第15話 風の唄
今日は休日だ。俺はいつでも休日だが。
朝からゲーセン行って遊ぶには良い一日になりそうだ。
だが営業時間は昼からだ。俺は素直に昼まで寝てから街に出ることにした。
俺の中のリエルさんが、ジッと俺を見つめてくる……
うん、遊びに行くよ? 行くから、もうちょっとだけ寝させて。
『分かったー、絶対遊びに行こうね……』
目ぇ光らせるのやめて。
正直行きたくない気もするんだが、リエルさんから変な圧力を感じる。
しょうがねぇから異世界に行って遊んでやろう。
だからちょっとだけ寝かせて……夜に無駄に騒がれて辛いんだよ……
――よっしゃー! 昼だー! 世界を救うフリをしつつ遊ぶぞー!
『おー!』
やる気満々だなー、リエルー。変な事はしないでくれよー。
さて、ゲーセンの営業時間終了までなら、半日ほどの気楽な冒険の旅になるな。
面倒だから、そのうち筐体を買って家の中に搬入しておきたいところだ。
なぁに、金ならある。
冒険の目的は、俺の体がどうなっているかの確認だな。
レーシュは頼りにできない。リエルに聞いてもよく分からない。
感情を喰わないとどうなるか聞いたら『消えちゃう?』と聞けたのが収穫か。
リエルが消えたら俺がどうなるか聞けば、笑って『一緒だよ?』と言われた。
……まともに会話ができる相手を探したい。俺の体と生命の危機だ。
手遅れ感が漂って来ているが、どうにかなる事を祈って遊ぶことにしよう。
愛とか勇気の力でどうにかなるといいな。知らんけど。
そうして気軽にゲーセンに行ってみると、愛の使者が俺の前に現れた。
ウノちゃんだ。スポーツミックスなコーデでキメてるな? ……目が合った。
小柄な体の軸をズラさず、やたらスマートに足を動かして素早く接近してきた。
怖っ。めちゃくちゃ睨んでくる。めっちゃ見上げてガン飛ばしてくる。
なにこの子……すっげぇ観察してくる。喧嘩売られてるのかな?
昨日の動画確認したら、俺を起こそうと顔とかつねりまくってきてたんだよな。
まだ顔面とか腹が痛い気がする。
結構暴力的な子だったのが発覚したから、素直に謝っておこう。
「昨日はゴメンね! 起きようとは思ってたんだけどさー、眠気が酷くてなー?」
爽やかに流そうとしたら、さらに寄って来て胸ぐらを掴まれた。
何でそんなにキレてんの。ガンつけられすぎて怖いんだが。
「あんた、昨日なにやったの……?」
「遊んでた」
質問されてしまった。だが遊んでた以外、言える事ないよな?
『楽しく遊んでたー』
そうだねー。
楽しかったです。とか付け足そうかと思ってたら、ウノちゃんが聞いてきた。
「そっちじゃない。いや、そっちも気になるけど……あの金だよ」
もっと答えづらいな。それこそ楽しく遊んでただけなんだが。
困惑していると、ウノちゃんがボソボソと続けて言ってきた。
「家に帰ったら、ギャンブル狂いの親父が大金を持ってたんだ……金の出所を問い詰めたら、変なあんちゃんに勝たせてもらったとか言っててさ……」
……もしかして、競馬場にいたオッサンの娘さんだったの、ウノちゃん。
似てねえな。母親似かな?
……変に絡んでくるところは、似てるかな。
「それがどんなヤツか聞いたら、どう聞いてもあんただった。何したのさ……」
「それは俺の生き別れの弟だな。居場所を見つけたら教えてくれ。探してるんだ」
そんなんいねぇけど、そういう事にしておこう。面倒くせえし。
適当に喋ったら胸ぐらを掴んでた手を離してくれた。
よし、とっとと逃げよう。
ゲーセンの奥に逃げ出す俺の背中に、ウノちゃんが小さく声をかけてきた。
「金は借金を返すのに使わせた……あんたには感謝してる」
これ、感謝の態度だったの?
