第18話 ごきんじょ討伐班

 衛兵さんは王都を警備する部隊の隊長さんだったらしい。

 怪我というか汚染されたせいで、第一線からは退いているそうだが。

 彼のコネの力で、いきなり前線部隊に配備してもらえる事になったぞ。わぁい。


『戦うのー?』


 いいや? 見学して面倒そうなら逃げて遊ぶよー?


『いいのー?』


 いいんだよー、軍人用の教本とかあったらパクりたいだけだから。

 情報収集して逃げちまおう。初日でバックレるバイト感覚でいくぞ。


『いいのかなー? いいんだよねー……』


 不思議そうなリエルと会話している間にも、隊長さんは色々と説明してくれた。

 俺の事を上に報告した場合、魔物の研究所で実験動物扱いにされるらしい。

 それが嫌なら働けと、熱い激励を隊長さんから頂いた。

 研究ルートも楽しそうだが、暇そうだし敵に会いたいから、こっちでいいや。


「戦う意思のあるキサマには、兵として役立ってもらう。活躍に期待してやる」


 どうやら俺は、囚人兵として就職してしまったようだ。

 隊長さんが俺を引きずり回しながら、いろんな手続きをまとめて下さった。

 監視役として、最初の任務に付き添う手厚い支援までしてくれるらしい。

 なんでここまでしてくれるんスか?

 と聞いたら「魔物が憎い」と一言で説明して下さった。公私混同かな?


「班編成で魔物の討伐任務に向かう連中がいる。俺たちもそれに合流するぞ」


 話がマジで早いな。強引すぎる。観光する暇もねぇ。


「装備とか整えなくていいんですか? 兜も脱いだままですよね、隊長さん」


「俺は合流する連中の隊長ではない。フォルクと呼べ。装備は必要ない。キサマは鎧を着慣れた経験があるのか? 兜はこれから向かう先では邪魔なだけだ」


 バッサリとセリフの全てを切り捨てられてしまった。

 魔法で後衛から戦うのを期待されてるのかな。

 クソ重い武器とか鎧を装備するのは面倒そうだから、ありがたいが。


 装備無しでも、高身長の鍛えた軍人っぽいフォルクに付いていくのは大変だ。

 とんでもない早歩きで進んで行く後ろを、小走りになりながら追いかける。

 軽い金属音を鳴らしながら進む背中を追い、街を抜けた先に、平原が見えた。


 平原を貫く古道っぽい素朴な道のわきに、四人で固まっている連中がいる。

 フォルクと似た軽い鎧姿で荷物を背負っているから、たぶんアレだな。

 ひとりの女性が三人の前に立って、訓示っぽいことを喋っているようだ。


「――我々は名誉にかけて湖を襲う魔物を倒す! 街を守る栄誉をもらうのよ!」


「名誉にかけて!」「その通りですわ!」「……ぉー」


 出発前の話の終盤っぽい。

 赤毛の女と、茶髪の男と、白っぽい金髪の女と……ローブを被ったヤツがいる。

 ローブのヤツが女なら、男のハーレム部隊だな。

 ククク、そのハーレムパーティをぶち壊してやるぜ。


 ぶち壊す一番槍を担ってくれそうなフォルクが、赤毛の女性の所へ向かった。

 訓示をしていた隊長っぽい赤毛の女性が驚いている。


「俺たちも参加させてもらう。認めてくれるか、隊長?」


「パパ!? どうして急に?」


 パパ……だと? 娘の部隊なのか。マジで公私混同かよ。

 フォルクは娘に笑いかけながら、強引に俺を紹介してきた。


「仕事中にそう呼ぶのはやめなさい……こいつを試すのに丁度良かったからな」


「どーも、参加希望のアヤトです。後ろから応援するのとか得意ですよ」


 すげぇ怪しいヤツを見る目を全員から向けられた。

 急に紹介するのやめてくれねぇかな。気の利いたこと言えねぇよ。


「何ですか、この方? ……あなた、邪魔しに来た訳ではないでしょうね?」


 気の強そうな赤毛の娘さんがジロジロ見てくる。

 あいまいに笑ってやりながら、俺もジロジロ見てやった。

 背ぇ高いな。デカい身長よりもさらに大きい長槍を背負ってる。

 身長のわりには細身に見えるが強いのかね。頼らせてもらいたいんだが。


「新入りだ。俺が監督するから気にするな。後ろから付いていくが構わんな?」


「それなら私たちの監督もして頂けると助かります――英雄が見守ってくださる! 皆、無様な真似はしないように! 行きましょう!」


 娘隊長さんが張り切って先頭を進んで行った。

 自己紹介とかはしてくれないんだな。

 向かう先は……やっぱり山の方面か。

 遠くに険しい山が見える平原を進みながら、ピクニック気分で付いていく。


 一列縦隊になって、道沿いに集団で歩いて行く。

 フォルクは最後尾で俺を監視する態勢のようだ。

 行進してどこかへ向かっているが、移動中は暇だな。

 せっかくだから、順番に挨拶していってやろうか?

