第7話 ゲームオーバー
荒い息づかいが聞こえてくる。
これは、俺の息だ。
……なぜ俺は生きている?
殺された……違う? 戻された?
わからない、わからない、わからない!
俺は確かに……死んだはずだ。そう思ったはずだ。
だが、なにもかもが現実感がなかった。
――今いるここは、現実か?
気持ち悪い……考えてると吐きそうだ。
震える口元に手を当てると、指が硬質の機械に触れた。
これは、俺の視界を暗闇の中に閉ざしているモノだ。
慌てて取り外すと、額が汗でぐっしょりと濡れていた。
闇だけを映していたVRゴーグルを投げ捨てるように放り出す。
ゲームだったのか? あれがゲーム? ゲームだと……?
冗談じゃねえぞ、拷問ゲームかよ。悪夢のほうがまだマシだ。
俺の中のどこかが酷く痛むが、気にしていられない。
椅子から上体を起こして急いで筐体の外に飛び出した。
明るい場所。
電子音と興奮を煽る音楽が聴こえてくるゲームセンターに戻ってきた。
意味不明なゲーム筐体から早く離れたかったが、体がやけに動かしづらい。
両手を床について息を整える。
「ひぃ……はぁ……ふぅー……」
ちらちらと俺を見てくる視線を感じるが、構うものか。
あのふざけた感覚から逃れられる刺激をくれ。
じっと床を眺め続ける俺の視界に、小さなスニーカーが映った。
「あ、変なオッサンだ。まだここで遊んでたんだね」
見上げてみると、小さい女がいた。
女は俺を見てわらっていたが、急にその顔が曇る。
「ちょ……どしたの。顔、真っ青じゃん。ホラーゲームでもしてたの?」
この女が、俺を殺したあれにダブって見えた。
『こわかったのー?』
幻聴が聴こえてくる。
「……う……あぁ……」
後ずさりすると、体が背後の奇妙な筐体に当たった。
俺を覗き込む視線から離れられない。
「えぇ……そんなに怯えないでよ。その、あたしも悪かったかもしれないし……」
混乱したような顔が、申し訳なさそうな顔が、無邪気な笑顔に塗りつぶされる。
『わるいおばさんだったよねー』
幻覚が俺の視界に入ってくる。
「ひっ……ひ……ひぃ……」
無機質な冷たい機械に体が当たる。
慌てて横に逃げようとした俺の手が、床に伸びていたケーブルに触れた。
「本当に大丈夫? おじさん、酷い顔だよ。救急車とか呼ぶ?」
機械の電源を入れるためのケーブルが、あの線と重なって見えた。
『アヤトー? だいじょうぶー?』
やめろ、くるな。
「俺を……呼ぶな……やめろ……ッ!」
いたわるような女の手が、俺の手と、その線に触れた。
「いや、ヤバいって絶対。えっと……おにーさん、ゆっくり休んだほうがいいよ」
俺の鼓動が滅茶苦茶に跳ね回る。
『あそんだあとは、ゆっくりやすもうねー』
爽やかな風が、俺の中で吹きはじめるのを感じて、俺は。
「あ、ひぃ……ッ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!」
無我夢中で立ち上がり、逃げ出した。
気持ち悪い。嫌だ! 何もかもがおかしい!
俺の中に何かがいる。
こんなところにいられるか。俺は帰るんだ。
「わっ! えー……なに? あたしそんなに怖い……?」
困惑する女の声を振り切り、急いで歩く。
体の中が妙に痛む。
『ふー。ふー。だいじょうぶー?』
痛む場所に、優しく吹く風と幻聴が怖い。
体の違和感がおさまると、足を動かすのに問題が無くなってきた。
家に帰るための道をひたすら走り続ける。
『かけっこするの? よーし!』
俺の背中を押す風が吹きはじめた。
どこまで走っても、あのゲームの中で感じた風が離れない。
風に押されて走る俺の足が止められない。
歩行者を追い抜き、自転車を追い抜き、自動車を追い抜いても止まらない。
嘘くさすぎる光景が過ぎ去っていき、俺は逆に安心した。
『あはははー! はやーい!』
ああ、こりゃきっと、まだゲームの中なんだな。
涙が零れるほどに楽しい。心が悲鳴を上げるほどに楽しい。
風が一陣流れて、俺の耳に壊れたような笑い声が聞こえてきた。
「クヒッ、ヒヒヒヒ……」
これは、俺の声だ。
何もかもどうでもよくなった時に出る、俺の引きつり笑いだな。
『げんきでたー? よかったー!』
おぉ元気元気、もうどうにでもなーれ。
「ヒィッ、ヒャハハハハハッ! ヒァハ、ハ――!」
馬鹿笑いを上げながら道を走り抜ける。
もう走っているのか、吹き飛ばされているのかも分からない。
怪現象と化した俺は、感情やら何やらを置き去りにして風となった。
この日、俺は、
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