第8話 無双遊技

 眩しい朝日が差し込んできた。

 カーテン開けっ放しの部屋の窓が明るく輝き出す。

 視界には何も変なモノは映らず、とても自然な光景だ。

 そう、昨日のあれは、きっと夢だったのだ。


「わーい! おきたー!」


 エアコンが何か変な音を立てている。

 故障かな? 声を出す家電なんざ最近珍しくもねえし、故障だよな。

 何かの業者を呼んで直さねば。

 変な羽虫がでてくる故障だな。

 これは、いったいどこの駆除業者に頼めばいいのだ。


 とか考えてたら、エコモードと同じ色してる羽虫がエアコンから飛んできた。


「なにしてあそぶー?」


 壊れていたのは俺の頭だったようだ。

 ふわふわと風に乗って飛んでくる、妙なモノが見える。

 眼科で治るといいな。飛蚊症ってやつだな、多分。


「んー? なにかんがえてるのー? はいってみてもいいー?」


「やめてくれ、俺はまだ正気でいたい……クソッ、夢であってほしかったぜ」


 目が覚めたら綺麗サッパリ消えてねえかなと期待していたが、ダメだったか。

 俺の目の前で楽しそうに飛び回るリエルの姿が見えてしまっている。

 一人暮らししてて良かったんだか悪かったんだか……

 何が悲しくて、一人寂しく変な生物と会話しなきゃならんのだ。


 ……昨日帰宅した後、とりあえず何もかも忘れて寝ようと思ったんだよな。

 だが頭の中がうるさすぎたから、拝み倒して出て行ってもらったんだっけか。

 電化製品に興味を持ってくれたようで、エアコン付けたら出てってくれた。

 掃除機で口から吸いだす前に出てくれて助かったぜ。


「ねー! ねー! あそぼー!」


 俺の中から出ていったはずの幻想世界の住人がやかましい。

 ずっとエアコンの巣箱の中で待機していて欲しかったんだが、しゃあねえか。


「ちょっと待ってくれ……ほら、これで遊んでてくれ」


 しまっていた扇風機を出して付けてみた。


「ほわー……」


 よっしゃ。風を浴びて幸せそうにしてるし、しばらくは時間稼げるだろ。

 スリープさせてたパソコンを叩き起こして、いろいろ検索しねえと。

 まずは……脳外科の場所かな? それとも心療内科かな?

 解決してくれる気がしねぇな? ヤバい病気を疑うのはやめとくか。


 まぁゲーセン調べるのが先か、あの筐体はなんだったんですかね、っと。

 店舗のホームページを見て、数秒もせずに調べることができた。

 あれは安らげる映像と音楽を体験できるって、ただそれだけの筐体らしい。


 ――ざけんなっ! リラクゼーションの欠片もねえゲームだったぞ!?

 最新VRでヒーリング環境を体験できる! とか広告してんじゃねえよ。

 何だこりゃ。すげぇどうでもいい情報しかでてこねえぞ。

 あの意味わかんねえ体験は何だったんだよ。


 あー……やっぱ、原因は俺なのか?

 幻覚見るぐらいストレス溜まってたのか。

 俺は繊細だからな。きっとそうに違いない。

 お医者様か、おクスリにでも頼らなきゃならんかね……

 頭を抱えて悩んでいると、ミシミシとした音が聴こえてきた。

 おー、幻聴も絶好調だな、オイ。

 ……俺の中じゃなくて、後ろから聴こえたな?


「わー! すごい、すごい!」


 振り向いてみると、絶好調の勢いで回転しまくってる扇風機の姿があった。

 きしんだ音を出していたのは扇風機だった。

 取り付けられていたネジが、ガタガタ動き回って暴れる扇風に負けて吹き飛ぶ。

 扇風機の前面を覆っていたガードも風で吹き飛び、部屋のスミに突き刺さった。

 ヤベェな俺の幻覚。とか考えてる場合じゃねえ。

 あの暴風起こしてる羽と羽虫を何とかしねえと。

 俺の家の中が、破壊されてしまう。


「ストップ! 待て! 止めてくれ! 別のモノで遊ぼうぜ!?」


 きゃっきゃしながら遊んでる羽虫様はこっちを見もしねえ。

 ……やりたくなかったが、しゃあねえか。

 おそるおそる手を伸ばして軽く掴んでみる。

 ああ、やっぱり触れるんだな……

 無抵抗のまま俺の手の中に納まった感触が、確かにあった。

 手の中の小さな顔は、きょとんとしていたが、俺を見て笑顔でこう言った。


「アヤトも、いっしょにあそぶー?」


 こいつの興味が移ったのか、扇風機が静かになっていく。

 ……そうだな。こいつは確かにここにいる。

 俺の頭が壊れていたんだとしても別にいい。認めてやろう。

 馬鹿そうな顔して、楽しそうに見つめてきやがって……

 仕方ねえな。


「いいぜ。いっしょに遊ぼうか、リエル」


 そして泣かせてやろう。

 マウントはとらせてやらねえぞ。


「うん! いっしょにあそぼう! やくそくだよー!」


 満面の笑みを浮かべて頷いたリエルの瞳が光った気がした。

 小さな目の中にある、縦長に切れた瞳から丸い物が出てくる。

 そのまま俺の体に飛んできて、潜り込んで消えてしまった……


「……おい、いま何をした?」


「やくそくだよー?」


 リエルは俺の手から抜け出して、肩に飛んで寄り添うように乗ってきた。

 心底楽しそうに、足をぶらぶらさせながら俺に笑いかけてくる。

 リエルを見ていると、体の奥が締め付けられるような胸騒ぎがする……?

 ……あれ? 俺なんか早まったことしちまったか?

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