第19話 水妖妃

 俺は部隊デビューには失敗してしまったようだ。残念。

 サツバツした雰囲気で進んでいたのだが、俺に話しかけにきてくれる子がいた。


「あれ……なに? どうやって、隊長の槍を動かしたの?」


 ローブの子だった。俺というより謎の能力に興味深々のようだな。

 槍の軌跡を動かした件について、しつこく聞いてくる。


「あれか? こう、流れをサッと動かしたんだよ」


 その辺の風の流れを動かして実演して見せるが、納得できないようだ。


「風と、武器は、全然違う。それ、おかしい」


 鼻息荒く迫ってくる。ふんすふんす言って来るんだが、どうすりゃいいんだ。

 悩んでいると俺の後ろからフォルクが話しかけてきた。


「俺も気になるな……攻撃してやろう。流してみせろ」


 短槍を持って俺の頭を殴ってきた。

 マジかよ脳筋野郎。と思ったが、ゆっくり殴ってきたので問題ないな。

 頭の上に流れてきた予測線を、そっと右に動かしてやった。

 振り下ろされた短槍が、俺の体の横を通り過ぎていく。

 フォルクは不審そうに通り過ぎた空間を眺めていた。


「……風で押された気もしたが、少し違うな。ズレたか……風の断層か?」


 ウインドシアってやつか。無理やり揚力みたいなモンを発生させてんのかね。


『なにそれー?』


 ダウンバーストとか乱気流で起こるような摩擦効果かもな? 知らんけど。

 積乱雲から発生する突風を脳内で想像してやったら、リエルが喜んでくれた。

 ……何で俺がリエルに能力の解説してるんだよ。こんなの絶対おかしいだろ。


 勝手に納得してるフォルクを見ていたローブの子は、露骨にガッカリしてた。


「けっきょく風……? つまらなぃ」


「つまらん能力でスマンなー。つまらない風をやろう」


 パタパタと風を送ってやるとアワアワしながらローブを抑えてた。少し楽しい。


『もっとやろー!』


 おっけー!

 何かを忘れながら風とローブの子で遊んでいると、頭を槍で殴られた。

 何をしやがる。


「部隊の邪魔はするな」


 フォルクに重々しく言われてしまった。その通りですね。ごめんなさい。

 仕方ないので黙って歩く。

 スマホに突っ込んで用意しておいた、クソゲーアプリをやりながら。

 データは持ちこせねぇみたいだから、本当の暇つぶしをやらざるを得ない。

 元の世界のスマホも再構成してくれるなら、作業ゲーが捗るんだがな。


「キサマ、一体何をしている……?」


「遊んでいる」


 重々しく言ってやると、フォルクは苦み走った表情を見せてくれた。

 邪魔してないんだからいいだろ? 理解不能な機械を見て困惑しやがれ。

 ボールペンのキャップをはめるクソゲーを後ろのフォルクに見せつけてやる。

 異世界人にも伝わるシンプルなクソを延々見せ続けて復讐してやろう。


「それなに……?」


 ローブの子が興味を持って寄って来た。

 教えてやったらハマりやがった。

 鉛筆を削るクソゲーを鼻息を荒くしてプレイしている。楽しいか、それ?

 予備のスマホを出して、ふたりでクソゲー地獄に興じていると仲良くなれた。

 お名前はスイネリアンちゃんだそうだ。長い。スイネちゃんでいいや。


「とてもつまらない遊び……ステキ……」


「スイネちゃんも、たいがい狂ってるな。素敵だぜ」


「このイカレ魔法使いどもが……」


 フォルクとの間にある見えないみぞが深まった気がするが、気にせず遊ぶ。

 ダラダラ遊んでいると目的地付近に着いたようだ。

 名残惜しそうにスイネちゃんがスマホを返してくる。また遊ぼうな。


 俺を殺しにかかってきた、怖い女隊長が気合いを入れた声で叫びだした。


「総員、傾注! これより魔物が出現する森へ入る! 警戒を怠らないで!」


 目の前に広がるのは、魔の森って感じが一切しない、綺麗で涼しげな森だった。

 散歩するのに良さそうな雰囲気の森。

 街に住んでる連中から、近くの森とか呼ばれて親しまれてそう。


 遊歩道っぽい、多少整備されている地面をサクサク進めていい感じだ。

 歩いているうちに鳥の鳴き声も聞こえてきて、穏やかな気分になれそうだ。

 ちゅんちゅん鳴いてる平和そうな声だな。何に警戒すればいいんだろ。


『いっぱいくるよー』


 ……なにが?


