第10話 即日高配当

「いけっ、がんばれっ……! まくれっ……! 走りやがれっ……!」


 緑の芝生に風が吹き抜ける。

 俺は手に汗を握り、小汚いオッサンたちと共に、一生懸命走る姿を眺めていた。

 芝生を踏み荒らしながら走る勇姿を見つめながら祈る。

 あいつに走る力を与えて下さい。リエル様……お願いします……

 祈っていると、天啓のような明るい声が風に乗って届いて来た。


「がんばれっ! がんばれっ!」


 最後の直線コースで、リエルの応援を受けた最後尾の栗色の影が疾走する。

 とんでもない加速を見せたその馬は、大外を回って風となった。

 負けるはずの大穴が圧倒的な底力を見せて、すべての馬を抜き去っていく。

 前代未聞の衝撃が悲鳴となって、シティ競馬場内を駆け巡った。


 写真判定を待つまでも無く、俺が賭けていた馬が勝利の栄光を飾った。

 オッサンたちが嘆きの声を上げて舌打ちするザワついた空気の中。

 俺は至福の声を上げて勝利の立役者を呼び寄せた。


「よくやったリエル! 戻れ!」


「がんばらせたー!」


 馬の上から競馬場の観客席に戻ってきたリエルを全力でねぎらってやった。


「よーしよしよし! いいぞ、この調子だリエル! 次も期待してるぜ!」


「んふー! がんばるー!」


 リエルの頭を撫でて、翼を丁寧にウェットティッシュで拭いてやった。

 ペチペチと手を叩いてくる尻尾も、しっかりと揉みほぐして次に備える。

 本当に良い調子だ。こうも上手く手のひらの上で遊んでくれるとはな。

 勝ち確定のギャンブルは最高の遊びだぜ。

 ククク……すばらしいぞ風の力!

 応援馬券が輝いて見えるっ……!


「つぎは、どのこをがんばらせるのー?」


「次はあいつ。皆が負けると思ってるお馬さんだ。がんばって勝たせたいよな?」


「うん! がんばって、はやくさせるよー!」


 がんばれ! とプリントされている馬券を再度購入して、リエルに指示を出す。

 俺が買った瞬間に倍率が大きく変わってしまったが構うものか。

 俺に追随して馬券を買うオッサンも現れたが問題ない。

 ここで勝たなくてどうするっ……!

 俺はこの夏休みをここで永遠のものにしてみせるぞっ……!


「行け! リエル! オマエは俺の勝利の女神様だ!」


「めがみさまはイヤー! でも、あそんでくるー!」


 リエルは次の出走馬の上に待機するために、すっ飛んでいった。

 俺は気楽に眺めながら、調子に乗って無駄に買いまくった馬券で扇を作る。

 扇ぎながらガハハと高笑いして観戦してると、隣のオッサンが擦り寄ってきた。


「あんちゃんスゲェな。今日のレース全部勝ってるじゃねえか」


「だろお? 払い戻しが面倒なぐらいだ。おっちゃんも勝ち馬に乗ってていいぜ」


「まだ買うつもりかい。いいねぇ、俺も乗らせてもらうわ」


 何か知らんが、オッサンが酒を奢ってくれた。

 オッサンは手に持ってた競馬新聞を投げ捨ててゲラゲラ笑って観戦している。

 よっしゃ! また勝ったみたいだぜ、ガッハッハ!


「がんばらせてきたー!」


 荒れ模様の観客席を抜けてリエルが戻ってきた。


「良い仕事だったぜ! どうだ、楽しいかリエル!」


「たのしいよー!」


 リエルは頭を抱えてる観客たちを見て、弾んだ声で答えてきた。

 ちょっと息切れしてるみたいだが、興奮しているのだろうか。

 良い趣味してるな。

 俺が手の上のリエルと話していると、隣のオッサンが不思議そうに見てくる。


「なにやってんだ、あんちゃん。おまじないかい?」


 ほう。やっぱりマジでリエルは見えてねえんだな。

 なら……これ以外でも、やりたい放題じゃねえか。

 歪む口元を押さえて適当に答える。


「そんなモンだ。リエルちゃんサイコーって唱えるんだよ」


「好きなアイドルか何かかい? 何でもいいか、リエルちゃんサイコー!」


「ありがとー!」


 リエルは弾んだ表情のまま、俺の手の中で顔を紅潮させて幸せそうにしている。

 今日は良い日だ。知らないオッサンも楽しく笑っている。ウィンウィンだな。

 他の大勢は狂ったレース展開に目を疑い嘆いているが、俺は知らない。無実だ。

 俺は知らないオッサンと肩を組み、倍率の高い馬券を再度買いに行く事にした。


 何度もそんな事を繰り返し続けた俺たちは、結局負けなしのまま勝負を終える。

 今日はもう現金が用意できないと、窓口の人に言われるまで遊んだからな。

 どうでもいいことだが、その日の大荒れのレースは伝説になっていたらしい。

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