、よく見えねぇ。

 ひとしきり悩んだ感じを見せてから、手の中に玉をいきなり出してきた。

 水に沈んだ家のミニチュアが映る、妙な球体の中を見ながらポツポツ語る。


「私の、魔の法は、ここに、貯まった水を、操るモノ。湖は、わからなぃ」


 残念そうに言われてしまった。

 困った。とりあえず謝っておくか。


「ゴメンなスイネさん。俺が悪かった。無理言ってスマン。気にしないでくれ」


 ひとしきり謝っていると、前方から鼻で笑う声が聞こえてきた。


「はん……湖に異常がある訳がないでしょうに」


 なんだとぉ……俺に対して知識でドヤ顔するつもりか? 許せねぇなあ?

 教えてくれそうだから下手したてに出てみよう。

 アルシュ様、教えてください。

 頭を下げてやったら、良い感じに教えてくれそうな雰囲気になってくれた。


「いいですこと? ここは湖の妖精さまが住まう聖地。魔物が現れた程度で異常が起こる訳がありませんのよ? 妖精さまの強さも知らないなんて、はっ……」


 また鼻で笑ってきやがった。上から目線で教えてくれてあざーす。

 チッ……そのうち、ひんひん泣かせてやるぜ。


「妖精さまがお怒りにならないように、わたくしたちが魔物討伐に来たんですのよ。建国の祖、湖を作りし偉大なる神の直系の妖精さまが……」


 まだ続けて何やら教えてくれているが、もう大体分かったからいいや。

 ようするに妖精が友達なんだよな、リエル?


『ティネが友達だよ?』


 そうか。どうやったら会えるんだ?


『会いたいのー? ちょっと待っててー』


 俺の視界のスミで、リエルさんが腕を上げて小刻みに動かし始めた。


『こーかな? 難しいな?』


 つぶやきながら、腕を動かし続けている。

 腕の先を眺めてみると、上空で風の線が凄まじい勢いで動き回っていた。

 湖の上空を覆うように包んでいた風の群れが、ひとところに集まっていく。


 ……リエルさん? 何してるんだ?


『おかーさんと、アヤトのマネー』


 親がいたのか。初耳だな。

 ……えっ、俺のマネ?

 そんな事を思っている内に、ドンドン異常が発生していく。


 上空の雲が、かき混ぜられながら集まっていく。

 空から引きはがされて集まってきた雲が、厚みを増しながら輝きはじめた。

 雷雲だ。

 湖の上空に、無理やり寄せ集められて作られた、異常に黒い雷雲が発生した。


 空の異常に気付いた部隊の連中が武器を構えだす。

 ……フォルクが俺をきつく睨んできた。

 俺じゃないよと首を振ってアピールしておく。

 何もしてないっすよマジで? 信じてくれねぇかなぁ。無理かなぁ。


 リエルー? これで友達に会えるのかー?


『もうちょっと、待ってー』


 えー、まだやんのー?

 ピカピカと輝く雷雲に向かって、リエルが腕を伸ばした。


『いくよー! だうんばーすとさんだー!』


 えっ? 友達殺したいの?


 リエルが腕を振り下ろした。

 雷雲の中心から、一条の雲の渦が湖に向かって伸びていく。

 雲の底から強烈な突風が吹き、湖面に空気の爆弾が炸裂して穴を開ける。

 誘導された雷が、幾筋もの閃光を迸らせながら穴の中に叩きこまれていった。


 ――キャァァァアアアアアア"ッッ!!


 絹を裂くような乙女の断末魔の絶叫が、ほの暗い湖の底から聞こえてきた。

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