『うーん、知り合いかなー?』


 へぇ……知り合い未満っぽそうだな。リエルが首を傾げている。

 見慣れた他人ぐらいの関係なのかね。

 それで、結局なにが来るんだろう……


 俺はのんびり会話しながら歩いていたが、他の連中はそうじゃなかったようだ。

 急に槍や剣を抜いて構えだした。

 スイネちゃんの武器は……何それ? 水晶? それで殴るのか?

 ローブを脱いで目をカッと見開き、どこからか取り出した変な球を抱えている。

 見学していると、木々の葉を大量に散らせながらヤバい鳥の声が迫って来た。


「ちゅん! ちゅん! ちゅィィイイイぎぎぎッ! ガギっ! ギヒヒヒィイ!」


 どす黒い色をした人面をくっつけた鳥の群れだった……数十羽はいるな。

 人の口を開いて、わざとらしい声で、ちゅんちゅんとか鳴きながら飛んできた。

 気味の悪い鳥どもが、緑の景観をぶち壊しにしながら一斉に迫りくる。

 多くね? 数の暴力すぎねぇか? どうするんだあれ?


『みんな飛ばしちゃおー!」


 鳥の群れの背後に、大量の風の気配が集まっていくのが見えた。

 俺の中で、リエルが口角と腕を上げ、颶風を集わせ唸らせている――!


 ちょっと待ってくれ、リエル。もうちょっと見学してみようぜ?

 せめて人間連中がどう対処するかぐらいは見てみたい。


『えー? 早く遊ぼう?』


 残念そうに言われてもなぁ。

 どうやって他の連中が遊んでるか、よく見るのは大事だぞ?

 台無しにして遊んでやるのは、それからでも遅くはねぇよ。


『しょうがないなー、後で絶対遊ぼうね……』


 不穏な事を言われてしまったが、諦めてくれたようだ。

 鈍く光る爪をチョイチョイ動かして、集めてた風の線を散らしてくれている。

 ……前やったみたいに、鳥を特攻させられたら部隊が全滅しそうな気がするな。

 頼むー! 人間たちー! ヤバいヤツが暴走する前に、がんばってくれー!


「魔物が一斉に襲ってくるだと……妙だな。隊長、手助けは必要か?」


 フォルクによると妙な光景らしいが、焦ってはいないみたいだ。

 勝てるのか? 勝ってくれないと困ったことになるぞ?


「不要です。逆に好都合というもの。見ていてくださいね――幕を上げろ!」


「了解」


 凛々しい隊長の声にスイネちゃんが応えていた。

 手に持つ水晶球に穴が開き、ドボドボと短い滝のように水がこぼれだした。

 噴き出た水が地面を這い回り、俺たちの前に広がっていく。

 鳥どもが俺たちに接敵する前に、スイネちゃんが大きくバンザイをした。


「ぃでませぃっ!」


 水が大きく膨らんだ。

 透明の大きな壁になった水が、突っ込んでくる鳥どもを飲み込んでいく。

 高速で飛翔してきた鳥どもが、壁となった水に捕まって苦しみだす。

 隊長たちは水に捕まった鳥どもを、手当たり次第に攻撃しはじめた。


 隊長は水の奥にいる鳥を、長槍で勢いよく貫いて穴を開ける。

 カールは短剣と手斧の二刀流で、水中を泳いで近づく鳥どもを斬り裂き続ける。

 エルフのお嬢さんは、豪華なレイピアみたいな武器で優雅に突きまくっている。

 スイネちゃんは水壁を操作して、皆が攻撃しやすいようにしているみたいだな。


 あれ? 俺いらない子だな? なんだよ、人間強いじゃねえか……

 何の苦戦もしない戦闘が始まったのを眺め続ける。手助けする気も起こらない。

 フォルクも周囲を警戒してはいるが、ただ見ているだけだな。

 戦闘っつーか、処理だな。俺が一匹相手に苦戦していたのはいったい……


 水の中から恨めしげに俺を見てくる鳥どもを、俺は悲しい瞳で見返してやった。

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