気になって振り向いたら、顔を赤くしてるウノちゃんが見えた。
うつむいてボソボソと何か言ってる……聴こえねぇな。
口から流れてる風の線を引き寄せてみたら聴こえてきた。アリガトウ……?
じーっとウノちゃんを見ていたら、視線に気づいて慌てて逃げだしやがった。
……なんだそりゃ、恥ずかしい事しやがって。
『どうだったー?』
聞くなよ。そういうリエルは?
『ちょっと、楽しい』
そうかよ。じゃあ俺もそうだよ。
気が抜けたまま、あのゲームの筐体の中に入って座り込む。
何か、やる気が失せたな。どうすっかな。
何となく流れで、ゲーム本来の機能である草原を眺めて落ち着く事にした。
サワサワと風に撫でられる雰囲気になって、確かに気分は良くなるな……
レーシュを呼ぶ事も忘れてリラックスしていると、リエルが何か言い出した。
『繋ごうかー?』
あん? できるの?
『今ならできそー』
へー。じゃあ試しにやってみてくれ。
『わかったー。じゃあ、いくよー』
目を閉じていないのに、画面の草原にリエルが立っているのが見えた気がした。
リエルは薄く笑うと翼を広げて、風を撫でるように羽ばたきはじめる。
暴風を吹かせず、柔らかく、静かに風の音を奏でだす。
凶器のような爪を立てず、草を傷つけないように足を高く上げて元気に舞う。
そよ風が草を揺らすたび、涼やかな髪が生気に満ちて膨らみ、流れていく。
飛沫が散るような輝きが、衣服から溢れてリエルの顔を明るく照らしだした。
じゃれるように動く尻尾の動きに惑わされて、ふと、そこに行きたいと願った。
俺もそこで一緒に遊びたいと、単純に願う。
そっと手を伸ばすと、リエルもイタズラっぽく微笑み、手を差し伸べてくれた。
優しく絡みついてくるような風の匂いに包まれて、何かに繋がった気がした。
視界が少しボンヤリとして、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなる。
首を振って意識をハッキリさせようと思ったら、妙な感触がした。
一切身動きができず、何かの中にいるような感覚……?
自分が石像になったような状態で、ただ風だけが優しく撫でてくる……?
おいリエルー? これってあれじゃねえか? 金属の中にいるんじゃね?
『あれー? 間違えたかなー?』
マジかー、早く助けてくれねー?
『がんばるー』
おー、がんばれー。
『こーかなー? こっちかなー? 繋がったー?』
がんばってくれているようだ。
石化された気分を味わっている間に、徐々に体が形成されていく。
じわじわと手足の感覚ができはじめ、身動きが取れるようになっていった。
うおー、気持ち悪い感覚を味わったぜ……転移事故は勘弁してくれよ。
『ゴメンねー』
気にすんなー、最終的に問題なければいいんだよ。
動けるようになり、周りを見渡してみると少しだけ違和感があった。
上に雲が見えるな。いつもの草原じゃないのか?
と思ったが、草原の端の方にレーシュがいるのが見えた。
何かの作業中のようだ。
近づいて確認してみると、手を組んで小さな金属に対して祈っている様子。
レーシュがブツブツ呟くと金属が輝いて、わずかに大きくなったように見える。
俺の二号機を作成中なのか? 前に見た俺の金属色と同一に見える。
祈ったら大きくなるのか? それとも金属を転移させて集めてるのかな?
よく分からないが、健気に祈って金属を大きくさせる作業をしているご様子だ。
とても熱心だ。邪魔しちゃ悪い。
……しかし訪ねてきた訳だし挨拶はしないとな、挨拶は大事だからな。
祈り続けていて目を開けないレーシュのそばに立ち、ガッと手を包んだ。
「こんにちはー!」
「ひゃわぁーっ!?」
すげえ勢いで後ずさりして逃げやがった。
異世界の挨拶は不思議だなあ。
ビビってる様子のレーシュさんには、しっかりと挨拶をしてやらなければ。
「今日も世界を救いに来たぞー! がんばっていきまっしょい!」
グッと拳を握ってやる気をアピールしたのに、妙な目で見られてしまった。
リエルもケラケラと俺の中で笑っている。げせぬ。
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