 まずは深くローブを被っている、よく分からんヤツからだな。

 いきなり難易度高ぇな。


「こんにちはー、初見プレイでーす。よろしくお願いしまーす」


 和やかに挨拶してやったら、ぷいと顔をそむけられてしまった。

 ……傷つくなぁ。イラっときたから、軽く風を起こしてローブを剥いでやる。

 透き通るような水色の髪をした、眠そうな顔が現れた。

 俺に見られているのを気づかない感じでボンヤリしている。


「……ゎゎっ」


 ローブが剥がれた事に気づいたようだ。慌てて顔を隠した。

 ……面白い。何度か風を起こしてやることにした。

 必死になってローブを押さえつけている。

 ふはは、抵抗は無駄だ。


『もっとやるー?』


 ごめん、フォルクさんが睨んできてるからやめとこっか。


 嫌な気配がして振り向いてみたら、オッサンがスゲェ俺の行動を見てきてた。

 槍に手を触れてピクピクさせるのやめてくれねぇかな。怖いわ。

 自重して次にいってみよう。


 人形みたいに綺麗な肌してる、スタイルの良い女だな。

 亜人かな? 風に煽られて、長い耳に髪がかかるのを鬱陶しそうにしていた。

 エルフっぽいお嬢さんが、冷たい目で俺のことをチラッと見てきた。


「こんちゃーっす。今日はよろでーす」


「ふん……」


 鼻で笑われた。ダメだ。まともな女がいねぇ。

 何か嫌になりながら、どうしようか悩んでいると男が話しかけてきた。


「よう、災難だったな。アヤトだっけ? 皆緊張してるから勘弁してやってくれ」


 フランクに肩に手を回してきた。

 友好的なのが男しかいねぇ。

 悲しくなってくるわ。


「おう、よろしく頼むぜ。あんたは誰さんよ?」


「カールと呼んでくれ。短い付き合いにならない事を祈ってるぜ」


 ようやく名前を入手したぞ。

 名前リストが男で埋まっていって、悲しい気分だ。

 しかし困ったなぁ……

 女に対する愚痴を言ったら、刺殺されそうな雰囲気だから軽口も叩けねぇ。

 どう話すか迷っていると、カールは笑って俺を女隊長さんの方に押していった。


 挨拶しろって事か? しゃあねえな。期待に応えるために、いっちょかますか。


「やぁ! パパさんの右腕になったアヤトだ! キミいくつー? どこ住みー?」


 隊長の肩に手を回して挨拶してやった。

 きっとこういう挨拶をする文化なんだろう。良い文化だな。

 フランクに話しかけてやると、女の燃えるような赤髪が揺らめいた気がした。


 女は足を止めて俺の方を向いてくれた。両手がピクピクと痙攣している。

 なにかな……? 新しい挨拶かな……?

 後ろから駆け寄ってくる足音とか、息を呑む音が聴こえるが気のせいだよな。


 女は深くお辞儀するような姿勢になりながら手を閃かせた。

 一瞬で肩の上に両手を動かして、背中から伸びる長槍を握る。


「し――ッ!」


 浅く鋭い呼気と共に槍を引き抜き、俺に向かって叩きつけてくる――ッ!?

 空気の流れが予測線のようになり、槍より先に俺の体に当たってきた。

 慌てて、線を横方向に流してやりながら、全力でしゃがみこむ。

 

 ひぃ……っ! あっぶねえ! 頭とか腕からゴリッと音したのが聞こえたぞ!


『すごくはやーい!』


 リエルさんも高評価だ。鳥よりは早かったな、絶対。

 腕が削り取られてねぇか心配になって見ていると、女が笑い出した。


「ふふっ……なかなかやるな。だが次はハズさんッ! しッねぇーッ!」


 素早く後退した女が、俺に槍の穂先を向けて突きこもうとしている。

 殺す気かコイツ! 逃げ出そうとしたが、しゃがんだせいで動けない。

 殺意の線が、俺に向かって一直線に流れ込んできた。


「やめんかネッサ!」


 フォルクさんが、横から槍を突きこんで流れを変えてくれた。

 俺の近くの地面に、女の槍が深く埋まる。


「パパどいて! そいつパパも愚弄してきたわ! 殺すーっ!」


 殺す気だったわ。


「少し冷静になれ。隊長なら有効活用してから殺す方法を考えなさい」


 フォルクも俺に対して殺意もってそうな気がするわ。

 言い争う二人を呆然としながら眺めていると、カールが口笛を吹きながら俺の腕を掴み、立ち上がるのを手伝ってくれた。


「ヒュウ! あんたやるねぇ。隊長に喧嘩売るとは思ってなかったぜ!」


 カールも喧嘩売ってきてたのかな? こいつら全員俺の敵かもしれない。

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