第4話 爽やかな風

 俺の後ろから、バサバサとする羽音と気味の悪い鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 そして後頭部にガツンと当たって離れていく。

 それら全てを無視しながら、俺はレーシュと会話していた。


「結界ってのがあるんだろ、俺には使えないのか?」


「どうなのでしょう、私が生まれた時から備わっていた力ですから……」


 また後ろから何かが突撃してきて、俺に鈍い衝撃が伝わってきた。

 俺の目の前にいるレーシュが不安そうな顔をして聞いてくる。


「あの、戦わないのですか?」


「鳥の体力が切れて楽になるのを期待したい。マジメに戦ってられるか」


 体の頑丈さに任せて敵を無視した俺は、チュートリアルを受ける事にしていた。

 根掘り葉掘り聞いていけば、何か一つぐらいは活路が見つかるだろ、多分。


「敵になってしまうと、体力が増幅されてしまうようなのですが……」


 難易度が上がりそうな情報だけが増えていくが、何か良い話が聞けるといいな。


「なら魔法はないのか?」


 火でパッと草原ごと燃やしたりできれば、きっと気持ちいいぞ。


「魔法も生まれつきの才能ですね、アヤトさまは使えないのですか?」


「アンタが使えるようにしたって設定じゃないなら、使えねえんだろうな」


 八方ふさがりになって頭を抱える俺の手に、鳥のクチバシが当たって離れる。

 マジうぜえ。

 VRゴーグル脱ごうと思ったのに感触無いしどうすりゃいいんだ。


「何か秘められた力とかはないか? 俺の体は魔法金属って設定なんだろ?」


「依り代にしましたが力は……でも、勇者さま本来の力は発揮できますよ!」


「んなモンねえよ」


「えっ、そんなはずは……」


 体が武器に変化したりしないかと期待したが、それも無理そうだ。

 リアルの体を再現されても、俺はロクに鍛えてもない普通の人間だぞ。

 そうして悩んでいる間にも敵は襲って来るらしい。

 またツンツンつつかれた。


 後ろから鳥が接近してきているようで、鬱陶しい羽ばたきの音が聞こえてくる。

 クスクスと笑う声まで聞こえてきて、俺のイライラが爆発しそうだ。

 つーか、ここで我慢する必要はねえな。


「がー! やってられっか、ぶっ殺すぞクソ鳥がー!」


 振り向きざまに手をぶん回して飛び掛かってやった。

 どうせ当たらねえんだろうな、と思っていたが何かを掴んだ感触があった。

 マジかよ、まぐれ当たりか?


 運の良さに感謝したくなったが、鳥の声が遠くの空から聞こえてきた。

 ああ? じゃあこれは何だよ。

 不審に思いながら握ったモノを見つめる。

 草原のサワサワとした風の中、手の中でゴソゴソと動く感触を確かめた。


「わー! つかまっちゃったー!」


 何か変なモノが居た。

 小さい人形が、俺の手の中で明るく笑ってやがる。

 草原の緑に紛れそうな、緑の薄い水着みたいな服を着た美少女フィギュア……?

 健康的な肌の色が無いと草の中に見失ってしまいそうな、人の形をした何かだ。

 頭から伸びた緑の髪が、俺の指を撫でるように流れている。

 隠しキャラか何かかな?


「おー、捕まえたぞー、オマエは何なんだ?」


「あそんでたのー、はなしてー!」


 よく分からないが、捕まえたメリットは欲しい。

 逃がさないように掴んだまま、しげしげと眺める。

 わーわー言いながら楽しそうに暴れてるが、どうすりゃいいんだ。

 手の中に包んでいる羽……っつーか翼? がちょっとチクチクしてきて痛ぇな。

 尻尾も生えてるみたいで、手の中を地味にくすぐってきて気持ち悪い。


「精霊ですか? こんなところにも発生していたんですね」


 ひょいと顔を出して覗き込んできたレーシュが解説してくれそうだ。


「これは何だ? 敵だとか言わないよな。握りつぶしたくはねえぞ」


「イタズラはしてきますが、敵ではありませんよ」


 ペット系の愛玩生物かな? なら、撫でてやるか。

 握る手の上に出てる頭をそっと撫でてみる。

 精霊が柔らかい顔になってとろけてる。


「ふにー……」


「風の精霊でしょうね。これと契約すれば魔法のようなものが使えますよ」


「おっ、いいね。やるやる、契約しておこうぜ」


 お助けキャラだったか。

 素手じゃなくなるなら何でもいいや。

 どう契約するのかと思ってたら、レーシュがとんでもない事を言い出した。


「では、今のうちに食べちゃってください」


「はぁ……?」


 こいつ、やはり邪神のたぐいか……

 猟奇的な事を言い出したレーシュにドン引きする。

 ヤベェなこいつと考えていると、何でもない事のように続けてくる。


「体の内に取り込んで自己と同一化するんです。現象のような生きモノですからね。神である私が許します。遠慮なくどうぞ」


 強引すぎるだろ。「グッといってください!」じゃねえよ。

 ファンタジーもクソもねえな……まぁ飲み込むフリをすればいいんだろ……


「スマンな。恨むなら仕様を恨んでくれよ、精霊さん――では、いただきます」


 両手を合わせて口の奥に放り込んだ精霊は、風のように爽やかな喉越しだった。

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