第17話 楽しい牢獄生活
暗い部屋のスミで震えながら、石壁に正の字を刻み付ける。
装着させられた魔法封じの手枷の角を使って、削るように刻む。
三十個目の正の字の四画目を垂らして、それっぽい雰囲気が出たので満足した。
部屋のスミから離れて、冷たい鉄格子を握って揺さぶってみた。
思いを込めて叫ぶ。
「ここから出してくれー!」
「やかましい! 牢屋で騒ぐなッ!」
衛兵さんに怒られてしまった。
いいね。気合いの入った怖い声が暗い空間に響いて、身体に染み込んでくる。
俺は留置場の中にいた。
雰囲気があって、なかなか素敵だ。本格的な監獄喫茶ってヤツだな。
優しい衛兵さんに案内された、俺のためだけに用意されたスイートルームだ。
気分が乗ったので、それっぽい記録を壁に刻んでしまった。
到着してまだ数分もたっていなかったが、雰囲気が増して実にいい。
緊張感とかは特に無い。
レーシュに呼びかけて、転移とやらで戻してもらえば即脱出できそうだしな。
――お呼びですか、アヤトさま? 順調でしょうか?
……聞いてるのかよ。
レーシュの事を思い浮かべると話せるのかな?
呼んでませんよー! 順調でーす! 現地人と協力して敵と戦いにいきまぁす!
――そうですか。愚かで、か弱い人間をお守り下さい。期待しておりますよ……
適当に答えてやったら、満足したような声が届いてきた。
面倒くせぇな……ったく、雰囲気が台無しだ。牢屋では静かにするものだぞ。
緊急事態になるまでは、アイツの事は忘れておこう。
アイツに頼らなくても元の世界には戻れるし、脱獄もできそうだからな。
変な手枷を付けられちまったけど、風の線が見えるからなぁ。
パッと手を動かして、空中に見える線をいじると牢屋の中にそよ風が吹いた。
『楽しいー?』
それなりになー。牢獄体験も悪くないぜ。
俺の中のリエルさんとも普通に会話ができる。
何も封じられてねぇじゃねえか、どうなってんだよこの手枷。
まぁ俺が使っているのが、普通の魔法じゃねぇってことなんだろうけどな。
チート魔法か、はたまた魔物の力なのか。誰か教えてくれ。
『アヤトの力だよー!』
そうだったね。教えてくれてありがとうリエル。
他の人にも詳しく聞いてみたいな……よし。
「衛兵さーん! 話をしようぜー! 話せば分かり合えるぞー!」
脱獄は簡単そうだが、それより会話だ、会話。
俺が出会った最初の一般市民が近くにいる。
軍人っぽいから、ちょっと違うか? まぁいいや。
せっかくだから話をしてみたい。何か面白い話が聞けるかもしれねぇ。
ガタガタと鉄格子を揺さぶり続けていると、衛兵さんが来てくれた。
「キサマ……この犯罪者が。法を侵したクズと話すことなどない!」
話しに来てくれたようだ。
俺をこの場所に連行してくれた衛兵さんが、牢屋の前に来た。
兜を脱いで、ヒゲヅラの素顔をさらしてくれている。
赤ヒゲの凶悪なツラがまえだ。兜より、こっちの方が威圧感ありそうだな。
ペしぺしと、短槍の棒の部分で牢を掴む俺の手を叩いてくる。
痛くはねえな。実は優しいヒトなんだろう、きっと。
「犯罪するつもりはなかったんスよ衛兵さん。ただの事故なんですって」
手を叩くのを諦めた様子の衛兵さんは、嫌そうなツラをして舌打ちした。
「チッ! キサマのような魔法使いの言う事は同じだな。おおかた妙な実験でもして暴走したんだろうが、罪は罪だ。このクズ野郎が……」
マッドな魔法使いが多いのか? 嫌な世界だな。
「まぁそう言わずに。色々協力しますよ。魔物と戦うために飛んで来たんスよ」
文字通りな。落ちてきたの方が正しいか? どうでもいいか。
「戦力を誇示するための実演だったとでも言うのか? 常識を考えろ馬鹿モノが」
衛兵さんは呆れたツラをしていたが、少しは話をする気になってくれたようだ。
ついでにこの世界の常識を教えてくれると、ありがたいんだがね。
華麗なトーク術で聞き出してみると、俺は器物損壊罪で懲役を喰らうとのこと。
刑務作業の中には、魔物と戦うことも含まれてはいるらしい。
都合がいいな。
「それじゃあ魔物との戦いの最前線行きを希望します。やる気だけはありますよ」
住所不定無職、実務経験ゼロの俺が集団に紛れて戦えるチャンスだ。
「……本来は死刑囚への懲罰のようなものだぞ。本気で言っているのか」
「願っても無い事です!」
ワクワクしていると、衛兵さんは変なモノを見るような目を向けてきた。
やはり魔法使いは分からんとか言ってやがる。なぜだ。
「魔物の恐ろしさを知っているのか?」
衛兵さんが少し心配そうな態度に変わって聞いてきた。
「気持ち悪い鳥とは戦ったことがありますね。他は知りません」
「そうか……」
そう言うと衛兵さんは、おもむろに上着を脱ぎだした。
鍛え上げられた、筋肉質な美しい白い肌を見せつけてくる。
何を考えているんだキサマ……
服と手袋を脱いだ衛兵さんが、俺に向かって右半身をさらけだした。
衛兵さんの右腕は、ヒトの肌の色とは思えない完全な黒色に染まっていた。
不気味な漆黒が、上腕から彼の体に向かって浸食するように伸びている。
黒の皮膚表面に浮き上がった血管が、薄気味悪い脈動を起こしていた。
「俺も魔物と戦う意思を持っていたのだが、利き腕に喰らってしまってな」
力なく垂れ下がる黒い腕を見せつけて、衛兵さんが苦々しく語ってくれた。
浸食が進んでいくと魔物と化してしまうとか、愚痴っぽく説明してくれたぞ。
治す方法はないらしい。切断しても、何故か切った場所に転移してくるとか。
……なるほどな。まともな会話で情報が得られて満足したぜ。
「こうはなりたくないだろう? 思い直した方が身のためだぞ」
汚染されたらこうなるんだな。
よく見てみたかったので、牢の隙間から手を伸ばして触れてみた。
へぇ、感触は普通に人間の肌だな。見た目がキモいだけか?
麻痺ってる感じなのはヤバいかもな。
ベタベタ触っていると衛兵さんが驚いていた。
「なっ……!? キサマにも移るぞ! 早く離せ!」
えー、移るモンなの? 多分大丈夫だろ、だよな?
『アヤトは大丈夫だよー』
うん大丈夫、大丈夫。
俺の中のリエルも満点の笑顔で保証してくれた。
……大丈夫? リエルの保証だよ?
ちょっと心配になったが大丈夫だろう。
黒くてキモイ鳥にも何度も当たったが問題無かったしな。
低い確率で移る可能性があるとかでも問題ないだろうさ……この体の方はな。
魔法金属の特性とか、神のご加護とかそんなのがあるんだろ。多分。
「俺は大丈夫ですよ。こうなることもありません。だから戦わせてください」
「何なんだキサマ……人間か? 何者なんだ?」
衛兵さんには心当たりがないのか、困ったな。
本当に大丈夫か? まぁいいや、そのうち分かるだろう。
「俺も自分が何なのか知りたいんですよ。詳しく知ってるヒト、知りませんか?」
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