第14話 涙の奇跡

 俺はレーシュの敵だったようだ。

 だがレーシュには俺は味方だと認識されている。

 面倒になりそうな話は黙っておいて、俺たちはこのままの関係でいたいものだ。

 敵さん側の話も聞いてみたいな……俺はどういう扱いになるんだろうか。


『一心同体だよー!』


 ああ、そうなの……オマエは楽しそうでいいな……


「それでは、まずは簡単な敵から殲滅してくださるんですよね!」


 レーシュが「敵を倒しましょう!」と張り切ってる。

 この大地を動かして、俺を空から降下させて強襲させたいのだそうだ。

 敵って倒さないとダメ? 絶対? レーシュに聞いてみたが敵意が凄い。


「世界から駆逐して排除しましょう! 精神を侵す忌まわしい存在ですからね!」


 敵はブチ殺してやると硬く決意してやがる。

 和解ルートは無さそうだな……

 ……とりあえず、俺にもメリットがありそうな要望だけは言っておくか。


「まずは人の多そうな場所に向かってくれ、頼んだぞレーシュ」


 俺は人の感情を喰わないと駄目そうだから、人のいる地点を希望してみた。

 こうなったら死なばもろともってヤツだ。

 俺の餌になってくれ異世界人たちよ。


「はい、お任せくださいアヤトさま。この付近に丁度いい国がありますよ」


 レーシュの意思に応じるように、軽く地面が揺れた気がする。

 空飛ぶ大地を動かしているらしいが、景色が変わらないのでよく分からない。

 観光的には最悪だな。青空しか見えねえ。

 真上に何か黒いモノが見えるぐらいだな……宇宙?

 成層圏とかに近い高度なのかな?

 ともかく目的地に着くまで何もできそうにない、暇な場所だ。


 自宅とか無いの、レーシュ? 草原しか無いんだけど、普段なにしてるの?

 そう聞いてみたら、この大地が今の家だと教えてくれた。

 普段は敵を防ぐ結界を張るのに集中して過ごしているらしい。

 寂しいホームレスな神様だったんだな。かわいそうなレーシュさん……


 聞いている間にもレーシュが俺を熱い視線で見てくるが、期待されても困る。

 俺が病気持ちだったり汚染源だとしたら、到着した瞬間に大規模テロだよな。

 そこんトコどうなのリエルさん?


『知らなーい』


 だよなー。行って試してみるしかねーかー。

 本当にヤバそうな時は謝って、この世界に二度と来ないようにしよう。

 ……説明役のレーシュから、重要そうな情報だけは聞き出しておくか。


「俺の魂を繋げてるんだよな。途中でそれを無理やり切ったらどうなるんだ?」


 レーシュが眉をひそめて俺を見てきた。


「そんな事をしたら魂が千切れて消滅するはずですが……なさったのですか?」


 自殺行為だったらしい。俺の魂って千切れてたの?

 リエルさーん! 俺を殺すつもりだったのかー!?


『アヤトは大丈夫だよー!』


 ホントにー? 実は死んでて転生してたりしないー?

 目をつぶってみると、リエルがニコニコ笑っているのが見えた。

 なるほど、わからん。

 大丈夫だといいな。信じてみるぞリエル。


「俺は大丈夫だから平気だ。魂が抜けたら、この体はどうなるんだ?」


「魔法金属に戻りましたね。アヤトさまが宿られた時に、体が再構成されましたよ」


 へぇ……気になったので体をチェックしてみる。

 昨日は気にしてなかったが、ポケットの中もそのまんまだな。

 持っている財布が札束いっぱいで膨らんでいた。

 うむ、今日の戦果が反映されている。

 予備に持ってたスマホも入っているな。

 ……電源入るのかよ。すげえな魔法金属。どうやって再現してるんだ?

 撮影中のスマホだけが無い。身に着けた服と中身がこっちに来てる感じだな。


「俺の仕様は分かった。地上の文明とか人間の戦力はどんな感じなんだ?」


 原始時代だったり、砂漠だったりしたら最悪だぞ。

 空飛ぶ大地の端から下を眺めてみても、雲しか見えないせいで何も分からん。


「今から向かう国は、弓や槍で敵と戦っている王国ですね。魔法使いもいますよ」


 レーシュは各国の主要都市を結界で覆っているので、情報を把握してるとの事。

 これから向かうのは、比較的簡単に敵と対抗できている人口の多い国だそうだ。

 歴史だけは長い王国でグリザリエルという国名です。とか長々語ってる。


『おっとっとー』


 リエルが俺の中で何か触って遊んでやがる。なに? 魂を触ってんの?

 不安感には慣れたが、ちょっと気持ち悪い……

 なに遊んでるんだよリエル。

 

『気にしないでー』


 ……? リエルさんが笑顔を作って俺の中で手を振っている。

 なんだったんだ?

 レーシュのセリフを軽く聞き流してしまった気がする。

 まぁ地上がどんな感じかなんて、直接見て確かめたほうがいいよな。

 よっしゃ行くかと気合いを入れていると、電子音が鳴りだした。


「あら、なんでしょうか、この音は……?」


 ああ、時間か。一応、起きられるか試すためにセットしてたんだよな……

 こっちで鳴らせるとは思ってもみなかったぜ。

 俺はポケットからスマホを取り出してアラームを切った。


「悪いなレーシュ。今日はここまでみたいだ」


「それは……どういう事なのでしょうか?」


 不審に俺を見つめてくるレーシュを眺めながら少し待ってみる。

 向こうの世界の時間経過は同じなのかな……?


『呼ばれてるよー』


 お、そうか。

 どんな感じか聞かせてくれねえか? できる?


『やってみるー』


 リエルが俺の中をいじって、どこか遠くの声を聞かせてくれた。


 ――おい、おいオッサン! 何で動かないんだよ……返事してくれよ……


 泣きそうな声だ。ウノちゃんの声かな?

 リエルー? これって勝手に意識が戻ったりするー?


『抜いたら戻るよー』


 なら、もうちょっと待ってみようか。


『はーい』


 ……外からの刺激だと戻れないか。

 リエルさんに任せて、魂を戻らせるしか手がねぇのかな……


「あの、アヤトさま?」


「ちょっと静かにしてくれ、レーシュ。今いいところなんだ」


 レーシュを黙らせて声に集中してみた。

 いい感じに盛り上がっているウノちゃんの声が聞こえてくる。


 ――なんだよこれ……植物人間……? ヤダよ、なんでこんなことに……


 何かの雫が俺に当たってきている気がする。変な感覚だが楽しい。

 なかなか面白いが、待ちすぎたら大騒ぎになりそうだな。そろそろ帰ろっか?


『任せてー!』


 俺の中の大事な線をリエルさんが触ったのを感じる。


 危険だと俺の中の何かが警告を発してる気がするが、前ほどじゃねえな。

 前の半分ぐらいは危険? 変な感覚だな? まぁ任せておくか。

 やっちゃってーリエルー。優しくなー?


『わかったー! てりゃー!』

 

 風を感じることもなく、線が軽く抜けた気がした。


「また明日なー、レーシュー」


 ちょっと痛みがあったが、今日は手を振る余裕もあるぞ。

 視界の中の俺の手が、硬質の色に変色していくのが見える。

 淡く輝いてる変な金属だな。これに俺が憑りついてるんだなあ。


「嘘でしょう……! また去ってしまわれるのですか、アヤトさまー!」


 悲痛な声が聞こえるが、俺はそれより愉快な事になってそうな現実が気になる。

 あの嘆きを喰うのかな、と期待しながら目を閉じて待っていると、光が見えた。

 

 一瞬で光景が変わっちまった。

 俺の目が無理やり開かせられているようだ。

 目の前に、髪を振り乱して焦っているウノちゃんがいた。


 近っ!? 何? 何してんの? 顔ぐっちゃぐちゃだな。泣いてるの?


「うっ、ううっ……なんだよこれ……あたしはどうすればいいんだよ……」


 俺の耳に、電子音とウノちゃんの嘆きの声が響くのを感じる。

 ウノちゃんが何かのクライマックスシーンに出れそうなぐらい白熱してる。

 綺麗な顔が崩れて悲壮な感じになっててグッド。いいドラマが撮れそうだ。

 ……こういうとき、どういう反応をすればいいか分からないな。

 ドッキリ成功! とか言ってみるといいのだろうか? 悩むぜ。


 ウノちゃんの涙目から溢れる雫が俺に触れるたびに、何やら興奮してきた。

 何も分からず、うろたえているウノちゃんの熱い感情が伝わってくる……


『美味しい?』


 これが感情を喰うという事か……? 素晴らしいぞ、この力!


「クックック……」


 あっやべぇ、声が漏れた。


「えっ、あんた……見てたの……」


 目の前のウノちゃんが、顔を真っ赤に染めて震えてる。

 感動してるのかな?

 ……どうやって誤魔化そう。


「ありがとう、ウノちゃん。キミの愛と涙の力で、俺は生き返ったんだよ……?」


 雑に誤魔化してみた。

 ウノちゃんは震えながら、俺が渡していた紙袋を両手で掴んでいた。

 持ち逃げしなかったんだな。優しい子だ。返してくれるのかな?


「あんた……このっ……! クソヤローがッ! 死ねッ!」


「ぐふっ……!?」


 優しいウノちゃんは、紙袋を全力で俺の腹に叩きつけて返して去っていった。


『美味しい?』


 おお……いい一撃を喰らったぜ……

 撮影していたスマホには、女児から暴行を喰らう俺の姿が鮮明に残されていた。

 これも児ポとかになるのかなぁ。

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